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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第一章 与えられた名は十二月
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第十話 見習い冒険者の夜

 ピスティーが泣き止むのを待ってから、二人は学校へと戻った。


 学校は就寝用の部屋を男女別に割り当てた。


 男子31人には中庭の掘っ立て小屋を。

 女子27人には屋敷を就寝場所として用意した。

 生徒たちはこの割り当てで再来週まで生活する。


 その後は、成績上位の4パーティーがそれぞれ屋敷の三階、二階、一階、地下室を使用する権利を与えられる。

 各パーティーの成績順位は、二週間ごとに更新される。


 掘っ立て小屋は木製。

 中庭を囲む石壁を壁の一辺として利用した作りで、土間だ。

 小屋の中には三つのベッドが入り口に対するように置かれ、奥に衣装箱が一つ置かれている。

 ドアは引き戸ですらない。はめ込み式だ。


 ゼケンが自分の割り当ての小屋へと向かうと、はめ込み式のドアはまだ脇に立て掛けられていた。

 小屋の中では、四つの目玉だけがゼケンのことを眺めている。


 というより、ゼケンの後ろに見える屋敷を見つめていたのだろう。

 女子たちに割り当てられた男子禁制の花園だ。

 二人の少年は目を凝らし、窓越しに何か見えないかと期待しているのかもしれない。

 ゼケンは呆れた。

 自分がピスティーの涙を胸で受け止めていたのに比べて、この少年たちと来たら。


「お前ら元気だな。俺よりよっぽど物欲しそうな狼みたいだ」


「バッカ。そんなんじゃねっつの」


「じゃあなんだよ? 俺のルームメイトって、お前らか」


「それ以外あるかよ」

 左のベッドに座っている少年の発言だ。彼とは初体面だ。

 真ん中のベッドにいたのは剣士仲間の快活少年だった。


 ゼケンは二人と自己紹介を交わした。


 快活少年は名をジオと言った。意味は数字の“2”。

 もう一人の少年は少し人相の悪い魔術士。名はプロイ。意味は“朝”。


 まずゼケンは、ジオから衣装箱の鍵の隠し場所を教えられた。

 鍵はジオのベッドに隠されていた。ベッドとは言っても、長方形の木組みの箱に藁束を入れただけの物である。

 鍵は木組みの箱の足元側の隅。藁布団の下に隠されていた。


 衣装箱は貴重品を入れる為のもので、その小屋を割り当てられた三人で管理する。

 今入っているのは、三人の巾着財布と、プロイの魔術士のローブだけだ。それ以上何を入れることになるのか、ゼケンには想像がつかない。


「粗末だな」

「つええ奴以外は四ヶ月ずっとこの暮らしだぜ? 女の子までここに住めとか、ヒデえよな?」


 ゼケンもピスティーにこの生活はさせたくないと思った。

 十一月のロランロランの夜は、肌寒くなり始めている。ファリアスが寒い者はイノシシの毛皮を買い求めるようにと言っていた。


「で、お前ら眠らないのか?」


「寝れるもんなら寝てるっつの。オメーも寝れないぜきっと?」


 わけがわからず、ゼケンは小屋の右隅のベッドに入ってみた。

 藁の中に潜り込む。シラミでもいやしないかと気色の悪い気分だったが、別にどうということはない。


「………………ほこりっぽいな?」


 プロイが『ハッ』と鼻で笑った。ちょっとムカつく笑い方だ。


「そーゆう事じゃねえって。っつーか、いいや、わかんねえなら別に」


「意味わかんねえけど寝るぞ。俺は明日から頑張るつもりだからな。……お休み」

「おう。寝ろ寝ろ」


 言われるまでもない。ゼケンは目を瞑った。


 この異世界で迎えた初めての夜だ。

 今頃ピスティーはどうしてるだろう? 屋敷はここほど粗末じゃあないものと思いたい。


 彼女とは、明日の朝、食材の買い物に行く約束を交わしていた。

 もっとも、その約束を交わしたのは酔っ払いに絡まれる前だ。

 あんなことがあったあとだ。

 明日の買い物は取りやめになるかもしれない。


 明日からゼケンたちは修行を始める事になる。

 どんな修行が待っているかはわからないが、しっかりと寝て、体力やマナを回復させておくべきだろう。



「寝たか?」



 ジオが尋ねてきた。


「んな、早く寝れるか」


 ゼケンは答えた。

 さっさと寝てしまいたかった。




 しかし、更に五分後、ジオはまたも尋ねてきた。




「ゼケン。寝れねえだろ?」


「なあ? ゼケン。寝れねえだろ?」


「ウソだろ? 寝てねえよな?」


「え? マジで? 寝た?」


 ゼケンは怒り任せに起き上がった。なんの罰ゲームだこれは?


