表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

一人目 【粛清者】

『1st Selefies』


 

 ――そは天使(パーシアス)にして女神に澪尽くしたる死神(パシアス)――

 ――女神に見初められし血に続く 敬虔なる猟犬(パシアス ハウンド)――

 ――与えられた苦行を、苦痛を、試練を幾たびも超える 神の御子(パーシアス ジニア)――

 ――血に流るるは始まりなる男神の血なれど、魂に流るるは紛れも無き 女神の天使血(パシアス)――

 ――女神に叛きし者どもを、

 粛清(パーシアス)し、

 静粛(パーシアス)し、

 断罪(パーシアス)し、

 代行(パーシアス)し――

 ――そは天使にして女神に澪尽くしたる死神――

 

 女神の騎士パーシアスなり――

 

 

 ――キィ――

 

 かつての栄華は何処にも無かった。

 ただ、返り咲いた紅い花が広がっていた――

 貪欲なまでに、紅く――一面に広がっている。


 ……広がって、いく。


 寂れた街、辺境の地域に属する小さな街の、灰暗(ほのぐら)い教会――

 訪れたのは、白衣の騎士団――

 その装いは騎士と言うよりは、法衣に近い。

 最小限、急所を守る防具に、衣装を凝らした法衣で皮膚を覆った――魔法衣。

 騎士団には普及していない、身軽なその装備。意味するのは即ち神殿騎士(ディバインツ)


 扉は開いていた――紅く。

 そして、扉の奥で――


 いくつもの、花が咲いていた。


 頭蓋が開き、頭皮の花弁が花開き、赤い水を滴らせ――世界は、真っ赤に染まって――

 中央は蒼かった。

 呻き声、それは神殿騎士団の中からで、年若い青年が口元を多い咽る。

 その死者の花弁から放たれる萌芽の香りは、明らかに、異質、異端、異常、――生きていない証。


「……下がっていろ」


 赤の世界を侵蝕する――白。

 同じ法衣を纏いながら、その佇まいは――小さかった。

 神殿騎士団の中で、その人物はもっとも、幼かった。


 幼さ過ぎた。年若い、では済まない。先ほど吐瀉した青年もまだ十代を終えた年代であろう。

 中央から――騎士団を総統する位置から、緩慢な歩みで現れたのは、本当に少年と言える年端ない少年であった。


 紅色の世界で、青色が――唯一、血に染まらず、佇む影が――花を投げた。


 実際には髪の毛(花弁)がまだ張り付いた――


 少年は、かわす。まるでダンスのステップのように、しかし足は一歩も引かず、出さず。頭部に目掛け投げられたそれは、目標を失い、背後で備えていた騎士の一人に辺り――呻き声から悶絶、そして何を投げつけられたか理解し、小さな悲鳴に変わる。


 彼らは――言ってしまえば、この手の作業は、仕事は、茶飯事である。にも拘らず、騎士団は、少年を先頭にし動けずにいる。


 それこそが、異常。例えどんなプロが、プロとして、プロの仕事をこなしていても、それはやがて『日常』となる。


 これこそが、異常。その日常を逸脱した、超越した、卓越した――事象が、目の前に、ある。


 何をどうやったら、人の体がここまで壊せるのだろう?

 描写はいるまい――騎士団は慣れてはいようと、これ以上の死者への愚弄は避けるべきだろう。

 ……せいぜい告げられるとしては、投げられたそれは、まだ小さな女の子のそれだったと言うべきか。

 蒼い影が、また投げる。


 ――首だけを動かす――それは実際には首筋の筋肉を一杯に伸ばし、次に縮めると言う、動作が二回かかる。首だけ動かして避ければ、最小の力で動いているように見えるだろうが、実際は最大の力で、速く避けている無駄でしかない。


 故に、少年――、彼は『全身で避ける(・・・・・・)』。それが、最小(・・)


 人間は腹、胸、頭――この三つを中心に線をおいて、立つ。もともと立つと言う動作でさえ、重力に逆らう、力がいるのだ。


 少年の動きは――実に、緩慢である。まるで千鳥足のようだが、歩幅はしっかりと――蒼い影に向かっている。


 小さな悲鳴。後ろで騎士団の一人が倒れ、何か吐き出した音がした。血だろう。


 ……人間をこれだけ解体できる『力』だとしたら、たかが肉塊一つ、弾丸のごとき速さで打ち出せるだろう。実際そうだった。だから、避ける。緩慢な、流れで。


 歩く――何か飛んでくる(軌道が見え、当たる箇所――可能(あて)られる)――後ろでもう、悲鳴はない。ようやくプロらしさが見えてきた。


 歩く――こんどは胴体が飛んできた。(潰されるな……)――落下、衝撃。その前にすでに青年がいる。


 体の軸、中心軸を中心に――流れるように、進むように、流す、避ける、緩みながら――進みは止まらず。



「……ギィ」 

 

