第七話 修行期間三日目の二つの事件
修行期間三日目。
修行期間中の連携戦闘訓練は、カップルが離れ離れになる事こそなかったが、毎回違うメンバーでパーティーを組まされた。
これは生徒間の交流を促進する為の、学校側の配慮だ。
前回の転生者は競争期間中、三人に一人が死んだ。
この事実を知って以降、学校の生徒たちは、競争期間への前準備をとても意識するようになった。
ゼケンたちがもっとも関心を寄せたのは、パーティー編成だ。
競争期間へと突入すれば、ゼケンたちは魔物を狩猟して自活しなければならない。
教師抜きでだ。
頼りになるのはお互いだけという事。
ならばパーティーに加えるメンバーは、なるべく頼りになる者にしたい。
連携戦闘訓練は、生徒たちがその実力を示し、その時パーティーを組んだメンバーへ自分をアピールする場となった。
意欲の高い生徒たちは積極的に敵と戦い、パーティーのメンバーを助け、自身の能力を示そうとした。
学校にいる時は“あいつが使える”“あいつは弱い”“あいつは逃げたことがある”という会話ばかりがやり取りされた。
ゼケンは強烈な不安に襲われた。
学校では誰もが能力の高い者を求めていた。
その者たちとパーティーを組もうとしていた。
レベル1、レアアイテムなしのゼケンなど、見向きもされないのだ。
このままでは自分は誰ともパーティーを組めないのではないか?
自分とパーティーを組みたがる人間など、いないのではないか?
ピスティーは別だ。性格がよく、容姿がよく、祝福者でもある彼女は別だ。彼女の事を狙っている男子生徒ならば、非常に多い。
カップル仲間のエクトスたちも、それなりにうまくやっていた。
彼らが“レベル1”じゃないおかげだ。
エクトスと彼のピスティーのコンビなどは、レベルは2でも、レアアイテムはどちらも有していない。
しかしそれなら“使えないレアアイテムを授かった生徒”と、それほどの差はない、という印象なのだ。
それほどの欠点とは捉えられないのだ。
ゼケンは彼らカップル仲間に頼りたくなかった。
それなりのパーティーを構築できそうな彼らに、迷惑を掛けたくなかった。
レベル1のお荷物カップルにはなりたくなかった。
正確には“ゼケン一人お荷物”なのだから余計にイヤだ。
ゼケンは自分なりの武器を見つけようと、再度ギルドホールを訪れる。
教頭の『伝記を読め』という言葉を信じたかった。
そこに誰も予想しなかった“強くなる秘訣”が隠されている事を願った。
この日の読書は昨日に比べ、中々に有意義なものとなった。
ゼケンが手に取ったのは[孤高の符術武闘家デルベディン]という偉人の遺した伝記だった。
“符術士”というレア職能に目覚めた武闘家の伝記だった。
その内容が目茶苦茶なのである。
伝記の中でデルベディンは、闘神ギルガリオンから様々な修行法の啓示を授かり、レアなスキルを次々と修得していくのだ。
その修行法と言うのが、“滝を駆け上る”であるとか、“一週間誰とも会わずにダンジョンで生きる”とか、実現不可能としか思えないものばかりなのである。
ゼケンも有している武闘家という職能は“修行”を行う事で、修得ポイントを消費せずにスキルを修得することができる。
この“修行”を行うには、闘神ギルガリオンから、修行法の啓示を授かる必要がある。
他人のした“修行”をまねるのでは効果がない。
闘神ギルガリオンから啓示された修行法を成し遂げる事で、初めてスキルを授かるのである。
この“修行法の啓示”自体は、武闘家ならば誰もが経験する一般的な神秘体験だ。
しかしレアスキルを修得できる“修行法の啓示”となると、中々授かる事はない。
成功者“剣士殺し”エルダーが修得していた[無刀取り]のスキルも、そのような啓示を授かって修得したスキルだったのだろう。
デルベディンの伝記を夢中になって読みふけってしまった。
デルベディンは伝記の中でドンドン強くなっていくのだ。
カードを使う“符術士”というアビリティーに目覚めてからは、フィクションとしか思えない成長っぷりを示す。
[空中二段跳び]というレアスキルを修得し、ジャンプしてから更に宙でジャンプした。
[分身殺法]というレアスキルを修得し、一時的に二人に増えて戦闘した。
