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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第二章 束の間の訓練期間
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第五話 ギルドホール訪問 大人の女から声を掛けられる

 ゼケンたちは六日間の修行期間を得たのち、競争期間に入る。

 競争期間は学校卒業まで継続される。

 その期間は三ヵ月と三週間程度を予定している。


 競争期間中、各生徒はおのおの自由にパーティーを編成する。

 その際、パーティーには最高で二人まで、学校の生徒以外の冒険者を入れてもよいものとされている。


 各生徒は競争期間中、冒険者として自活する。

 学校が提供するのは宿泊場所と助言のみ。

 もちろん教師が生徒たちの狩猟等に同伴する事は、ない。


 各生徒はそれぞれ独自の判断で魔物を狩猟し、教師からの承認を得られれば、ギルドホールのクエストを受けてもよい。


 ちなみに前期の転生者の数は78人。

 この内、競争期間中に命を落とした生徒の人数は24人。


 ほぼ三人に一人が死んだ計算である。




「知ってたかよ?! オイ知ってたかよ!?」


 ゼケンの掘っ立て小屋のルームメイト。暗いと怖くて寝れないジオが、目をまん丸にして聞いて来た。


「知らねえよ!! 知らねえよ!!」


 ゼケンも目を満月みたいにしていた。


 二人はガタガタと掘っ立て小屋から飛び出した。

 もう夜だった。

 そんな程度の悪条件では二人の恐怖心と動き出した両足は止まらなかった。

 すっ転びそうになりながら二人が急ぐのは、屋敷裏手にある共同墓地だ。


 転生してから二日。

 まだ一度も訪れた事のない場所だった。

 シーファー教頭いわく“陰鬱な預言者”が、薄暗がりの中、二人の来るのを不吉な面貌で待ち構えていた。


 大きな墓標に小さく刻まれた死んだ生徒たちの名前。

 その数をジオが一つ一つ数えながら、話した。

 談話室は今、この話題で大騒ぎらしい。


 前期の生徒は三人に一人が死んだ。


 ジオとゼケンは正確さを期するべく、お互い独自に死亡者名の数を数え合った。

 その計測結果を答え合った。


「24だ」

「24だチクショウ」


 星明りの下で見るジオの顔は、幽霊かなにかのように薄気味悪く見える。


「やべえ。二十四人もマジで死んでやがった。涙出んぞ俺……」

「七十八人だったって数は――」


 本当だろうとそれは大して重要じゃない。


 二十四人も死んだ事実が問題だ。


「――おいおいおいお前らっ」


 急いだ様子の生徒が二人ほど、更に“陰鬱な預言者”へと会いに来た。


「数えたか?」

「数えた」

「何人だった?」

「二十四人だ」


 星明りの下浮かび上がる幽霊のような顔が、更に二つ増えた。


 三年前にやって来た転生者たちは、三ヶ月と三週間の間に、二十四人も死んだ。

 ゼケンたちを待ち受ける“競争期間”というのはつまり、

 そういう“試練”なのであった。




 修行期間二日目。


 朝。多数の生徒からの質問を受けたファリアスが、前回の転生者数が78人。死亡者数が24人で間違っていない事を宣言した。


 三人に一人が死んだという事実、現実に、多くの生徒が動揺を隠せないでいた。


 その動揺はそのまま、この短い修行期間への、各生徒の意欲の増大へと結実する事になった。


 競争期間の始まりまで、今日を含めてたったの五日しかないのだから。


 修行期間二日目。

 ゼケンたちは午前中を、ティーティスが教鞭を振る座学で過ごした。

 午後からはパーティーを組んでの連携戦闘訓練だ。


 訓練場所は昨日と同様、ロランロラン東に広がる森林地帯。


 カップルは同じパーティーに所属させられた為、ゼケンはピスティーと一緒に訓練を受けた。

 ゼケンに施されたのは前衛、剣士としての訓練。

 ピスティーに施されたのは後衛、神官としての訓練だ。


 ピスティーと初めて一緒のパーティーを組むことになり、ゼケンは俄然張り切った。

 張り切ったのはゼケンだけではなかった。

 ピスティーに魅了されたほかの男どもも張り切った。


 ゼケンは彼らとの競い合いを余儀なくされた。

 レアアイテムを持った彼らとの競争が、非常に不利なものであったのは、言うまでもない。


 力である。ゼケンは力が欲しかった。


 昨日の事だ。

 ゼケンは勇気を振り絞り、シーファー教頭に助言を仰いだ。


 自分はどうすれば強くなれるのか? と。


 厳しい風雪に耐える狩人のような面持ちをした彼は、迷える教え子ゼケンへと、一つの道を指し示した。


『冒険者の偉人たちが著した伝記を読め』


 そんなわけで、ゼケンは二日目の訓練を終えると、学校に装備を預けるなり“偉人たちの伝記”が読める場所へ出かけた。


 時刻は午後六時らしい。ロランロラン中のレーベ教会から鐘が鳴っていた。


 ゼケンは一人だった。ピスティーは連れて来なかった。

