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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第二章 束の間の訓練期間
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第三話 初戦闘 三人の仲間が逃げ出した

 ゼケンたちの初めての訓練が始まった。

 ゼケンは柄の悪いエヴゾモスと共に、“ナビゲーター”の務めを果たすことになった。


 “転生者”には、あらかじめ“冒険者の初歩”が備わっている。


 ゆえに“ナビゲーター”という役割についても、理解ならできていた。


 “ナビゲーター”。道案内役だ。

 パーティーの中でもとりわけ身軽で、耳や鼻、目のよいメンバーが担当する。

 その役割は道案内だけには留まらない。

 順路の安全確認や敵の警戒、早期発見なども、ナビゲーターに求められる重要な役割である。


 現在のゼケンたちにとって、ナビゲーターほど損な役回りはない。


 ゼケンたちは知識の上では“魔物”についても知っている。

 オオカミならば群れで行動し、標準的なもので体高80センチ程度。体重90キロ前後だ。


 しかしそんな知識では、ただの文字と変わらない。


 実際に相対してみなければ、体高80センチのオオカミの大きさや、怖さは、伝わっては来ない。


 ゆえにゼケンたちは、とても怖い思いをしながら前に進んでいる。


 あらゆる“危険な生き物”がいることを知らされていながら、それがどれくらい怖いかわからないので、想像の中の魔物たちが、光に浮かび上がる影のように無限大に大きくなる気配を見せる。

 不安になるほど怖くなり、怖くなるほど不安になる。


 ゼケンとエヴゾモスの歩く森は死角が多い。

 分厚い林冠に蓋をされた森は薄暗い。

 下草や潅木こそないが、苔むした大岩と倒木がごろごろとあちこちに鎮座し、立体的で歩くのに苦労する、険しい地形を作っている。

 樹木の中にもまばらに大樹が混じり、その背に死角をこしらえている。


「オイ。テメエ前行け」


 隣人、エヴゾモスの顔は、緊張から表情筋の固まり切った無表情。

 ゼケンもどっこいどっこいの顔をしてる事だろう。


「なんでだ?」

「盾持ってんだろ」

「レアアイテム持ってんのはお前だ。――ビビッてるのか?」


 ゼケンのその気すらなかった挑発にも、エヴゾモスは頓着せずに食いついてきた。


「ああ? ビビッてねえよ」

「話しかけてくるな。シーファー教頭の前でお前と話すと、いい事なさそうだ」


 エヴゾモスは会話で少しは顔がほぐれたのか、自分はなにも怖くないという顔になった。

「ハッ。テメエこそ、あんな教頭にびびってんじゃねえよ」


 我らがリーダー・シーファー教頭が、本日二度目のお言葉を下賜かしされた。



「エヴゾモス。ナビゲーターは君が一人でしたまえ」



 愚かなるエヴゾモスの表情が再び凍りついてゆく。

 ゼケンは笑いを堪えながら束の間の友にこの言葉を送った。


「エヴゾモス。お前けっこう愛嬌あるよ」


 彼から『殺すぞ』と言われた。



 あわれなエヴゾモスは一人で前を歩かされた。


 彼がこの孤独な責め苦に耐えた時間は、果たしてどれくらいだったろう?

