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二人目『薄幸の少女』

『2nd An unfortunate girl』

 

 ――僕は、何をやっても駄目だった――

 ――其レは、血色に染まった夜――

 

 ――腕を無くした男は命を無くし――

 ――生きる意味のない男は腕を亡くし――

 ――父親をなくした少女は担い手を失くし――

 ――そして僕は、はじめから何も無かった――

 

 ――彼女は、白があった――

 ――僕には黒さえない――

 ――望みも無く、意思も無く、想いさえ自分の物か、さだかじゃない――

 ――だから、何をしたって、駄目なんだ――

 ――何も上手くいかない――

 ――僕は、何をやっても駄目だった――

 

 

 

「……だから、気をつけろって言ったのに」

 僕、――いや、俺は何を言えば良いんだか。


 言ったって意味がないのは知ってるけど――あ〜アレだ、(とむら)い?


「おい、糞親父……安らかにな」

 酒場の一室、どうせいつもの入り浸りで迎えに来たら、日常が一転した。


 親父は胸を刺されて死んでいた。



 ……間抜けだ。



 鳶色の瞳が虚空を映す、いや映っちゃいないか。試しに覗き込んでみたが、完全に開いてる。

 ……我が父ながら、酷ぇな。

 マスターが慌てて俺を親父から遠ざける。それにあえて逆らわず、事の仔細を聞き出す。


 なんでも、今しがた現れた客に闇討ちされて死んだ――まったく、どこの小説だよ。作者はきっと絶対ヘボだな。


 姿は黒髪黒瞳、黒い細剣を持った男――凶器は見りゃわかるよ。ただよく突き立てられたな、と思ったら、親父殿は急所と言うべき胸板を豪胆にもはだけ晒していた。



 馬鹿全開(まるだし)だ――



 曲がりなりにも昔は戦場で荒稼ぎした猛将だったとか、俺には些事だったが、どうやらその線っぽいな。


 俺はもう少し親父に会わせてくれと頼んだが、拒否された。まぁ仕方ない――こちとら、まだ齢十四のお子様だ。だが、それなりに成長はしているつもりでもある。


 体格は親父譲りなのか結構背は高い。この年で多少も働いてるし、筋肉だって自負はある。顔――はノーコメにさせてもらう。

 今だって、さほど親父殿に未練はない。ただまぁ、空気が減ったと言うか、お気に入りの置物が割れたとか、嗚呼、あの双子の人形を壊されたときは、流石に怒ったな。……でも、その時程の激昂は全く沸かない。


 沸いてくるのは、単なる喪失感。いや、人の死なんて実際そんなものだろう――人は、死ぬのが悲しいんじゃない、人を失ったことが悲しいのだ。



 ……手向ける言葉を間違えた。「ご愁傷様」。



 あと、興味本位として――「死体」を見るのが初めてだった。それだけだった。

 嗚呼、それに関してはちょっと傷ついたかな。身内が死ぬなんて、ちょっと縁起わるいじゃないか。隣の意地悪婆だったら良かったな。


 やがて騒ぎになり、官憲がやってくる。やれやれ――


 ただ、その中に、来て欲しくなかった奴が混じってやがった。

 この町は、ただでさえ「狭い」。領土とか国の規模ではなく、情報の流通がである。

 何かが起これば、たちまち町中に知れ渡ってしまう。何処の過疎村だっつうの。


「クリス?」

 馴れ馴れしく僕の愛称を呼ぶのが、この白い娘――アリス、だ。


 アリスも愛称で、本名は忘れた。親父が拾ってきた、友人の娘。で親父の友人だっつんだから、彼女のお父さんも傭兵だか軍曹だか何かだ。


 詳しくは知らないし、知りたくもない。知る気もないし、知ってどうしろっていうんだ。

 僕には、何も出来ない。


「クリストファー・ローラント! 返事をして」

「わざわざフルネーム、ご紹介あそばれ、恐悦至極」

「? 何を言っているの」

 慌ててきた様子だが、僕の態度にいつもの怪訝な表情に戻る。

 笑顔も可愛い彼女だが、僕はこっちの表情の彼女が好きだ。笑顔は信用しないのが俺の、僕の主義だ。


 あと、僕が「僕」や「俺」とどっちか統一した方がいいと思うなら、却下だ。社会に対する礼儀みたいなものと思ってくれ。


「おじ様−−お父さんは、どうなさったの?」

「死んじゃった」

「……もぉ!」

 もぉって、――いいなぁ。……じゃなくって。

「何で君が怒るんだよ。怒るのは僕の方じゃないか?」

「君が、普通じゃない(・・・・・・)のは知っているけど、でも、でもね……」

 ……知っているよ。普通は、そう――君みたいな顔をするべきなんだよね?



