第四話 初訓練を終えて
訓練が始まる前、ペンプティがしていた不安は、完全な取り越し苦労だった。
シーファー教頭はゼケンたちに『装備無しで戦え』とも『殺し合え』とも言うことなく、最低限の指示とアドバイスだけを飛ばし続けた。
大ムカデとの初戦闘のあと、ゼケンたちは更に三回、戦闘を行った。
戦ったのは大ムカデ5匹。オオカミ4頭。逃げるアルマジロ二匹。
ゼケンは最初の戦闘でマナを使いすぎた。
戦いに夢中になりすぎていたのだ。たった一度の戦闘で、24しかないマナを、15も使ってしまっていた。
この為、その後の戦闘をゼケンは、スキルに頼らずに戦う事になった。
仕方がないので、その分闘争心を発揮した。
敵と遭遇すれば、ゼケンは真っ先に攻撃を仕掛けた。
ほかの生徒が敵を仕留めてしまう前に、少しでも経験を積んでおきたかったのだ。
それにゼケンがシールド役としてまず前に出ることで、ヤヌアリオスがアタッカーとして動いた。
ヤヌアリオスが動けば、残り三人の生徒も勇気付けられたように動き出す。
自分は役に立てていると実感できたのだ。
最初の戦闘以外でゼケンは、目覚しい活躍をすることができなかった。
思い知ったのは、皆の持つレアアイテムの威力。
図体のでかいエヴゾモス。
彼が授かったレアアイテムは[悪魔の舌]という剣だった。
効果は切り付けた相手の防御力を低下させるというもの。
再び大ムカデと戦闘した時、この効果が有用性を発揮した。
エヴゾモスは何度も大ムカデを叩きまくる事で、[甲殻通し]に頼ることなくあの固い敵を倒して見せた。
アヴグストスは戦闘が始まるたびに『よし、行け! レベル1!』と指図するムカつく少年だった。
しかし彼の授かっていたレアアイテム[賞金稼ぎの短刀]は、ゼケンたち貧乏人にとっては垂涎の効果を有していた。
彼がその短刀で敵にとどめを差すと、敵の死骸が金銭に変わったのだ。
彼はなんども周りに『手を出すな!!』と叫びながら、逃げ回るアルマジロにとどめを差した。
するとアルマジロの死骸が、半デリル銀貨1枚に変化したのだ。
半デリル銀貨一枚。二人が朝に飲んだコーヒー二杯分の代金を支払っても、お釣りが来る額だった。
逃げるアルマジロ一体を仕留めるだけで、この額が手に入ったと思うと、バカにできなかった。
与えられた名前が変だと嘆いていたペンプティ。
彼が与えられたレアアイテムは、変ではなかったが、防具だった。
この為、取り立ててこれといった活躍はしなかった。
何より活躍したのはヤヌアリオスと、彼のレアアイテム[風加護のピアス]だった。
効果はマナを消費する事で、三つの風属性魔術スキル
[風の刃]
[風の精の加護]
[風の精の守護]
を、使用できるというもの。
彼の活躍のどこまでがこのレアアイテムの恩恵によるものか、どこまでが自身の実力によるものなのか、正確なところはゼケンにはわかりかねた。
それでも彼が風の精の助けを得て時折見せた、変幻自在、疾風迅雷の戦いぶりは、ゼケンの網膜に焼き付いている。
彼の戦いぶりを見るにつけ思ったものだ。
自分にもレアアイテムがあれば、と。
「レアアイテムだってピンきりだよ」