「お前が話しかけてくるから寝れねー! なっんだよもう! なんでお前そんな寝れるか気にすんだよ!? 寝たら顔に落書きでもするつもりか!? ガキかー!?」


「するかンナ事!! 俺んなガキじゃねーっつの!!」


「じゃなんで話しかけてくんだ! 鬱陶しい野郎め!」


 二人の口論をプロイが下らなさそうに笑い出した。


「――そいつ寝れねーんだと。緊張して」


「うっせ。オメーだってそうだろが」

「ちげえよ」


 プロイに否定されると、ジオは弱ったような顔になる。本当に眠れないで参っているらしい。


「暗くすれば眠くなるだろ? 閉めようぜ」


 掘っ立て小屋のはめ込み式のドアは開いたままだ。屋敷の明かりと風が中に入ってきてゼケンは気になる。

 しかしジオが謝ってきた。


「いや、マジでごめん。なんか俺、暗いのダメっぽいんだ。なんか、心細くなっちまいそうな気いしねー?」


「臆病者ー」

「そーゆうこと言うなって! マジで傷つくから!」

「お前うるさいぞ。もう寝てる奴も、いるかもしんないんだからよお」


 ゼケンに眠りたげな半眼でにらまれ、ジオは声を小さくした。


「ワリい。だよな。…………ってか、ゼケンもちょい、冷たくねえ? お前ら“友達甲斐”って言葉知らねーだろ? 知ってっか友達甲斐?」


「「うるせえよ」」


 ゼケンとプロイの言葉がハモッた。




 ゼケンたちは眠ろうとした。


 薄暗い掘っ立て小屋の中、眠れないジオの独り言だけが、寂しく宙を漂い続けた。


 …………だって、こええだろ? ……明日から、俺ら、命懸けで戦うんだぜ?


 剣で魔物ぶっ刺すとか…………ありえねえだろ…………


 デカイ虫とかも、普通に出てくるらしいじゃん? ……女子とかゼッテエ泣くって…………


 教頭超こええし…………魔物とか、意味わかんねえし…………不安じゃん……


 プロイが陰湿な笑みを感じさせる声で言った。

「お前みたいな奴から死ぬかもな?」


「縁起でもねー事言うなって!」


「だあーからデカイ声出すなって」


 『ワリい』というジオのささやきを最後に、掘っ立て小屋は静寂に包まれた。






「…………なあ。今日経験値、どれくらい入った?」


 プロイが答えないので、ゼケンも寝たふりをすることにした。

 興味のある話題ではあったが。


「…………俺さ、3しか入んなかったんだよな。今103。……これってやべえかな?」


「……俺は、4入った」


「マジか? プロイ幾つ入ったよ? ……オイ……」


「………………3」


「お。おなしかー……」


 ゼケンは考えた。

 今日、本当に色々な経験をした。


 人殺しの少年とにらみ合った。

 エルダーたちの見せしめに立ち会った。

 シーファー教頭に脅かされた。

 酔っ払いをぶん殴り、間一髪のところで逃げた。


 これだけの経験をして、たったの4しか経験値を得られなかった。

 ゼケンのレベルが2に上がるには、100の経験値が必要らしい。

 残り必要経験値は96。


 つまり今日のような経験を、ゼケンはあと二十四倍しないと、レベル2に上がらない。

 目の前が真っ暗になった気がした。


 それでもゼケンは、力が欲しかった。

 力を手に入れなければならなかった。

 明日から始まる修行を、本当に頑張らなければならないと思った。


 なんだか急に、目が冴えてきた。


「………………ジオ。……寝たか?」


「え? お前話しかけて来んのかよ、今度は……」


「……マジで寝ろ。お前ら……」


 異世界で迎えた初めての夜。


 ゼケンたちは、中々眠れなかった。

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