どこまでが真実なのか疑わしいほどの成長っぷりだ。
しかしゼケンも武闘家アビリティーなら有していた身だ。
彼の成長っぷりを、ついつい自分に置き換えながら読んでしまった。
伝記を読み終えた時には、自分は武闘家にならないとダメだ、と思っていたほどだ。
しかし武闘家の道は、ゼケンたち転生者には険しい。
というよりレアアイテムを有さないゼケンにとって、険しい。
武闘家は最初、とても弱いのだ。
なのでほとんどの武闘家が、Gランクの内は師匠の元で修行漬けの日々を送る。
師匠に保護されながら成長していくのだ。
ゼケンたちは四日後には独力で魔物を狩らねばならない身の上だ。
とても望めぬ環境であった。
力が欲しい。しかし現実はとことんままならない。
ゼケンは悔しい思いを抱えながら帰りの夜道を歩き、またしても迷った。
ちなみに修行期間三日目のこの日は、二つの事件が起こった。
一つ目の事件は吉報と言っていいものだ。
あのゼケンたちが別格と認めたヤヌアリオスが、“クマ”を狩ったのである。
ゼケンが苦労しいしい学校へと戻ってみれば、学校はもうその話題で持ち切りだった。
クマは成獣でレベル3。レベル1~2の魔物が大半のロランロラン東の森林地帯では、“大蛇”に次ぐ二番目の危険生物だ。
ゼケンたちが訓練期間中にこの魔物と遭遇した場合、引率役は速やかにその場所から離脱した。
決して戦闘しようとはしなかったのだ。
そんな魔物をヤヌアリオスは、倒したというのである。
当のヤヌアリオスが掘っ立て小屋に引っ込んでしまったので、その時の様子を語るのは彼と行動を共にしたメンバーたちだ。
「逃げらんなかったのさ! なんせクマは俺たちが人食いキノコども相手に苦闘してる時に、強襲を仕掛けて来たんだからな!」
「引率役の冒険者がクマを追っ払おうとしたができなかった! 人食いキノコにメンバーの一人がやられそうで、手が離せなかったのさ!」
「そこで動いたのがヤヌアリオスだ!!」
ヤヌアリオスは誰もが『やめろ!!』『危ない!!』と叫ぶ中、敢然とレベル3の難敵をたった一人で相手取り、パーティーが復調する時間を稼ごうとしたらしい。
そして時間を稼ぐどころか、クマを返り討ちにしてしまったというのだ。
この日以来、ヤヌアリオスは全生徒の憧れの的。
ヒーローになった。
事件はもう一つあった。
フェヴルアリオス。
“二月”という意味の名を持つ猫人族の少女が、カジノでレアアイテムを担保にした大博打を行ったのである。
負けてしまったというのである。
少女はレアアイテムを取り返そうと、次は自分の装備を担保に賭けをした。
これも、負けてしまったのである。
狩人の少女は無一文どころか、弓と矢以外の装備まで失って学校に戻ってきた。
ファリアス、ティーティス両先生にこってりしぼられたはずなのに、少女は周りにたぐい稀なるメンタルタフネスを示して見せた。
「ピーチクパーチク“ひよっこ”どもと来たら騒がしくってやんなっちゃう! 私らって何者かを忘れちゃってるのってあんたらのほう! 私は覚えてる、冒険者!“冒険者”なわけ! “冒険”してなんぼの私らが一回の失敗にみんなで騒ぎ立てちゃって、あんたたちってじゃあいったい“何者”になりたい――(以下略)」
とにかくこの日、レベル1、レアアイテムなし、特別な職能無しのゼケンヴリオスに並ぶ生徒。
レベル2、レアアイテムなし、防具無しの愚か者、フェヴルアリオスが生まれてしまったのであった。
修行期間の前半部分は、このようにして終了した。
頭角を現す者たちがいる一方で、早くも“脱落組”などと見離される生徒が、少なからず出現し始めていた。
修行期間は明日より後半に突入する。
ギルドホールに通うゼケンは、まるで光明を見出せずにいた。
このまま修行期間の終了=自由パーティー編成の日を迎えてしまえば、自分とピスティーだけが孤立してしまうのは、明々白々であった。
校内最弱のゼケンヴリオスは、あせった。
このままでは魔物と戦って死ぬどころか、狩りに出かける事すらままならず、死因が“餓死”になりかねなかった。
自分はこの社会で生きていくことすらできない気がして、あせった。