 幸か不幸か、あわれなエヴゾモスの水先案内は、それほど長くは続かなかった。


 しかし代わりに彼は、たった一人で“大ムカデ”たちとの恐怖の対面を果たす事になった。


 始まりは、彼が大倒木の下に開いた隙間を、何の気なしに覗き込んだ時。

 エヴゾモスは、身の毛のよだつような叫び声を上げた。


「うわあああああああああああああ?!」


 彼の叫びで目を覚ましたように不快な〈ザカザカザカ〉という音が隙間から無数に這い出した。


 エヴゾモスは剣も抜かずに身を翻し、恐怖に体面も忘れた顔で、ゼケンたちへと両手を伸ばして逃げてくる。その姿は時の流れが不調を来たしたようにゆっくりに見えた。


 ゼケンも、ペンプティも、アヴグストスも、ほとんど一斉に叫んだ。

 剣を鞘から引き抜いたのはヤヌアリオスだけだった。


「でけえええええええ!?」


 闇から這い出した四匹の俗称“大ムカデ”、正式名称“チスジクロムカデ”との戦闘の始まりだった。


 シーファー教頭がおぞましいほどの意外な素早さで迫る大ムカデにも小揺るぎもせずに指示を飛ばす。


「ムカデには[甲殻通し]が効くぞ! エヴゾモス! アヴグストス! 行け!」


 あの恐るべきシーファー教頭の厳命であったが、この時ばかりは、スキル[甲殻通し]を修得した二人の生徒もその耳には入っていなかったらしい。


 それもそのはず、巨大なムカデのその姿は、“暴力的”そのものと言ってよい生理的嫌悪感でヤヌアリオス以外の生徒を残らずぶん殴っていた。


 大ムカデの体節――つまり胴体は、子供の胴体とその太さが変わらない。

 各体節から生える一対の足は剣の柄ほどもありそうだ。


 無数の足が波打つように動くと〈ザララララ〉という聞いた事もない音が立ち、アヴグストスはもう背中を向けて逃げ出している。

 エヴゾモスは鞘に収まったレア剣の柄に手を掛けながらも、迫り来る大ムカデから目をそむける事ができなくなっており、ムカデが近寄るのと同じ速度で後ろに下がってゆく。


 剣を鞘から引っこ抜くなり、大ムカデへと投げ付けてしまったのはペンプティだ。


 つまり三人のひよっこ冒険者は狂乱状態に陥っている。


 ゼケンは腰が引けてこそいたが、踏みとどまっていた。


 ピスティーのために頑張ると誓った。

 経験値を得なければならないという使命感があった。

 覚悟なら固めたろうと自分に言い聞かせていた。


 それにヤヌアリオスが剣を構え、教頭を守るように微動だにしなかったのだ。

 ゼケンヴリオスは、ほかの生徒に負けてはいられないのだ。


 シーファー教頭が戦闘用の杖をかざし、古代語の呪文を詠唱していた。


「サムノサンディパロス・スタマティセ!」


 水色の閃光が彼の杖から数回瞬き、〈ビシャリ!!〉という氷結音を迸らせた。

 魔術スキル[氷の茨(ミゼンサムノス)]が攻撃的防壁を忽然と虚空から築き上げた。


 出現したのは、相手と頭上へ凍て付く針山を突き出した、背の低い氷の茨である。シーファー教頭の前面左右で両手を広げたそれは、四匹の大ムカデへと剣呑な面構えで立ちはだかり、それ以上突進するのを断じて許さなかった。


 その隙にシーファー教頭が大ムカデたちから距離を取る。


「ゼケンヴリオス! 前衛の務めを果たせ!」


 前衛の務め――敵を引き付けて防御力の低い後衛を守る!


「――はい!!」


 ゼケンはステータスを呼び出しながら、左の腰の鞘から剣を引き抜いて、大ムカデたちが来るのを、左手の小盾を構えて待ち構える。

 ヤヌアリオスがすぐに隣に並んだ。戦意を失くしてないのは彼だけだ。

 ゼケンはステータスのスキル欄を表示する。


 ゼケンが修得していたスキルは[雄叫び]だけだ。


 修得ポイントに限りがあったし、[蜂落とし]や[甲殻通し]、[盾受け]のようなスキルはどれが使えるのかいまいちわからなかった為、選択を後回しにしていた。


 しかしこの状況に追い込まれて[甲殻通し]の有用性を認識した。

 理由は簡単。

 このスキルがなければゼケンの攻撃力では、大ムカデにはダメージを与えられない。

 ゼケンは修得ポイント27を消費し、スキル[甲殻通し・初級]を修得した。


 目前では四匹の大ムカデたちが、茨の左翼を回り込み、特徴的な疾走音の四重奏を響かせながらゼケンとヤヌアリオスへ迫り来る。

 本当にこいつらと戦えるのか?

