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21・邪神の正体

 私とエーディは身体を取り戻していた。もう、苦しみからも解き放たれた様子で、エーディはいつもの騎士団長のマントを纏い、しっかりと立っている。私の顔を見ると優しく笑い、私を抱きしめた。


『貴女は奇跡の聖女だな。女神の国を救うなど』

『あなたが一緒だったから出来たのよ。そうでなければ、とっくに絶望に呑まれていたわ』


『マーリア・レアクロス……創世者よ。貴女から任せられていたのに、わたくしはこの世界を護る責任を果たせなくなるところでした。封印を解いて下さってありがとう』


 女神は繰り返し礼を言う。私は面映ゆい気持ちだったけれど、エーディは恭しく女神に礼をとりつつも、


『女神よ、先ほどから仰せの、マーリアが創世者、とはどういう事なのですか?』


 と至極当然の疑問を放った。私は焦ったけれど、女神は微笑み、


『彼女は別の世界で前の生を送り、その時にこの世界を創りだしたのです』


 と、解りやすい答えを返してくれた。


『世界を創る……それでは彼女は、特別な力を持った存在……。人間ではない……と』

『いいえ、エールディヒ。前世での彼女はわたくしにとって母親のようなものですが、この世界に生きるマーリア・レアクロスは、一人の娘に過ぎません』

『しかし……創世の力とは……』

『世界を創るとは、一冊の書物を綴るようなもの。神のような力などなくとも、それは可能なのです。但し、誰にでも出来る訳ではない……前世の彼女は、精魂込めてこの世界を愛し、創り上げた。その為に己の寿命を縮めてしまった程に。だからこの世界は実在する事が出来た。世界とは、そうやって、どこか別の世界の誰かが知らぬ間に創り出してゆくものなのです。前の世界での彼女も、特別な選ばれし存在などではなかった。ただ、彼女の思いの力が他人よりも強かったというだけ。そんな彼女が輪廻の巡りでこの世界に生まれてきた時、わたくしは、創世主の記憶は、彼女がここで一人の人間として幸福に生きる為には邪魔なものだと思いました。だから記憶を封印したのです。でも、その記憶が必要なとき、わたくしの方が封印されていた為に、それを不完全な形でしか取り戻す事が出来なかった……ごめんなさい、あなたがたが辛い目に遭って一度死んでしまったのは、わたくしのせいなのです……』

『女神よ、わたくしの為を思ってして下さった事をお謝りにならないで下さい。わたくしは元々、前世の記憶などなくとも、平穏に過ごしてきたのですから』


 私の言葉に女神は、


『ありがとう。けれど、魔女に立ち向かう為には、あなたの記憶が必要です。ユーリッカが生まれて来た時、この娘は特別な巫女姫だと……歴代の誰よりも清らかな心を持つ強い巫女姫になると感じ……そのせいで見逃してしまったのです。彼女もまた、あなたと同じ世界から来た者で、この世界を知り尽くした記憶をその身に宿しているという事を。さあ、長く話をしているいとまはありません。封印が解けた事を知れば彼女はすぐにまたこちらを攻撃してくるでしょう。彼女と闘う為、あなたの記憶をお返しします、マーリア』


 女神の言葉に私はちょっと怯んでしまった。前世の記憶が甦れば、私は今の私ではなくなってしまうのだろうか……ユーリッカのように、別人みたいになってしまったらどうしよう、と。

 だけど、背後からエーディが私を支えてくれた。私の思いを見抜いたようで、


『大丈夫。なにがあっても、貴女は貴女だから……わたしがずっとついている。約束を破って済まなかった……今度こそ誓おう。何があろうと、絶対にもう貴女をひとりぼっちにしないと』

『わかったわ……きっとよ、エーディ』


 私は、エーディの手を握り、目を閉じる。女神が手をかざすのを感じる。そして……、


『ああっ……』


 怒涛のように記憶の奔流が頭のなかに入り込んでくる。


『マーリア! 大丈夫か』

『だい、じょうぶ……』


 前世で私がどんな人間だったかなんて記憶はどうでもいい。私は私、マーリア・レアクロス。それよりも、この世界の事を、その記憶を取り戻さなくては! 私はエーディの手を握り、額に汗しながら記憶を選り分ける。長いような短いようなあいだ、私は目を閉じたまま震えていたけれど、遂にエーディに支えられて目を開け、女神を見た。


『こんな……ことって……』

『思い出してくれたようですね』

『ああ、ユーリッカ……「光のペンダント」をそんな風に使うなんて……』


 そう……どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。


『どうしたんだ、マーリア?』

『ああ、エーディ。私が……私があんなアイテムを作ったせいで』

『あなたのせいではありません、マーリア。本来、あれは人を救う為のもの……』

『どういう意味ですか? マーリア、教えてくれ』


 なんと説明していいか解らずにいる私に代わって女神は言った。


『この世界を愛し抜いた創世主……それがどうして、「邪神」などという忌まわしい存在をこの世界に生み出すでしょうか? わたくしは、ユーリッカがその力を使い出すその時まで、そんなものがこの世にいるとは知りませんでした。勿論、全ての民もです』

『……! そん、な……しかし、たしかに、邪神の伝説は、いつか知らぬ間に浸透していた。子どもの頃は、そんな話は聞かなかった……何故、疑問に思わなかったのだろう!』


 私は泣きながらエーディを見上げた。


『邪神を創ったのはユーリッカ! 危機に陥った時、一度だけ願いを叶えてくれる光のペンダント……でも、あの子のペンダントはどす黒く染まっていた。本来、善い事にだけ使われるべきペンダントで、あの子は女神に対抗できる邪神を生み出し、そしてその力を取り入れた……』

『なんということを!!』


 女神はそっと目を伏せる。


『もともといなかった筈の邪神に対抗できる力はわたくしにはありません。あなた方の手助けはしますが、あなた方人間自身の力が頼りです……ユーリッカだって、もとは人間なのですから……』


――――――――――――――――――――――――


「ネットでちょっと話題になった、乙女ゲー『リオンクールの風』のバグ技……ゲームをやり込んだあたしだからこそ知っていた。バッドルートに乗りそうになった時に手に入る一度きりのお助けアイテム『光のペンダント』。本当は、一人に対する好感度を上げたり、女神の力を回復して世界を救ったりする為に使うものだけれど、裏技を使えば『幻の邪神篇』に行ける。救世主の立場のヒロインが悪の魔女となり、悪役令嬢も王族も惨殺して世界征服……ちょっとしたトラウマものだって言われてたっけ。このルートは無双……最終的にはあたしが邪神そのものとなって、世界を手に入れるのよ!」


 初恋のひとやかつての親友の無惨な屍の前で、血に濡れた魔女はひとり笑い続けていた。


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