 それは、人の形をしていた。

 人の姿をして、人の着る衣服を着て、人の持つ瞳をもって、人の持つ腕だけが紅く染まっていた。


「禁じられた不死法……っか」

 幼き体は弛まず、緩み――声音は凛然と、蒼を持つ者を射抜く。


「……一応、礼に習おう、聞えていたらな。蒼の地を統べる領主、教会に出頭願おう」

 返答は無く、ただ紅い肉塊が投げ飛ばされる。鋭く、細く――それを流し目で見据えたまま、ゆるく、緩慢にかわす。


 蒼の領主――驚くことに、この人物もまた年若い。まだ青年と差し支えない程の、線の細い若者である。

 顔に特徴的な、領主としての刻印の刺青のほかは、貴族独特の色の深いガウン――が、紅い。

 特徴的な蒼髪を彩る、深紅――


 その瞳もまた紅く――青年の姿がその双眸に映り、



 腕が現れた。



 少年の動作が崩れる。緩慢が消え、緩みが失われ――疾風、鋭敏、風を切る素早さが生まれる。

 顔面部に伸ばされた紅色の掌は、そのまま床に叩きつけられ、床をえぐる。木造とはいえ、それなりの造りはしている。その細身で砕けば、腕が折れるはずなのだが――


 少年は、先の動きにも関わらず涼やかに、蒼と紅に塗れたの領主を見据え――

「声も聞えない。発症レヴェルはすでに5ですか。やれやれ」

 また、現れる腕。


 その軌道が見えない、その動きが見えない、その速度さえ量れない。

 だが、「どこを狙うか」はわかる。

 先ほどの惨状を見ればだいたいわかる。

 周りの状況を見ればわかる――コイツは、「頭を砕いて」から、壊す。

 

 現れる――大鎌。

 

 まるで、虫の悲鳴――虫でなければ小動物の甲高い叫び、もしくは――奇声。

 領主たる若者が後ろに飛びのき、失った腕を捜す。


 腕は――少年の手の中に。もう片手には――蒼水晶で形作られた、巨大な刃を持つ、枝葉造りの大鎌、デスサイズ。


 この世界には幾つかの魔術体系があるのだが、彼が用いるのはその、最上級 ハイエンドの一種。

 魔法の典型とも言える、「無から有を生み出す」それである。もっとも、彼にはそのデスサイズしか描けないのだが――


「……では、神に祈りなさい。祈りの時間は短いですが」

 蒼の領主は――次の瞬間、

 

 すべてを投げた。

 

 机、椅子、オルガン、死体の山、壁、床――蹴り砕き、抉り出し、それらを次々投擲し始める。

 その残骸は奥に控えた神殿騎士団たちにも降りかかり、何人かが苦鳴をもらす。


 少年はと言うと――また緩慢な動作で、しかも鎌はどこかに投げ捨てて、投擲物に当たって刃が折れた。

 投げる、投げる、避ける、避ける――当たらなければ、無意味。


「キィ、……ザ、マ」

「なんだ、まだ喋れるじゃないか。じゃあ――」


 蒼い髪が、揺れ消える――

 蒼銀髪の髪が、やはり消える。


祈れよ(プレイ ガッド)


 青年がいた場所、の真上――天井擦れ擦れまで飛び上がった、蒼い領主。


 その真上――まさしく「首を刈る」位置、刃筋、鎌――


 大鎌とは死神を連想させるそれであるが、実際はこのように「首を刈る」、あるいは「魂の尾」――肉体と魂を繋ぐ線を切断するために、「刈り取る」ことを目的とした得物であり、戦闘――このようなバトル物においては単なる「扱い勝手の悪い武器」でしかない。


 そもそも刃が「内側」についているため「斬る」「突く」と言った槍や刀のような技が限定されてしまう。大型武器になればなおさらである。


 そう、なぜ天井でこういう状態になったかは、さておき――


 何が言いたいかといえば、


 この状態は、いわばスタンダート。模範的行動。


 大鎌の正しい使い方。


 首を刈る正しい位置。


 ただの人間が、吸血鬼級の化け物を倒す、正攻法の戦い方。

 