 なにが起こるかわからなかったからだ。


 一人ゼケンがやってきたのは、この町の冒険者にとっての中心地。

 ロランロラン冒険者ギルドホールである。


「でかいな…………」


 ゼケンは思わず独り言ちた。ピスティーがいないのが、そこはかとなく心細い。

 掘っ立て小屋仲間のジオなり、カップル仲間のエクトスなりを引っ張って来るべきだったかと、軽く後悔。


 ロランロラン冒険者ギルドホールは立派な建物だった。

 前面に太い列柱を並べたアトラビウス様式の重厚な門構え。

 白大理石作りの建造物で、その高さは優に四階建てはありそうだ。


 ホールは通りとの間に四段だけ上る小階段が設けられており、格調高い雰囲気を作っている。

 もっとも、今はその階段も、仕事を終えた冒険者たちが一休みする場と化していた。ホールで仲間が用事でも済ませているのだろう。彼らの顔には“早く羽を伸ばしたい”と書かれている。


 自分もその内彼らのようにここで待つのだろうか?


 彼らの姿に未来の自分など重ねてみつつ、ゼケンはホールへ足を踏み入れた。

 まず最初にゼケンを出迎えたのは、【ホールからのお知らせ】という文字を頭上に頂いた黒板だった。


 その内容を見て、自分が冒険者の職場に踏み込んだのだと実感する。


             【ホールからのお知らせ】

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 11月16日


 本日の死亡者 1人


 名前:テラリス・ハイアートン

 種族:人間  職能:魔術士  レベル:17

 場所:パルピアス遺跡 ダンジョン内 地下3階。

 リーダー:ディアス・ナックバス


                               以上。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 冒険者が一人死んだらしい。

 黒板にはリーダーの名前まで書き込まれていた。彼女の死の責任の一旦があるからなのだろう。


 ゼケンにとっては他人ひと事じゃなかった。

 たった一週間の訓練期間を終えれば、ゼケンたちも自分らでパーティーを組む事になる。

 誰かしらがこの“リーダー”という役目を務めることになるのだ。


 自分たちも死んだら、この黒板に名前を書かれるのだろうか。


 いかん、とゼケンは気を取り直した。

 たかが黒板一枚に時間を取られていてはいけない。ホールだって夜には閉まってしまう。本の持ち出しも許されない為、ゼケンに残された時間は多くはないのだ。


 ロランロランギルドホールは丁度混雑する時間帯だったのか、中々に騒々しく、冒険者たちがせわしなく行き交っている。


 ホールは二階までは吹き抜け構造をしており、高い天井がとても広々とした印象を与える。

 ホールの奥に広がるのは各種受付のカウンター。


 カウンター奥の壁には、このギルドホールのモットーが掲げられている。

 ロランロランギルドホールのモットー。


【初級者には助勢を。上級者には責務を】


 モットーの書かれた看板の下に、長さ10メートル以上ありそうな大蛇の抜け殻が飾られていた。


 ゼケンが入り口から少し進むと、二つの有料掲示板が八の字型に立っていた。

 掲示板の表面には、様々な用件の張り紙が無造作に張られている――が、


 ゼケンは努めて、それらの内容を見ないようにした。


 こんなところで時間を取られていてはダメなのだ。


 ゼケンはホールの左手に見つけた広い階段を上がる。


 二階は椅子と丸テーブルの待合席が並んでいた。

 冒険者たちは一階を見下ろせる席にこぞって陣取り、酒をあおっている。やはりピスティーは連れて来ないでよかった。


 ゼケンが目指すのは三階の資料室だ。

 更に階段を上がると、ホールの喧騒が幾分か遠のいた。


 資料室。


 目当ての金文字が書かれた扉をゼケンは見つけた。

 両開きの扉はこの迷宮都市には珍しく、ぴたりと閉じられている。ホールの喧騒から静寂を守る為のやむをえない措置だろう。


 扉には『静かにノックを』と注意書きが添えられていた。


 ロランロランで閉じられた扉を開く時は、必ずノックをしなければならない。

 でないと精霊界カデンに繋がってしまうと、この町の誰もが信じていた。


 ゼケンは扉を優しく叩き、資料室へと立ち入った。

 狼の鼻がかび臭い匂いにむずがった。

 もう午後六時を過ぎ、明り取りからの日差しも弱まったせいか、資料室は薄暗い。


 ゼケンは魔石灯をつける事にした。

 操作は簡単。水晶のような点灯体の基部に、ずらされている魔石をセットするだけだ。

 これだけで、魔石灯は蜂蜜色の光を室内へと広げ始めた。


 偉人の伝記たちは、もっとも入り口から近い棚に収納されていた。

 伝記は装丁のしっかりしたものもあれば、紙束を紐綴じしただけの粗末な物もあり、どれも何度も読まれてくたびれ果てている。


 ゼケンは装丁のしっかりした本の中から、剣士の偉人伝を一つ抜き出して、窓際の机へと移動した。


 いったいどんなものなのやら?


