表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

23・ラムリアの花

 意外な成り行きに、広場は静まり返り、国王夫妻や王太子も、巫女姫はいったい何を言い出すのかと言いたげに彼女の方を振り向いた。

 エーディは全く動揺する事もなく、


「わたしが罪びと? いったいわたしはどういった罪を犯したのですか?」


 と尋ね返す。


「め……女神がお告げになっています。あなたはその穢れた魔女と密通し、彼女の手先となってセシリアさまを殺害したと」


 予想と違う展開に少し戸惑ったものの、ユーリッカはあくまで巫女姫としての威厳を保ったまま、罪状を言い渡す。だけどその言葉は、冷静に刑を執行しようとしていたエーディの姿とはあまりに違和感があった。

 元々エーディは、代々のお飾り王族騎士団長と違って、しばしば自ら国中に赴いて視察を行い、今回の国難においては常に陣頭に立って指揮をとり、『無私』『潔癖』として民の尊敬を集める存在。前回は、魔女とされた私を庇い、想いあうように見える行動をとってしまった為に、民は『騙されていた』という思いから怒りを募らせてしまったけれど、今のエーディは、公平さを重んじはしても、毅然として国の為に魔女を処刑しようとしている。『まさかそんな』という空気が漂い始めている。


「わたしが? わたしは今回の事で急ぎ王都へ帰還しましたが、それまでずっと国境付近のあちこちに出向いており、もう半年ほどもマーリアとは会ってさえいませんが……。セシリアさまが亡くなられたというのもたった今知りました。皆さまはご存知だったのですか?」


 当惑したようにエーディはユーリッカや両親に向かって聞き返す。国王陛下は、『そんな報告は一切聞いていない』と答えた。一方、前回は『密通』という言葉に怒り狂っていた王太子も今は冷静さを失ってはいないようで、


「神託を疑う気持ちはないが、前の神託では、マーリアは、わたしとユーリッカの仲に嫉妬して魔女に身を堕としたと……それが、エーディと密通していた、とは如何なることだろう?」


 と、理性的な疑問を投げかける。

 頼みの王太子が神託に疑問を抱いた事で焦ったらしいユーリッカは躍起になり、


「マーリアは、王太子妃の座も騎士団長の情人も失いたくなかった、というだけの事ですわ。 女神は確かにエールディヒ王子が、マーリアの誘惑に乗ってセシリアさまを殺したと! 今この場で、密通した魔女と共に処刑せよと仰せなのですよ!」


 と叫ぶ。けれど、


「わたしが、セシリアさまを殺したと、確かに女神は仰ったのですね?」


 自分に冤罪がかけられ処刑を迫られているのにも関わらず、エーディは冷静な態度で念を押す。


「そうよ! 背徳者! 言い逃れ出来るものならば言ってごらんなさい!」

「言い逃れも何も。セシリアさまはそこにおいでではありませんか」


 静かな声でエーディはそう言った。エーディが指し示したその先に……ユーリッカの背後には、凛として立つセシリアさまの姿があった!


『この世界に存在していない筈の魔女に殺されたあなたがたは、本来まだ死んでいなかった。だから今ひとたび、生命を授けましょう』


 女神の言葉が脳裏に甦る。そうだ、この事はセシリアさまにも当てはまること。

 呆気にとられたユーリッカは、思わず口走った。


「嘘……なんで。確かに死体を確認したのに!」


 次に我に返ったユーリッカははっと口元を押さえたけれど、もう遅かった。


「これはどういう事か、ユーリッカ姫?」

「死体を確認? 貴女はずっと王宮にいた筈……」


 国王夫妻の問いかけに、咄嗟にユーリッカは答えられない。

 セシリアさまは悲しげな顔で、信じられないという様子のユーリッカを見つめる。


「わたくしの愛し子……魔女に堕ちた貴女がリオンクールを破滅に導くのを防げるのは、全て、マーリア殿とエールディヒ王子の働きがあってこそ。もう、諦めて罪を懺悔なさい」

「なによ、なによ! 巫女姫はわたくし。わたくしの神託が信じられないなんておかしいわ! この女はセシリアさまじゃない! 魔女の生み出した幻影よ! だって確かに……」

「確かにわたくしが殺したのに……ですか?」


 そう言うと、セシリアさまはユーリッカの答えも聞かずに王家と民に向き合った。


「女神の正義がどちらにあるか、心の目が開けば見える筈。ユーリッカは身勝手に巫女姫の力を使った為にそれを全て失い、その露見を恐れて魔女に身を堕とした上、王太子妃の座を得んと、無実のマーリア殿に自分の罪を被せたのです。そして恐れ多くも我らが女神ラムゼラを封印し、昨夜わたくしを殺害したのです」

「しかしセシリアさま、貴女は生きておいでだ」


 と陛下。


「そう……でもわたくしは昨夜、女神の国へ行きました。女神が封印されてしまった為、そこは酷いありようでした。死者は皆、死の苦しみに永遠に焼かれ……わたくしも一時は己を閉ざしてしまいました。けれど、同じようにユーリッカに殺されてしまったマーリア殿とエールディヒ王子が来て、女神を閉じ込めた封印を解いたのです」

「世迷言だわ! あんたもエールディヒもマーリアも、生きてそこにいるじゃないの!」


 逆上したユーリッカは、遂にしとやかな巫女姫の仮面も捨て、鬼の形相でセシリアさまに迫る。でもセシリアさまは怯みもせずに、


「もう、貴女には感じられないでしょうけれど、貴女が巫女姫の座から勝手に降りてしまった為、女神は巫女姫の力を一時的にわたくしに返して下さったのです。女神の手で再び生命を与えられたわたくしは、神託により、全てを知り、この世界を救ったのはあのふたりと教えられたのです」


 セシリアさまが処刑台の上のエーディと私を指し示した途端。

 激しい雷雨はぴたりと止み、雲間から一すじの美しい光が下りた。その光は私たちを照らし、私たちの周囲には、聖なるラムリアの花が咲きほころび始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