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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第一章 与えられた名は十二月
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プロローグ

 人並みに学校に通った。

 人並みに勉強をした。

 友達は少なく、別に目立つ事もなかった。

 それだけだった。


 それだけの人生だった。



『満足のいく人生でしたか?』



 濃密な闇が墨汁のように沈殿した世界の底。意識だけが目を覚ましていた。


 体はなかった。

 まどろむ意識は、感情の在り処すらわからないでいるようだ。

 恐怖すら感じられない。それすら不自由と感じない。

 死んでいるのだと、漠然と悟っている。


 声がしていた。



『満足のいく人生でしたか?』



 人生なんて、始まってすらいなかった。

 でも、学校を卒業して、そのあとどうくだらない人生を送るかが、死ぬ所まで見えていた気もする。



『やり残したことはありますか?』



 マンガが好きだった。

 言ってみたいセリフならいくらでもあった。

 マンガの主人公たちが大ゴマで格好良く叫んでいた。


 “俺の事は気にするな! 行けぇ!!”

 “こんな世界は、俺が変えてやる!!”

 “オマエは間違ってるからオレがぶっ倒す!!”

 “風が騒いでいる…………急ぐか……”


 現実では、なに一つ言えなかった。

 なにも面白くない現実での、なにも面白くない人生だった。



『何かを勝ち取りましたか?』



 なにも勝ち取ったものなんてなかった。



『何か誇れることはしましたか?』



 誇りなんて言葉を吐いたことすらなかった。


 くだらない一生だった。

 お粗末という形容詞がとても似合う一生だった。

 空気だった。


 まるで死んでいるようだった。



『どうなりたかったですか?』



 変わりたかった。

 “生き甲斐”だの“青春”だの“彼女”だの、そんなものは全部フィクションにしかない人生だった。



『どうなりたいですか?』



 変わりたい。

 “必死”“努力”“修行”“根性”“全力”。

 全部フィクションの中にはあって、主人公たちは苦しそうでも、キラキラしていた。

 現実では全部死語だった。

 現実で生きてる言葉は“ぼんやり”“どんより”“ぐったり”だった。


 まるで張り合いのない、判で押したようなルーチンワークの毎日だった。

 頑張るに足るものが欲しかった。



『次はどう生きたいですか?』



 変わりたい。

 “生きてる”って強く強く感じながら、生きてみたい。

 “成功”だの“充実”だのに手を伸ばせる、上を向ける世界が欲しい。

 そういうものへと手を伸ばせる強い自分が欲しい。


 息を潜めて背景の一部になろうとする毎日だった。


 毎日学校に通って、毎日勉強して、結局なにもなかった。


 生きてる意味なんてなかった。


 生きてる時から、死んでるみたいだった。









 …………ここはどこなんだ?


 ……もう、なにも聞かないのか?


 俺は死んだのか?


 これで終わりなのか?


 俺はもうずっとこのままなのか?


 これで終わりなんていやだ。

 このまま放置なんてひどすぎる。

 俺っていったい、なんだったんだ。


 俺の人生ってなんだったんだ。


 俺の人生があれでおしまいなんて、嫌だ。


 これで終わりなんて嫌だ。なにもまだしてないのに。

 人生って、あんなのじゃないだろう。


 もっとハツラツとしたもんだって思ってたのに。


 あんなみじめな人生を抱えたまま放置なんて、あんまりだ。

 みじめすぎる。



 こんなのが俺の最後だなんて、あんまりだ…………

























『それではあなたに、新たなる生を与えましょう』


『新たな肉体と、新たな名を授けましょう』


『新たなる世界へ導きましょう。生き抜く術を持たせましょう』


『この新たな道行きに、一人の少女を伴わせましょう』


『守ってやりなさい。あなたの心を守るように』






          あなたたちに新たなる生を授けましょう。


 かつての自分はここに置いてゆきなさい。この門出には荷物にしかなりません。


           新たなる翼は、あなたたちの背に既に。


        翼を圧し、封じるだけのかつての荷物を降ろすのです。

     惑う事はありません。荷物を降ろし、その背の翼を解き放つのです。



                羽ばたく時は今。


    怖じてはなりません。巣立ちを促すこの大風を逃すことのないように。



            あなたたちの生を取り戻しなさい。



           再生するのです。祝福されし子らよ。


       あなたたちに、運命神ロロイの幸多き導きのあらん事を。

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