 強くなるヒントを見つけてやるぞと、鼻息荒げ、多少の期待感も抱きつつ、ゼケンは本を読み始めた。




 ゼケンは強くなりたかった。


 ならば伝記を読めと言われたから、読もうとした。

 たとえつまらなかろうとも、読もうとした。


 ピスティーを守れる力が欲しかった。

 伝記を読めばほかの生徒たちの知らない“強さの秘訣”を見付けられるのではないか。

 ほかの生徒を出し抜いて、自分一人グングン強くなれるのではないかと、期待していた。

 ジオやエクトスより強くなり、あのムカつくアヴグストスに一泡吹かせてやりたかった。

 あのヤヌアリオスから『ゼケン……お前…………只者じゃないっ』と言われたかった。


 そう勢い込んでいたゼケンであったが、現実は当たり前だが“現実的”だ。


 伝記はとても読みにくく、つまらなかった。

 読んでも何も足しになりそうな気がしなかった。


 ゼケンは『ふがっ』と漏らして目を覚まして、ようやく睡魔にかどわかされていた自分に気付いた。


「…………くそう…………寝てた……」


 フッ、という声が聞こえた。


 ゼケンの鼻がスン、と音を立て、女の匂いを嗅ぎ取った。


 声と匂いのほうへ顔を向けると、予想通り女が一人、ゼケンと三つほど離れた席に座って本を読んでいた。

 目が合ったので、ゼケンは謝罪も込め、会釈だけした。


 大人の女だった。

 ラフな格好をしており、席から椅子を引き気味にして、ゼケン側に少し斜めにして座って、色気のある太ももを組んでいる。


 ゼケンはちょっと目が覚めた。

 見知らぬ女性に心の中で礼を言いつつ、再び困難な読書に戻ろうとした。


 ――が、女の顔に、見覚えがあるのに気が付いた。


「――ん」


 ゼケンが顔を上げると、女は本こそ手元で開いていたが、顔はゼケンのほうに向いていた。

 彼女は始めからゼケンのことに気付いていたのだろう。

 雑な口調で尋ねてきた。


「今日は? 彼女は?」


「――ああー。彼女とは、ちょっと違うんです。――あの、おとといは、ありがとうございました」


 ゼケンは女に頭を下げた。

 女はゼケンたちが酔っ払いに絡まれていた時、助けてくれた集団の一人だった。

 彼女は酔漢の一人へとドロップキックを食らわしていた。


「いいよ。バカな大人のけじめを大人が付けたのさ」


 女はさばさばした口調。スタイルのいい体に、粗野な雰囲気をまとっている。

 ゼケンに“それで?”という目線を送り、さっきの質問の答えを催促した。


「――あれ以来、危なそうな所には、連れて行かないことにしたんです」


「ふーん。――若いのに、あっさりしてんだね」


「自分の力で守ってやれない所にまで連れてくなんて、無責任でしょう?」


 女はにやりと笑った。

 もっと面白いものを見つけたと言うように、手元の本を閉じる。

「大切な子なんだ?」


 よく知らない人間にハッキリ言うのも照れくさく、ゼケンは目を泳がせた。

「そりゃ、まあ、大切な子です」

「だったらこんな所で本読んでんじゃないさぁ。剣の練習でもしてな」


 これにはゼケンも反発した。


「先生に言われたんですよ。伝記を読めって」


 女は物珍しそうな顔をしている。

「へぇ。おもしろい事言う先生だね?」


「やっぱ、ポピュラーな修行法じゃあないんですね?」

「あー、さあ。――あたしに聞かれたって、ね」


 女は二十歳過ぎだろうか。まだ弟子を取るには若い。


「で? 寝てたってことは、あんまりはかどっちゃあいないね?」


 この指摘にはゼケンも言い訳のしようがない。


「んまあ……先生がどうしてこんなもん、読めって言ったのやら……」


 女はハハハと気持ちのいい笑い声を立て、席から立ち上がった。


「おいで。いいもんおごってやろう」


 色っぽい大人のお姉さんからのお誘いに、少年ゼケンが抗えるわけがない。


 それに大人の冒険者と知り合いになれるチャンスに、少し心が躍っていた。

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