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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第二章 束の間の訓練期間
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第六話 冒険者パンとダンジョンコーヒー

 いいもんおごってやる。


 顔見知り以下の女に誘われ、ゼケンはギルドホール二階の待合席に座った。

 女は対面の席へと腰を下ろしながら、得意げな顔をする。


「“初級者には助勢を。上級者には責務を”ってね」

「このホールのモットーですよね?」


「あたしらが守るこっちゃないんだけどね。あんだけデカデカ掲げとけば、少しはご利益があったってことさ」


 彼女はゼケンに、冒険者の先輩として助勢してくれるようだ。

 手を上げて、店員を呼び寄せる。

「あんた、“ダンジョンコーヒー”飲んだ事ある?」


「ないです」


「“冒険者パン”は?」


 ゼケンは肩をすくめている。“ダンジョン”だの“冒険者”だの、冒険者的名前の食べ物に好奇心がくすぐられ、顔がにやけた。


「ダンジョンコーヒー、ブラックで二つ。冒険者パンも二個」


 女は店員への注文を終えると、なぜかゼケンへ一度、怪しげな笑みを浮かべた。


「転生者だもんね。まだなんも知らないんだ?」


 ゼケンは彼女に転生者であると名乗ってはいない。


「よくわかりましたね?」

「あんたの彼女が言ってたの、聞いたのさ。見てたからね」


 彼女のような良心的冒険者があの場に居合わせたことを、ゼケンは運命神ロロイに感謝しなければなるまい。


 それはともかく、せっかく現役冒険者と話せる機会を得たのだ。

 色々聞いてみたい。


「冒険者って、大変ですか?」

「いきなりだねあんたも」


 女はくだらない事を聞かれたとばかりに、投げ遣りな顔をした。

「生きるってのは大変なもんさ。嘆いてたって始まらないからね」


「辞めたいって思ったことは?」


「死にそうな時は、毎回そう思うよ?」


 でも彼女は死んでいないし、辞めてもいないからここにいる、という事なのだろう。


 『死にそうになる事って多いんですか?』


 ゼケンが尋ねようとしたところで、店員がやってきた。早い。


「おっと、さあ来た」

「ダンジョンコーヒーブラックに、冒険者パンになります」


 店員がテーブルへ黒い液体の入ったカップを置く。

 ゼケンは『うっ』とうめいて背中をのけぞらせた。


 対面の女がいたずらに成功したように、子供っぽく笑っている。


「ベルセルクってホントこういうの、苦手だよな?」

「きつい匂いですね、これ、鼻が利かなくなりそうだ……」


 “ダンジョンコーヒー”は普通のコーヒーを濃縮したような、強烈な匂いを発している。

 人狼族ベルセルクのゼケンの鼻にはきつすぎる。目がしょぼしょぼし、困った鼻が“ヒューン”という情けない声を漏らした。

 対面の女は顔を背けて声もなく笑っている。


「おいしっかりしな。あんたこんなコーヒーに負けてたんじゃ、彼女守れないよ」


 女は濃厚な匂いを放つコーヒーのカップを手に取ると、涼しい顔で一口飲んだ。


「…………ああ。これさ。これがダンジョンの味になったら、冒険者としちゃ一人前だ」


 そう言われては、ゼケンも引き下がれない。

 ゼケンは早く一人前になりたいのだから。


 ゼケンは両手でカップを手にした。目をしょぼしょぼさせながら前に突き出た口吻を恐る恐るコーヒーカップへ近づける。

 正面の女が無節操にケラケラ笑っている。並の大人より大男のゼケンが体を小さくして更に小さなコーヒーカップへと勝負を挑もうとする様は、かなりこっけいであるらしい。


 ゼケンは異臭を放っているとしか思えない極濃コーヒーを、スズズとすすった。

 口中に広がった強烈な苦味と匂いとが、鼻梁へ突き抜け、凄まじい刺激で頭をぐわんぐわん揺らした。


「…………なんでこんなもん飲むんですか?」


「ダンジョンにもぐると、こういうもんも必要になんのさ。ダンジョンコーヒーってのはあたしらの“気付け薬”なんだ。――目え覚めたろ?」


 目ならとっくに覚めていたが、このコーヒーならたとえ死んでいようと飛び起きるだろうとゼケンは思った。


「もしかしてこっちの“冒険者パン”っていうのも、そういうのですか?」


 木製の椀に二つ入った冒険者パンを見下ろす。

 灰色に近い色のパンは、決してうまそうな匂いをさせていない。


「男ならまず試す。自分で判断してみな」


 彼女の言う流儀に習い、ゼケンは冒険者パンをかじった。なんでもいいから口の中を占領する苦味を少しでも緩和したかった。


「…………固くてまずいパンですね」


 対面の女も、面白くもなさそうな顔でパンを食っている。


「……こいつを食べてると、レベルアップした時の、グレイスの伸びがいいってえ話だよ?」


 ゼケンはごくりと喉を鳴らしてパンを胃の腑に収めるなり、うまいものを食ったように目を輝かせた。

「ホントですか?」


 女は硬パンと格闘しながら記憶とも格闘するような顔だ。


「――さあって、なんの伝記だったかね? とにかく、そういうことが書いてある伝記が、あったから……まあ伝記読みな」


「……つまり、眉唾かもしれないんですね?」


「効果あるって信じてる奴もいるし、そうじゃない奴もいる。本当のところはわからないし、うまくもないから、このパン売ってるのはこのホールと、このホールにパンを卸してるパン屋だけ、ってね」


 女はパンを食べ終わると、コーヒーを一息に煽った。

 頭が痛くなったような顔をしたのは一瞬だ。

 ポケットの中をまさぐりながら立ち上がり、引っこ抜いた手を広げて硬貨をチャラチャラと鳴らす。

 デリル銀貨一枚、大クース銅貨二枚をテーブルへと置いて、店員に教えるように〈コンコンッ〉と叩いた。


「先輩面はしたし、笑えるもん見たし、あたしはもう行くよ。せいぜい頑張りな、ベルセルク」


「頑張ります。ごちそうさまでした」


 女は思い切りよく、さっさと歩いていってしまった。

 結局最後まで、お互い名前を教えあう事すらなかった。


 名前はわからずとも、ゼケンにとって、色々と得るものの多い時間だった。


 ダンジョンコーヒーは眠気覚ましには最高だろう。

 冒険者パンは安くはないのだろうが、金に余裕がある時は買って食べておきたい。

 伝記については――明日はほかの伝記を読んでみよう。


 ゼケンは帰りの道中、誰かに自慢したい、“こういう人と話した”と話したいと思いながら、ほわほわした気分で夜道を歩いた。


 道に迷って、ロランロランを少し嫌いになった。

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