第二話 不安な訓練は冷血教頭の元で
転生二日目。
修行期間初日。
この日、修行を受けることになる前衛+狩人の生徒らは、まず最初に午前の組と、午後の組とに分けられた。
ゼケンの振り分けは午前組。
所属したパーティーはリーダー以外全員剣士。
リーダーは魔術士のシーファー教頭だった。
教頭が直接生徒を指導するというのだから、この学校は教員が少なすぎである。
1パーティーは六人で編成された。
パーティーの編成人数は重要だ。魔物を倒した際の経験値の入手量に影響を与える。
基本は五人編成。
Dランク程度の冒険者までは、もっとも理想的な編成人数と考えられている。
多くて六人編成。
Cランク以上の冒険者にとっては、この人数が普通になる。
七人編成はまず取られない。
魔物を殺した際に得られる経験値が、特別な場合を除き、まったくの“0”になってしまう為だ。
ゼケンたちの六人編成は、最低限の経験値を得られ、かつもっとも安全な編成人数といえた。
そんな話は、気休め程度にしかならないが。
シーファー教頭のパーティーに属する事になり、少年“ペンプティ”はとても萎縮していた。
ゼケンはこの少年と話したことがある。頭の中で“おとなしめ少年”と勝手にあだ名していた少年だ。
少年は名をペンプティと言った。意味は“木曜日”。
「変な名前にされたと思うよ。――呼びにくいし、変なあだ名付けられたらどうしよう、ホント……」
少年は今気にする必要のない事まで気にしている。
とてもビビッていた。
ゼケンの配属されたパーティーには知り合いがもう一人いた。
ヤヌアリオス。
“一月”という意味の名を持つ、雰囲気のある男だ。
以前、カップルの会食に誘われる前に、一緒に料理屋へ行きそうになりかけ、結局行かなかった間柄。
つまりほとんど話していない間柄だ。
彼はほかの生徒とは一線を画した、“孤高”という言葉が似合う雰囲気があった。
かなり無口なようで、かつ話しかけづらい。
ゼケンは彼と目礼めいたものだけを交し合った。
ゼケンたちは既に訓練場所へと到着している。
ロランロラン東にある魔境化した森林地帯だ。
“魔境化”というのは、平たく言えば“魔物”が出るようになった場所の事だ。
“魔物”とは、特殊な能力や高いレベルを有し、人間と“魔族”ではない動植物の事だ。
ゼケンたちの踏み込んだ森林地帯に、これと言った違和感はない。
ただの森といって差し支えないだろう。
問題は場所ではなく、人の側にあるのだ。
「だってあのシーファー教頭だよ? どんな訓練が待ってるか、わかったもんじゃないだろ?」
ペンプティの怯えようは極悪拷問官の登場に怯える罪人のそれだ。
「まあなあ……」
ゼケンたちが思い返すのは“剣士殺し”エルダーの洗礼。
人を人とも思わぬ所業。人を殺していたとはいえ、少年の腕を切り足を切り、彼は“残酷さ”など気にも留めていなかった。
そしてシーファー教頭が、ゼケンたちに“試練”を齎すつもりなのは想像に難くない。昨日の演説で“努力”と“忍耐”込みでそれを強いると宣言していた。
どれだけ“残酷”な“試練”であるのか?
それがゼケンたちは気がかりだった。
「ファリアス先生のパーティーがよかった……」
「前向きに考えろよ。厳しい分得られる経験値はこっちが上だ」
「そんな風になんて考えられるもんか」
「俺は考えられる」
ペンプティはゼケンに胡乱な目を向けてくる。言葉だけだとでも思ったのだろう。
しかしゼケンは本気だ。この状況をそれほど悲観してはいない。
強くなる必要があるのだ。
多少の無茶をしようとも、なるべく早く。
ペンプティはゼケンの顔に覚悟の差を見たのか、あせる顔になっている。
ゼケンはレベル1で、校内最弱の男だ。
しかしいつまでも校内最弱の男がゼケンのままとは、限らないのだ。
少なくともペンプティは、ゼケンの顔付きにその危険性を見たらしい。
「やばいなあ。僕も頑張んないとまずいなあ……」
「頑張ったほうがいいぞ。じゃないと死ぬかもしれない」
ペンプティは顔を覆った。
「ファリアス先生なら死ぬ事はなかったろうに……」
「縁起でもない事言うな。――まあ、シーファー教頭はハズレだったかもな?」
とことん悲観的な少年に、ゼケンは共感だけでも寄せておいてやった。
「いや、お前がいるのがハズレだろ?」
ずいぶん攻撃的な意見だった。
ゼケンとペンプティは揃って声の主へ顔を向けた。
ゼケンほども図体の大きい少年が、こちらへと挑発的な顔を向けている。
エヴゾモス。“七番目”という意味の名を持つ少年だ。
「おい。レアアイテムも持ってねえレベル1。足引っ張んなよ?」
少年は明らかにケンカを売っていた。
自分の力を誇示したくて、うずうずしているのかもしれない。
ゼケンは思った。こんな少年に始めから舐められているわけには行かない、と。
「お前こそ、レアアイテム持ってんのに足引っ張るなよ?」
「あ?」
エヴゾモスはガンをつけながら近付いてくる。
ゼケンは鬱陶しげな顔のままだ。今更この程度で動じるわけがない。
むさくるしい男二人がにらみ合うと、更に横からそれをつついて来る声がした。
アヴグストスという少年の声だ。
「お前ら、頭悪そうな会話するね。よく恥ずかしくないな?」
「待て。俺は恥ずかしいぞ? こんな奴相手にしたいもんか」
「んだとコラアア!?」
エヴゾモスは怒号したが、〈ビシリ!〉という音がすると、凍り付いたように目をひんむいた顔のまま停止した。
ゼケンたちのパーティーのリーダー。シーファー教頭の登場である。
彼は昨日の物とは違う、戦闘用の杖を持っていた。
その杖で脇に立っていた木を一打ちした姿勢のまま、こちらを無表情に見つめている。
怒鳴らない。顔を怒らせるわけでもない。
それでも彼が怒っているのだと、この場の全員が理解できていた。
「ゼケンヴリオス。エヴゾモス。もっとも惜しげのない君たちを、このパーティーの“ナビゲーター”に任命しよう」
かくして、このパーティーのナビゲーターは決定された。
唐突な抜擢に声を失くしている二人へと、シーファー教頭はとことん容赦ない。
「――聞こえなかったかね? 前に立ち、前進を始めよと言っているのだ」
ゼケンとエヴゾモスが急いでパーティーの前へ移動する。
アヴグストス。“八月”の少年が、愚かといわんばかりに首を振っていた。
有無を言わさず、ゼケンたちは出発させられた。
訓練が始まったのだ