 とてもでかいぞ! どうやって戦うつもりだ!

 抱きつかれでもしたら気が変になりそうだ!


 ゼケンの理性が大ムカデたちの姿に“逃げろ逃げろ!!”と喚きたてていた。


 しかしゼケンは力が欲しかった。

 経験値を得たかった。

 ピスティーの為に頑張らなければならなかった。

 目の前の“怖い奴ら”に立ち向かわなければならなかった。


 ゼケンはスキル[雄叫び]を発動した。


「おオオあああああアアアアアアアア!!」


 ゼケンは四匹の大ムカデに対し、ほとんど無謀に突っ込んだ。


 レベル3の奴が逃げていた。レアアイテムを持った奴も戦う事を忘れていた。


 なのに誰より最初に大ムカデへと立ち向かったのは、レベル1、レアアイテム無しのゼケンだった。


 ゼケンの人狼族ベルセルクの巨体がスキル[雄叫び]の効果を増強していた。

 更にゼケンの突進の迫力が四匹の大ムカデへと威嚇を発する。


 一匹、二匹と怖じけた大ムカデたちが前進を中断した。

 その為に前進し続けた残り二匹の大ムカデが突出する形となった。

 その内の一匹目掛けて、ゼケンはスキル[甲殻通し]を発動する。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


[甲殻通し・初級]


 消費マナ:3

 修得ポイント:27

 ランク:F


 このスキルは甲殻に類するもので身を包んだ対象に対してのみ、効果を発揮する。

 このスキルは斬撃か刺突属性を有する武器を装備していないと発動する事ができない。

 発動者は対象の装甲の隙間に武器を突き込む。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 スキルの効果でゼケンの集中力が増大した。


 目前の大ムカデの体節と体節とを結ぶ結節部分が、拡大したように感じられた。

 ゼケンはスキル発動感覚の命じるままに、剣をそこへと突き込んだ。


 ガツリという手ごたえが右手に響き、剣が粘りのある甲殻に弾かれて上滑りした。


 ゼケンは攻撃を失敗した。


 一瞬頭が真っ白になる。まずいと身を引いた時には――

 目前の大ムカデが鎌首をもたげ、ゼケンの目の前で巨大な牙を左右へ広げて飛び掛ってきた。


「うおおおああアア?!」


 ゼケンは悲鳴を上げながら左手の小盾を振り上げた。

 ギャイン! と金切り音が飛び散り、ゼケンの左腕を衝撃が襲う。3のダメージを受けたと感覚。

 見れば小盾に大ムカデが食い付いていた。

 グッと左腕に大ムカデの体重が掛かりゼケンの体勢が崩れかかる。しかし絶対に小盾を手放してはならない。


 そして大ムカデは一匹だけじゃない。


 もう一匹の大ムカデがゼケンの足元へと滑り込んだ。

 ゼケンの右足へと食いついた一撃は、まるでタックルのような衝撃力を伴っていた。


「うおおおお?!」


 ダメージは11。

 攻撃力81しかないレベル2の大ムカデでは、防御力129を誇るゼケンに致命傷は与えられない。

 しかし盾に食いついた大ムカデも、足に食いついた大ムカデも、その長く気色の悪い体をゼケンへ巻きつけようと身を捩じらせ始める。二匹の大ムカデが暴れる反動でゼケンは今にも倒れ込みそうだ。


「耐えろゼケンヴリオス!」


 シーファー教頭の声援がゼケンの鼓膜を震わした時、すぐ目の前には右から左へ通り過ぎてゆくヤヌアリオスの体があった。

 衝撃が走り抜け、ゼケンの小盾に食いついていた大ムカデが突き飛ばされた。


 ヤヌアリオスの一撃は華麗と言うほかなかった。

 彼はゼケンの足に食いついた大ムカデを飛び越えながら、ゼケンの小盾に食いつく大ムカデの、その体節同士の結節点へとたぐい稀なる精密さで刺突を炸裂させ、突進の衝撃力で標的をゼケンからなぎ払ったのだ。


