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18・巫女姫の記憶

「っ、副団長っ!!」

「いつの間に……どこから」


 騎士たちはさっと緊張に身を固め、剣の柄を握る。狭い室内で、武装した屈強な騎士五人に取り囲まれても、緑の髪のか弱げな娘は怯えるどころか勝ち誇った笑みを見せていた。


「ああ、グレン、グレン……」


 私は泣きながら命の恩人のからだに縋ったが、血に塗れ動かない彼はもう陽気な笑顔を見せる事はない。


「…………わたしのせいで」


 真っ青な顔でただ絞り出すようにそれだけを呟くと、エーディは腕の中に倒れ込んだ腹心中の腹心の部下の、半開きの黒い瞳を閉じさせた。


「そうよ、ぜんぶあんたのせいよ。あんたに味方する者はみんな殺す。あたしが欲しいものを全て持っているマーリアも殺す」


「なんという事を。これが巫女姫の言葉とは……」


 一人の騎士が思わずそう呟いたけれど、


「うるさい! お黙りっ!」


 ユーリッカが煩わしそうに右手を振っただけで、その騎士の喉元は切り裂かれ、鮮血を散らしながら彼は倒れる。


「ブロード!!」


 とエーディは騎士の名を叫ぶけれど、騎士はもうぴくりとも動かない。


「マーリア、わたしの剣をとってくれ!」

「無理よ、そんな身体で……」

「閣下、我々がお護りいたします!」


 残った騎士たちが壁を作るように剣を抜き、私とエーディの前に立ったけれど。


「あたしの力の前では、剣なんか何の役にも立たないわ」


 ユーリッカがひょいと騎士たちに向かって首を斬るような仕草をしただけで、彼らは一様に血を撒き散らし、喉を裂かれて倒れてしまう。


「あーっはっはっは! 邪神ゾーラは最強! 何でも出来るし、何でも見える!」


 そう言うと、振り向きもせずに、背後に向けて魔力を放つ。


「ぐっ……!」


 扉の向こうに潜んで斬りかかる機会を狙っていた、先ほど薬草を採りに出て行っていた騎士は、肩先から斜めに身体を斬り下げられ、転がって絶命した。


「造作もないわ! 解る、解るわ、殺す度に益々、あたしの中には邪神の力が漲ってくるわぁ! これならば、この国どころか、世界中をあたしのものに出来る! 好みの男を侍らせて、面白おかしく生きるのよ!!」


 目の前で部下を次々と失ったエーディは怒りと哀しみに震えながらも、


「なんということだ……確かに、昨夜セシリアさまの所で対峙した時とは、まるで力が違う……!」


 と呻き、せめてとグレンの亡骸から剣をとり、私を庇って構える。だけど、


「無駄って言ってるでしょお?」


 というユーリッカの一声と共に、剣はあっさりと砕け散る。


「そんな……そんな馬鹿な事って。こんなに一方的に強くなれる力なんてある筈ないわ」


 私の頭の奥で、なにかがちりちりと嫌な痛みを発している。こんな筈はない。何かがおかしい。そうだ……ここは元々、乙女ゲームの世界だった筈じゃないの。こんな力をゲームヒロインは持っていただろうか? それとも、ここではこれが現実だから、なにかのきっかけで運命がねじ曲がってしまったのだろうか? 前世の記憶を探ろうとすると、頭に靄がかかったようになって、肝心の事が思い出せない。そこに、なにか、こんな事になってしまった謎を解く鍵がありそうなのに。


「ふふ……あたしにはあるのよ、力が」

「女神は、女神は何故こんな事をお許しになるのか。巫女姫の咎は即ちリオンクールそのものの咎とでもお考えなのか……」

「女神なんてとっくに封印しちゃったのよ。ざーんねん。女神の救いなんて、いくら待ったって、ないわ!」


 ユーリッカは得意げに言い放った。


「ば……馬鹿な!!」


 そんな事が出来る訳がない。女神の力はこの世界において絶対だった筈……!

 唖然としているエーディと私に、ユーリッカはゆっくりと歩み寄ってくる。


「エールディヒ。これはぜんぶ、あんたが二年前にあたしを振った事から始まったこと。あんたがあたしの純情な乙女心を拒絶しなければ、あたしはあのまま、清らかな心の巫女姫でいられた筈」

「こんな、こんな事になると誰が思うものか。恋心を受け入れられなかったからと言って、人間そのものが変わってしまおうとは……。それに貴様はあの後も、幾人もの男性に言い寄ってはやんわり拒絶されていたと噂で聞いた事がある。それもわたしのせいだとでも言うのか」

「そうよ。あんたに振られたショックで記憶を取り戻したあたしは、それまで生き甲斐だと感じていた巫女姫としての人生は、押し付けられた運命でしかなかったと知った。それでもなんとか幸せを掴もうと、あちらこちらに手を伸ばして……でも、何もかもが裏目に出た。焦ったあたしは女神の力でなんとかしようと」


 ……記憶を……取り戻した? それって……つまり。


「力をいいように使ったせいで、あたしは女神から巫女姫を降りるようにと神託を受け、見捨てられたと判ったわ。そこまで追い詰められたきっかけが、あんたなのよ。どうせ殺すけれど、せいぜい土下座でもしなさいよ! そうすれば、愛しのマーリアちゃんの殺し方は優しくしてあげたっていいわ!」


 ああ、と私は思う。何故、今まで気づかなかったのか。せめてあの時に気づいていれば……別の道が開けたかも知れないのに!


 エーディは、不審そうに、


「土下座とはなんだ?」


 と聞き返した……。


 さっき、エーディが皆に頭を下げた時に感じた違和感は、これだった……。無意識に連想した、私の土下座。

 ユーリッカは私に土下座を迫り、私はすんなりとそれを受け入れた。だけど。

 リオンクールには、土下座なんて風習はないのだった……。


 ユーリッカは私と同じ世界から転生してきた。ここが乙女ゲームの世界で、自分がゲームヒロインだと、彼女は二年前に既に思い出していたのだ。

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