ペンプティが感じたのはこれだったらしい。
まるで活躍できなかった彼は、さっそく自分のレアアイテムに幻滅を覚えた顔をしている。
「贅沢言うな。持ってるだけ恵まれてるぞ」
「でもゼケン。シーファー教頭から褒められてたじゃないか。僕なんていいとこなしだ」
「……ああ。ちょっとあれは、嬉しかったな」
ゼケンはシーファー教頭から『お前は目がいい』と褒められた。
あの人柄の教頭である。彼がゼケン以外を褒める事はなかったから、本当に優れていると思ってゼケンを褒めたのだろう。
彼から唯一賞賛を得た。
この事実を、ゼケン自身ひそかに誇っていた。
「でもよ、お前が活躍したのは最初だけだったよな?」
エヴゾモスがまた挑発的なことを言ってきた。
彼は何かと人と張り合いたがる。
「そんなことないよ。ゼケンがシールド役してくれると、安心できた」
「そりゃテメエがビビリなだけだろ? 今回ヤヌの次に活躍してたのは俺だぜ?」
文句あるかと周りに確認するように、彼は視線を一巡りさせた。顔には強者の優越感が浮かんでいる。
しかし――何かと今回あわれだったエヴゾモスである。
彼はその表情をすぐに改める事になった。
「ゼケンヴリオスが戦闘の流れを作ってた」
まさか会話に参加して来るとはと、エヴゾモスだけでなく、誰もがヤヌアリオスへと意外そうな顔を向けていた。
“孤高”の似合う大人びた少年が、自分の発言をそれ以上解説する事はなかった。
解説の必要などなかった。
誰もが最強と認めるヤヌアリオスが、ゼケンヴリオスを評価した。
ゼケンたちにとってはもう、それが答えだった。
「だってよ?」
ゼケンが得意そうな顔をすると、エヴゾモスは舌打ちをしてそっぽを向いた。
しかし、予想外にも、異論が上がった。
「いや、それさ。それ以外できなかっただけだから」
アヴグストスだった。人を見下すような目をした少年。
自信家なのか、わかった風な話し方をよくした。
「ゼケンヴリオスが流れ作ってたってか、敵仕留められないから盾役してただけ?お前さ、俺らが敵仕留めなきゃ自滅してたよ?」
盾役だから当たり前じゃないか、という当然の反論が、ゼケンの口からは出なかった。
少年の顔には明らかな侮蔑の感情が浮いていた。
そんな少年には、ゼケンも相応の言葉を返す事にする。
「まあ……助かったと、思うぜ? お前が、逃げるアルマジロ殺してくれて」
ぶはっとエヴゾモスが吹き出した。
アヴグストスがとどめを差した敵はアルマジロだけだった。
ゼケンは彼に助けてもらった覚えがない。
アヴグストスは苛立たしげに目を細めている。自分の血を吸っている最中の蚊を見つけたサディストのような顔だ。
ペンプティがピリピリした空気におどおどしている。
ヤヌアリオスは冷ややかな目のまま事の成り行きを眺めている。
「お前さ、レベル1なのに、そういうの気をつけろよ?」
「そういうのってなんだ?」
「態度だよ」
少年がなんの迷いもない顔で言ってきたので、ゼケンは面食らった顔をしている。
少年はレベル差に年齢や学年の差のような、上下関係が形成されると思っているらしい。
レベル1のゼケンはレベル3の彼に対し、敬語でも使うべきだったのだろうか?