「――ヤヌアリオス!!」


 ゼケンが彼の名を叫んだのは感謝の表れでありまた賞賛。

 おかげで体勢を立て直せた。ゼケンは足に食いついた大ムカデへと、二度目のスキル[甲殻通し]を発動した。


 今度はゼケンの攻撃も敵の急所を直撃した。


 甲殻の隙間に剣を突きこまれ、大ムカデはゼケンの足から牙を放すなり、痛みに身をねじくねらせて長い体を暴れまわらせた。

 ゼケンは後ろへ飛び退きながらヤヌアリオスへ言う。


「助かった!!」


「“シールド”しろ!! 来る!!」


 ヤヌアリオスは身の回りに四体の風の精(シルフ)を飛び回らせていた。

 彼が動くと風が吹き、その姿もさらわれるように消えた。

 “シールド”とは盾役――敵を引き付けて“アタッカー”の攻撃を助ける役回り。

 ゼケンの前では先ほどの雄叫びで遅れた二匹の大ムカデが突進してきている。


 ゼケンは再度スキル[雄叫び]を発動した。

 口から出るのは信じられない声量の声。ゼケンを世界すら鳴動させられる男にでもなった気分にする。

 音圧に叩かれたように二匹の大ムカデが動きによどみを見せた。


 この機を逃すな!

 ゼケンは本能に命じられるままに突進。間合いに入るなり、こちらへと牙をむいて来た大ムカデ目掛けて[甲殻通し]を発動。


 剣の切っ先が大ムカデの牙と牙の間、口元へと入り込み、その内奥を食い破りながら切っ先が甲殻の裏側まで辿り付いて衝撃を生んだ。


 血が滾るのを感じた。

 力で勝利をもぎ取る実感に本能が震えた。


 口元に剣を突きこまれた大ムカデは、衝撃で後ろへと跳ね飛ばされていった。


 もう一体の大ムカデはゼケンのわき腹へと食いついてきた。

 牙をゼケンの鉄の鎧に阻まれ、ダメージは1しか受けなかった。

 そしてアタッカー役を体現するように、ヤヌアリオスがゼケンに食いついた大ムカデを鋭い刺突で突き飛ばした。


 コンビネーションの妙が大ムカデたちを圧倒した瞬間だ。

 息が合ったと確信した快感がゼケンの頭をしびれさせた。


 お互い声を掛ける必要は感じなかった。

 ヤヌアリオスが風のように動くと、ゼケンは敵の注意を引き付けるため、残り三匹となった大ムカデたちへ一人対峙する。


 後ろからはシーファー教頭の怒声に叩かれ、三人の生徒がこちらへと走る足音がする。


 このあと、遅れを取った三人の生徒は、少しでも挽回しようと大ムカデたちに立ち向かった。

 再三アヴグストスが『邪魔だレベル1!』と言い、ゼケンを追っ払おうとした。


 彼らは大ムカデへと甲殻通しを何度も放ったが、中々命中させられなかった。


 ヤヌアリオスは違った。


 彼が左耳に下げた[風加護のピアス]を光らせると、五体の風の精(シルフ)が彼を勝利の運び手にした。

 風の精(シルフ)たちをその身にまとい、彼は戦場を縫うように立ち回り、三匹の大ムカデへと次々と攻撃を炸裂させていった。


 一発も外さない。一発も攻撃を受けない。一瞬たりとも迷いを見せない。

 鋭く研ぎ澄まされた表情はまるで壁画に刻まれる魔を討つ勇者だ。


 三匹の大ムカデは、結局彼が一人で平らげてしまった。


 ゼケンたち全員が、彼が“別格”なのだと認識した。

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