 だけど、俺には……



「涙も無いの?」

「葬式代くらいは出せるさ」

 飲んだくれても、ここまで育ててはくれたんだ。それぐらいの礼儀は仕込まれてる。


「親父も親父で覚悟はしてんだろう。だから、残った余生、酒に逃げやがったんだ。良い余生過ごせたんじゃないか?」

「そんな言い方……」

「じゃあ、残念だったねぇ、と親父殿の手向け言葉でも添えろと? だいたい、親父は誰かに泣かれるのは嫌いなんだよ」


 この辺は俺のほうが、親父をよく知っている。


「親父は俺をよく殴ってくれたし、褒めてくれた。料理は不味かったなんてレヴェルじゃねえが、お袋代わりにゃ十分果たしてやがった。飲んだくれても、あんたを助けてはくれただろう。親父は酒に溺れても、騎士は騎士だ。

 俺は違う、何でもない、単なる親父殿の子供だ。ただそれだけで何でもねぇ。

 親父は戦争へ行って、たくさん人を殺した。その報いが、今だったわけだ。それは自業自得であり、でも遅かった方だろう。俺が成長しきるまで生き延びてくれたんだ。それだけでも運命とやらに感謝だ。

 ……親父殿にもな」



 ……なんか、自分で言って、ちょっと目頭熱かった。口に出すもんじゃねえな。


「クリス……」

 切なげな、瞳――そんな瞳も、いいけど。なんだ、俺、今変な顔してるのか?