「お前、“何様だ”とか周りの奴から言われたりしないか?」
「レベル3の俺に歯向かうなって言ってんだよ」
「なんでだ?」
「わかんなきゃバカだぞ?」
ゼケンは本気で心配する表情になった。
少年が大きな大きな勘違いをしている気がしてならない。
「……おい。やめてくれ。――言葉ぁ悪いが、俺は、お前がバカだと思うぞ?」
脇でエヴゾモスがとても楽しそうに笑っている。他人事だから、ちょっと考えのおかしい少年と関わってしまった困るゼケンの姿を、とても楽しそうに笑っている。
しかし少年は自分が正しいと信じて疑ってないらしい。
ゼケンへとキレる一歩手前のような真剣な顔で警告する。
「あのさ、レベル1のお前が、俺たちレベル3にかなう事はないよ? この差は永遠にひっくり返らない。この先開く一方だからな?」
ゼケンはもうこの少年と関わりたくなかった。
「たしかに、お前には追いつけねえかもしれねえ……」
ゼケンは彼の肩へと親しげに手を置いてやり、顔を満面の笑みにした。
「だってお前、逃げるの大得意だもんな?」
最初の戦闘の時、大ムカデから真っ先に逃げ出したのがこの少年だった。
ブハーッハッハッハという笑い声が上がった。エヴゾモスだ。
ペンプティも“ッフ”と吹き出すのをこらえられなかった。
ヤヌアリオスはやはり孤高だ。くだらなさそうにあさっての方向へ視線を逸らした。
エヴゾモスの遠慮容赦のない馬鹿笑いの中、アヴグストスはゼケンへすさまじい形相を浮かべている。
「レベル1。俺を馬鹿にするなよ。殺すぞ?」
「この世界で“殺す”なんて簡単に言うな。お前もう、離れて歩け」
学校に到着するまでの道中、アヴグストスは後ろのほうから、ゼケンへと血走った目を向け続けていた。
ゼケンが今日の訓練で得た経験値は5。
昨日よりも1多かった。
それでも“たったの5”という印象は拭いがたい。
ちなみにヤヌアリオスは16手に入れていた。
これは別に“彼が活躍したからその分多く獲得した”というわけではない。
冒険者はレベルが上がるほど、獲得する経験値量が増大し、レベルアップに必要とする経験値量も増えるのだ。
彼はゼケンの3倍の経験値を得たかもしれないが、彼がレベルアップするのに必要とする経験値量は400。ゼケンの4倍の量だった。
それでも、ゼケンは思わずにはいられない。
もっと経験値が欲しかった、と。
ゼケンは現在経験値量を9にし、ピスティーが学校へ戻るのを待っていた。
ピスティーら魔術職の生徒たちは、各職能ギルドで洗礼を受ける為、出かけている。
もう夕方だ。予定ではそろそろ戻るはずだった。
ゼケンの顔はそれなりに満足げ。
初めての訓練は、少女に顔向けできる成果を――まあ上げられたと思う。
早くピスティーに会いたかった。
色々あってささくれ立った心が、少女の朗らかさに癒されたがっていた。
ゼケンが談話室で時間を潰していると、中庭が騒がしくなった。
談話室の外にいた生徒の一人が、窓越しに室内へと身を乗り出し、中の者たちへ『帰ってきたぞ!』と声を掛ける。
中庭で魔術職の生徒の帰りを待つ者は多い。
大半は好奇心からだ。
果たして各職能ギルドで洗礼を受けて来た同胞たちは、どのような変化を得たろうか?
それなりの変化を遂げてくる事を、ゼケンたちはもう知っていた。
「ゼケン!」
ピスティーはゼケンの姿を認めるなり、顔を輝かせて駆け寄ってきた。
朝見た時よりも、色々足された姿になっている。
「祝福者は大変だったみたいだな」
「ゼケンのほうこそ。ご無事でなによりです」
ピスティーはゼケンの手を両手で握り、再会を喜ぶように上下に振っている。
彼女の額には“第三の目”が開かれていた。
もちろん本物の目玉ではない。赤や緑の絵の具で書いた、洗えば落ちてしまう装飾、精霊使いの装飾だ。
ピスティーはこの日、神官、魔術士、精霊使いの洗礼を受けてきた。
もっとも大きな変化は“契約精”を連れているところだろう。
「これがお前の“契約精”か。光の精だよな?」
