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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第二章 束の間の訓練期間
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第八話 不安なキトリノ

 修行期間四日目。


 この日は丸一日休み。全生徒の体力、マナの回復に当てられた。

 初めての休日である。


 体力はともかく、マナが24しかないゼケンにとって、ありがたい中休みだった。

 ゼケンのマナ最大値は24あるが、一晩眠って回復するのは、その内の25%。

 たったの“6”なのである。[雄叫び]二発分だ。


 この休日を喜んだのは、もちろんゼケンだけではない。

 生徒たちは昨日の内からファリアス、ティーティス両先生に、様々な事を尋ねていた。


 金がかからずに遊べる場所。

 安い服屋や雑貨店。買い物すると面白い通り。

 おいしい料理屋。安い料理屋。

 武器屋。防具屋。装飾品店。

 女子の1グループがファリアスを遊びに誘おうと、懸命に食い下がっていた。


 しかしド底辺のゼケンには、遊びに行く心の余裕などない。


 今日は朝からギルドホールで読書漬けだと、エクトスたちからの誘いも断り、一人場違いな気合を高めていた。


 そんなゼケンの元へとピスティーが、一人の少女を伴って現れた。


「どうした?」

「お喜び下さいゼケン。あなたの同志を連れて参りました」


 ピスティーは手を引いてきた少女を紹介する。


「キトリノさんです。名前の意味は“黄色”。幸運と陽だまりの色ですね?」

「そんなことないよ。照れちゃうから」


 キトリノははにかんでいる。

 頬っぺたの柔らかそうな、白いもこもこの雲を連想させる少女だ。

 魔術士のローブを身につけている所から、職能アビリティー魔術士ウィザードであるらしい。


「君が俺の同志なのか?」


「道案内――道案内だけね。してくれれば、いいから……」

 キトリノは初めてゼケンと話すので恥ずかしがっている。


「キトリノさんも資料室でお勉強したいらしいのです」


 ゼケンはニヤリと笑った。自分と同じ考えの人間が増えてくれて嬉しい。

「たしかに同志だ。連れてくぐらいわけない」


「そっか。よかった」

 キトリノは無警戒な笑みを浮かべた。


「私も教会での勉強会が終わったら向かいますね」


 ギルドホールに危険はなさそうなので、今日からはピスティーも来る事になった。


「昼ごろだよな? 迎えに来るから待ってろよ」

「いけません。キトリノさんが一人になってしまいます」

「大丈夫だよ、私は。子供じゃないよ」


 キトリノはぽやぽやした笑みを浮かべている。

 ちょっと不安になるような子だと、ゼケンは思った。




 ゼケンはキトリノとギルドホールを目指した。

 歩くのが遅い少女の歩調に合わせると、風や日差しまでのんきさを増した気がした。


「キトリノはホールでなに読むんだ?」

「どうしようねえ? なにを読んだらいいかなあ?」


 そこかららしい。第一印象の通りフワッとした少女である。

「伝記を読むといいぞ。冒険者の世界が見えてくる」

「そうなの?」


「ああ。特に若いころの話は、参考になる。リーダーシップの取り方で戸惑ったり、仲間を死なせてしまって悩んだりな」


「わあー。大変だねえ」

「他人事じゃないぞ。俺たちの未来の話だ」


 少女はフワッとした顔のまま言った。

「うーん。困ったねえ」


 どうも他人事である。

 ゼケンの言いたいことは、キトリノに伝わってないらしい。


「俺が困っちまいそうだ…………」

「ええー」


 ふやけた会話は、ホールの資料室に到着するまで続いた。



 資料室では、ゼケンは気合を入れなおした。

 ようやくシーファー教頭の意図が見えてきた気がしたのだ。


 伝記を読む行為は、冒険者の一生を俯瞰するのに似ていた。


 冒険者には幾つもの転機がある事を知った。

 冒険者の直面する様々な現実を知ることができた。

 冒険者が外で陥る多彩な問題や苦難には、思わず血の気の引くようなものも多かった。

 資料室でゼケンが過ごす時間は、眠たくなる時間から刺激的な時間へと変わっていた。


 夢中になって伝記を読み込んでいたゼケンは、思い出したように顔を上げた。

 見ればキトリノが、本を枕に、夢の世界に夢中になっていた。


 ゼケンは何度か彼女を揺り起こした。

 彼女が寝るたびに、起こした。


 キトリノは脳内を羊にでも占領されたのか、起こされるたびに、眠るのだった。


「まあ最初は俺も、そんなもんだったさ」

「うーん」


 ゼケンとキトリノは二階の待合席に座っている。

 眠気覚ましにコーヒーでも飲む事になったのだ。


「――キトリノは、どうしてホールにこようなんて思ったんだ?」


「えっとねえ。…………パーティーを組むと、みんなから“どん臭い”って言われちゃうんだよね。だから、頑張んないと、ダメだなーって」


 どうすればよいかとピスティーに相談したところ、ゼケンは伝記を読んでいると、彼女に話されたそうだ。

 そして自分もそれにならおうと、休日にも関わらず、こんな所に来たらしい。


「じゃ、頑張んないとダメだな?」


「うーん」

「煮え切らない返事するな」


 キトリノは眠いんだか困ってるんだかわからない顔をしている。


「だって、ゼケン君もわかるでしょ? 私、冒険者には、向いてないと思うなあ」


 ゼケンは言葉に詰まった。

 たしかにこの魔術士の少女が、魔物を狩猟する側のヒエラルキーに立てるイメージが、いまいち湧かない。


「学校の雰囲気とかも、ついていけないよ。なんでみんな、あんなに強くなりたいって思うんだろうねえ?」

「死にたくないからだろ?」

「平気だよお」


 ゼケンは意義ありとばかりに店員に手を上げた。

 少女の目を覚ましてやる必要を感じていた。


「ダンジョンコーヒー二つ」

「あ、砂糖とミルクも付けてください」

「いや、結構だ。無しで」

「そんなの飲めないよう」

「いいんで。大丈夫なんで。お願いします」


 ゼケンに立て続けに保証され、店員は去っていった。


「無理だよーう。苦いコーヒーなんて飲みたくないものー」


 キトリノは不平を上げたが、その顔はまだ危機感を持ち合わせぬぽやぽや顔だ。


「飲まなきゃダメだキトリノ。苦いもんだって飲めなきゃあ、この世界を生き残るなんて無理なんだよ」


「そんなことないよう。コーヒー飲めなくたって、平気だよ」


 “そういう事言ってんじゃない”と心の中でだけ反論し、ゼケンは腕を組み、特濃コーヒーへの覚悟を固めながら、黙って店員を待った。


 特濃コーヒーが運ばれてくると、少女はブーブー言った。


 ゼケンが“これがこの世界で生きる姿だ!”といわんばかりに苦労しいしい苦いものを飲み下して見せても、ケラケラとおかしがるばかり。


 キトリノはコーヒーカップを手に持ち、カウンターのほうへと行ってしまった。

 一回り大きなカップを用意してもらい、それに並々とミルクを注ぎ、せっせと砂糖を入れ続けた。


 お菓子のように作り変えたコーヒーを口にし、『あまーい』と綿菓子みたいな笑顔を浮かべていた。


 この少女はいったいこの先どうなるのだろうと、ゼケンは本気で心配した。


 きっとこのような少女はこの先、生き残れないのだ。

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