「うん、わかった」

 今更だが、喋りすぎた。……ちょっと気に入りだった品に執着が沸いた、ようだ。


「……アリスはどうしたい? ウチの親父、形だけでも仇打った方がいいのか?」

「そ、そんなこと――ッ!」

 ……やっぱ、狼狽した顔も可愛いなぁ。


「冗談だよ。復讐なんて負の連鎖、それこそ面倒くさい――でも、会って話くらいはしとかないとな。親父が浮かばれないんじゃなくて、親父を殺した馬鹿に悪い。

 復讐なんて、面倒くさい――巻き込むのも、巻き込まれるのもうんざりだ」


「その通りだな」

 と、俺は――注意を払っていなかった。


 親父と――同じ匂い。酒と汗と男の悪臭、にして老練なる気配。

「復讐なんて、つまんないこと仕出(しで)かすもんじゃぁ、ないな――結局、小僧の言う、負の連鎖を繰り返すだけだ」

「失礼ですが、どちら様で?」


 俺は、身構えた。

 別に遺言があるわけじゃないが、どうせ生きてたら「おう、手前は死んでも小娘は護れや! ついでに墓前に酒」ぐらい言い出すだろう。誰が墓参りに酒なんか出すか。


「何。ただの敗北者ルーザーさ――」

 と、男は――腕の無い姿を晒した。肘下から忽然と失われている、右腕。


 俺の親父は――左利きで、そして左腕を失った。


 金髪碧眼――秀麗な顔立ちをした、名のある手馴れであろう騎士に。

 今、右腕の無い男は――金髪碧眼、かつては眉目秀麗であろう顔立ちは、酒と不衛生がたたって見る影も無いが、その元の顔を失わせるほどではない。


「……親父の、関係者っすか?」

「知り合いといえば、な。お察しの通り――君の父上に右腕を持っていかれた。だが、どうしたことだ」


 と、親父の仇敵は、運ばれていく親父を追悼するように、ただ寂しげに見送る。


「ようやく、ようやく復讐を遂げられると思えば、この様だ。

 俺は、何をやっても、上手くいかない」



 ――――ソレハ……



「上手く、いかない?」

「嗚呼。いや、人の恥など聞くに堪えんだろう。それともお父上の武勇伝でも聞きたいかね? ……嗚呼、私にはもう、復讐心など――もうない。

 私に君らのような子供らを手にかけるつもりなど、なおさらな」


 僕は――


「親父の腐れ話だったらいくらでも。子供の頃、裸で町内一周しただとか、襲った街でハーレムやらかしたら、その娘ら全員暗殺者だったとか」


「……」


 元、復讐者? はポカンと口をあけて、固まった。

 親父、敵作りすぎだろう。


「豪放磊落――とは聞いていたが」

「実際は単なる変態親父ですよ。俺はその際の失敗作だったそうで」

「……そうか」

 失敗作、とは我ながら皮肉効いてるな。

 だから、俺は駄目なんだ――


「これから、どうしたものか」


 ソレハ――


「僕らだって一緒ですよ。嗚呼、金食い虫が消えたのは楽っちゃ楽なんだけど」

 ……傍らの、少女を見やる。

 この子を引き取ってから、ようやくちったぁマシに働き出すかと思った矢先にこれだ。


「街に、居辛いのか?」

「いや、この娘の親見つけ出さないとマズイんで。俺一人なら何とかなるけど……」

 口説きと人脈だけは百人前だったからな、糞親父。


 さぁって、俺一人でどれだけできることやら。面倒くさいことになったぜ――


「……君は、辛くないのかね?」

「はぁ?」

「父上が死んで。母上はご健在か?」

「いんにゃ、親父に飽きて蒸発しやがった」


 嘘だけど。


「だいたい、俺は親父の失敗作なんだよ。何やったって駄目なんだよ。

だけど、ここまで育ててもらった、それだけで御の字よ」

「……強いな」

「強さも間違ってたら意味ないね。おっさん、アンタ、何が言いたいんだ?」

 と、俺らを見据える。

「私は、その強さすらなくて、失敗してしまったよ」


「だったら、今度は成功させましょう?」

 今のは俺じゃない。

「おじさん、失礼ですけど……ご家族は?」


「……騎士を辞めたと同時に、失った。私も酒に逃げたのだよ――だが……」

 と、失った右腕を晒す――


「失敗の痛みが、疼くのだ。なくなったはずの腕が、痛いのだよ」

「今も、か?」

「……嗚呼」

 まずいな。おっさんあまり信用しない方がいいなぁ。


「……先に言ったが、君らに手を出すつもりは毛頭ない。私にも、子供がいる、ハズだ」

「ハズ?」

「……家内が、出て行ったのさ。私の子を宿して」


「それじゃあ、会ってただいまを言いに行きましょう!」

 ……馬鹿な台詞が飛んできた。そんな軽いノリじゃねえっつうの!


「会える筈も無かろう……私は、逃げ出した」

「だからって、戻ってはいけない理由にはなりません!

 もしかしたら、その腕が泣いているのは、抱きしめたかった子供を抱けなかった悲しみで痛んでるかもしれないじゃないですか!」


 ……へぇ、美味いこと言うじゃないか。かなりくさいけど、


「君は詩人になるといい、その前に、大人の事情を覚えてからな」

 どうやらおっさんも同感っぽい、が。


「――呟く。私はその娘に賛成だ。府抜けた二人が」

 新たに会話に割り込んできたのは――

 


 

 ……まずいな、殺されそうだ(・・・・・・)

 


 

 剣士――しかも、女。

 だけど、この中で一番強い。親父の馬鹿みたいな強さを知っているから、なおさらに――わかる。


 多分、親父より、強い。


「ご婦人、貴方は――」

「返答。――何、単なる流浪の者よ。酔い酒と戯れたくてな……もっとも、さきのイザコザで中々楽しめはしたのだが」

 と小さく笑うのだが、その言葉遣いと裏腹に、俺に対する何かがおかしい――


「――物語(ものがたる)。中々の失敗作だな。親父殿が何を言ったかは知らぬが、君は十分に壊れている。実に良い壊れっぷり具合だ。妹が人と戯れるのも理解できよう」


「……壊れっぷり?」


分解(かいする)――必要はないな。(おの)が理解できておれば、それでよい」

 ……なるほど、間違っている、は壊れていると解釈変えもできるか。


「否定。それそのものが壊れている也。もっとも、己の意思で理解せずとも、己が理解しているからそれで良い」


「……えっと」


「失笑――一種の精神論よ。我の戯言(たわごと)よ。だが、戯言士の我に言わせて貰うなら、主ら二人は実に腑抜けている。堕ちるに墜ちた騎士とその忌み子よ、主らにそれ以上落ちる場所があるのか?」