「はい。これで夜道の明かりにも困りません」
ピスティーの近くには純白の丸い発光体が浮かんでいる。
光の精だ。
ピスティーがマナを分け与える事で姿を現し、光属性の魔術スキル使用時には力を貸してくれる。
中庭は“契約精”を連れて戻った生徒を中心に、友人たちがあれこれ質問をしたり、慰めたりと、様々な光景を展開させていた。
火の精を連れた生徒は自慢げだ。
その姿はトカゲの形をした炎。契約者はほの暗く光るポケットの中を友人らへと覗き込ませながら、ランタンを買いに行こうと声を大きくしている。
風の精を連れた生徒も楽しそうにしている。
その姿は緑の髪の小妖精。風のようにひゅんひゅんと契約者の周りを飛びまわり、周りの生徒にその姿をしかと見せようとしない。
土の精を連れた生徒は微妙な顔をしている。
その姿は節くれだったまん丸の石だ。目が二つ開いているだけで、契約者の手の平の上で動こうとしない。周りの生徒らもコメントに困った顔をしている。
水の精を連れた生徒は水の入ったビンを見つめている。
その姿は魚人族の姿の小妖精。かわいいペットでも手に入れたように、契約者の顔がほころんでいた。
氷の精を連れた生徒は氷の髪飾りをしていた。
その姿は本来は雪だるま。しかし今は契約者の髪飾りへと姿を変え、友人たちから冷たくないのかと触られている。
闇の精を連れた生徒はしょげている。
その姿は不気味に笑う影。少女の頬にペッタリ張り付き、黄色い口で口角の吊りあがった笑みを浮かべている。
森の精を連れた生徒は妖精人だ。
その姿はトンボの羽を背中に生やした小妖精。愛嬌を振りまくその姿に、周りの少女たちが盛んにうらやましげな声を上げている。
「お前の契約精が一番の当たりだな」
「ふふ。ありがとうございます」
光の精はもっとも便利な契約精だと言われている。
明かりのないダンジョンでもたいまつ要らずだし、一本でパン七斤分はする蝋燭を買う必要もない。
「訓練のほうはどうでしたか?」
「経験値は5だ。まずまずだな」
ゼケンの感想とは裏腹に、ピスティーは顔を輝かせてくれる。
「すごいじゃないですか! これで合計9ですね!」
“合計9”という響きがとてもしょぼい。
「レベル2まであと91だ。道のりが長すぎる」
「あら。人生はもっと長いのです。あせってはいけません。継続は力なりと申します。ゼケンヴリオスはこれを継続できる男ですか?」
まだ一回の訓練で得られる経験値量の平均が出ていないので、一日5の伸び率を継続できるかはわからない。
が、そんな現実を口にしていては、ゼケンヴリオスはこの底辺から這い上がれまい。
「明日は6だな」
「逆境を跳ね除ける力を持ったゼケン。……あなたのピスティーである事が私は誇らしい」
少女は両目を閉じて充足感を堪能する顔になっている。
ささやかな幸福の時間だった。
このピスティーと話すとゼケンはとても前向きになれた。
少女とニッコリ笑い合うと、明日の先が光を取り戻すのを感じた。
「おいゼケンヴリオス! お前全然使えなかったよ!」
二人を包み込んでいたささやかな幸福をぶち壊しにする声だった。
ゼケンは驚いている。ピスティーも驚いている。
こんな文句を言ってきたのは、当然アヴグストスである。
ゼケンは思った“あいつ、ピスティーの前でわざわざっ”と。
「悪いな! 戦うのに忙しくって、逃げる奴の手伝いまでは手が回らなかった!」
くだらない売り言葉に買い言葉の応酬だった。
アヴグストスは恨みがましい一瞥を寄越し、談話室のほうへと消えていく。
「……なんですか? あの人……」
ゼケンはハンと鼻を鳴らした。狼の長い舌でぺろりと鼻を舐める。
「――器の小さい奴さ」
ゼケンは彼にだけは負けたくないと思った。
アヴグストスはレベル3だ。レアアイテムの[賞金稼ぎの短刀]だって、小金を稼ぐのにはよさそうだった。
しかし人間性は最低だ。
あんな奴がほかの生徒とパーティーを組めるとは思えない。
ゼケンはレベル1ではあったが、奴にだけは勝ってやると、ひそかに臍を固めた。