「まぁ! 私たちの話、ずっと聞いていたの?」


「当然――殺人現場で平然としている子が、目につかぬ筈無かろうが」

 言われてみれば。まぁ、確かに目立ってはいるな。顔見知りのマスターはおろおろ困惑してる。


 落ちこぼれの騎士に、風格のある女剣士――俺は親父のガキで、あとはアリス。


 また暴れられたら、それこそマスターには厄日だ。


「……俺に、どうしろと」

 落ちこぼれた騎士の問いは、


「不可答――そこまで我に面倒を見ろと? 我に何か対価でもあるのか?」

 当り前だが拒絶された。


暇潰(ひまつぶし)。我はただ、腑抜けていると助言するだけ(なり)。主らに落ちる場所などない。落ちるのは精々、かじり続けたプライドと言う親の脛であろうに」

 ……言いたいこと、散々言うだけ言って、女は勘定払って帰って行った。


「……なんて人! 人の話を盗み聞くなんて」

「いや、筒抜けだったんじゃない? マスター」


「ま、まぁなぁ――」

 小娘の黄色い声に叱られて、喧騒やまぬ事故現場で、さらに風貌の悪い落ちこぼれ騎士が加わって、極めつけ――あの女剣士。


 剣士の癖に、帯剣してない(・・・・・・)で、それでいてあの物腰と風格。

 名前を聞きそびれたが、名のある手馴れと言われても、納得いく。あの気配は一般人でもわかるだろう。


 あれは、人を惹き付ける類の風格だ。それでいて、良く斬れる。

 ……なんだか、切り捨てられた気分だ


「気にすること無いわ、クリス」

「いや、気にするな――あんだけバッサリ言われるなんて、親父だけじゃねえんだな」

 元復讐者も何事か呟いてから――


「……シャンパーニュ」

 酒、注文しやがった。

「……見えないな、遺された人生」

「人生なんて見えたらツマラナイさ」

 それは、親父の口癖だった。


 復讐者は酒を煽る――

「その通りだ。私も、もう一度探してみよう――見えざる人生(わたしのいみ)を」

「そっか……じゃあな」

 と、俺はアリスの手を引いて去ろうとし、マスターが引き止める。

「おい、クリス。これからどうするんだい?」


 俺は――


「とりあえず、親戚訊ねる。ガルフォニア神聖帝国のどっかに、親父の筋があったとか聞いてるし」

「お、おいおい、遠いじゃねえか――道程、たしか三日以上かかるだろう。馬車代あるのか?」

「大丈夫さ――」

 それを、あの男が継ぐ。

「……俺の家だ。片道だけなら、ガードになろうか?」

 酒びたりの元復讐者が、繋ぐ。

 ……俺は――


「     」


 たぶん、また間違った。

 

 

 ――私は、何をやっても駄目だった――

 ――其レは、月色に染まった夜――

 

 ――父をなくした私は、森で私を無くした――

 ――無くなった私を拾ってくれたのは、片腕の人――

 ――その片腕の人に、彼の子供を紹介してもらった。友達になった――

 ――私は、また新しい何かを手に入れて――

 ――また何を失うのだろう?――

 

 ――何もしなくても駄目だった――

 ――それは、葡萄酒に染まった夜――


 ――大好きな友達のお父さんが殺された――

 ――心を失った友達は、涙さえ失った――

 ――また一人片腕を失った人が現れた――

 

 ――失い続ける者たちは、交錯する――

 

 ――私には、何も無かった――

 ――友達には心さえない――

 ――自由も無く、望みも無く、ついには束縛さえ、失った――

 ――だから、何をしたって、駄目なんだ――

 ――何もしなくても、私たちは失い続ける――

 ――私は、何をやっても駄目だった――

 

 

 私の前を、二人が歩く。

 大好きなお友達と、片腕のおじさま。

 

 私は小さな鞄。おじ様が大きな鞄で、お友達はその間の大きさの鞄。

 

 私は父を尋ねて、

 おじさまは子を尋ねて、

 友達は……

 ……何を探しにいくんだろう?

 

「どうした、アリス」

 振り向かず訊ねるクリスに

「ん、なんでもないよ」

 

 霧が深くなる。

 生まれた村から飛び出したときと同じ、

 あの、迷いの森――

 

 この先に古びた館があるそうだ。野宿にはうってつけの、人のいない洋館。

 

 ……何も無いことを願って――

 

 

 そして、私たちは間違う。

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