 ザンッ――ゴトッ

 

 正しい行動に対して、正しい結果が訪れる。



 

「……な、何しやがったんだ? セフィの野郎」

「上見てなかったの? 鎌で登ったんだよ。鎌で」

「はぁ?」

「キャッハ! セフィーいつ見ても可愛いようぉ〜」

「ミーハーは黙ってろ。って、鎌っていつ?」

「蒼の領主様が跳躍したとき。ほら、セラフィスの五能力の一つ」

「……ち、先読みか」

「だから、跳躍した領主の、残った肩に鎌をかけて、一回転して真上を取ったのさ――」 

「ば、化け物かぁ! あいつは!」

「だから、天使の座位を貰っているんだろう。

 でも、凄いよな――殺傷力0の大鎌、魔族のみ刈る、神々のための死神、中々言うね」



 

 そう、そして戦闘に向かないだけではない。

 大鎌とは、対象を「固定」しなければ、刈れない。


 肩に刃を立てても、「あまり切れない」ので真上を取れたのも、そのため。

 擦過傷などは鋭いだろうが、それでも素人の刃物と変わらない。代わりにすらなれない。

 通常刃物なら、「突き」で致命傷を与えられる。が、先に述べたとおり――

 長刀や槍のように石突、柄の尻で骨を砕く達人も要るそうだが、それは長柄武器ポールウェポン独特の作りではあるが、青年――セラフィス=フィルブライトのそれは、石突すらない。


 ……まるで、ただの飾りでしかない大きな鎌は、

 

 紅ではなく、赤に染まっていた。 

 傍らに、小さな蝶が舞う。



「仕事、終わったよ」


 憂鬱気味のセラフィスを、

「お疲れ様!」

「可愛かったよぉ!」

「違うだろう! 隊長、ご苦労様です」

「にゃっにゃん!」

「お怪我はないですか?」

「胸、さすりましょうか?」

「じゃ私おまむぐぅ!」

「ボスはまだ未成年だっつの」

「僕は19だよ」

 ちなみに、彼らの所属国、ガルフォニア聖典帝国では十分成人である。


「では、隊長――いかがいたします?」

 中でも随一の体格――セラフィスよりかなり上背のある、騎士と言うよりは軍人に近い、それを法衣鎧で無理矢理沈めたような男が代表して問う。


「任務は終わったよ。吸血鬼じゃないし、首を落とせばさすがに――」

 と、振り向きかけて、彼は騎士団に向き直ると。

「撤収――帝都へ帰還して、報告だ。もっとも蒼き領地の主は、第五神殿騎士団が殲滅したと」

『了解!』

 足並みの揃った、号令一つ。


「では、飲みに行きましょう! 隊長!」

「阿呆! これから社会勉強だ! 隊長、そろそろいいお年ごろぶらぁ!」

「駄目ぇ〜! 隊長はこれから私がおぉんもちかえりぃ〜〜〜!」

「あのなぁ、……お前ら、この土地の何処で遊び倒そうって言うんだ?」

 体格の良い騎士が、苦々しそうに――告げる。



「この街、全滅しちまったのに――」



「ん? 廃屋で一日中抱っこ」

『シリアスなシーンぶち壊しだぁぁぁぁぁ!』

「誰だ! こんな痴女キャラ騎士団にぶっこみやがったの! 本当にありがとう!」

「誰か、こいつここに一緒に沈めろ! そこの馬鹿女も一緒に!」

「シャットを騎士団に入れたのは、デューク親父だよ」

『あのエロ爺最高!』

「お前ら、全員、さっさと帰れ。全員、ここに静めるぞ」

 さすがの体格の良い騎士も、拳がわなわな震えている。


「まぁまぁ、ローラント。良いじゃないか、正直、ちょっとそっちの方が楽だよ」

 と、足元を見据える。


 未だ、乾くことのない紅の色――

 何十と、数に入れられない形にまで果てたものも含め――


 セラフィスは、瞳を閉じる。

「……僕は、俺は神なんて信じてないけど、祈るよ。

 祈るのは神になんかじゃない。だけど他人にでもない。それは自分自身に祈り、そして信じろ。

 僕たちでは助けられませんでした。でも、新たな生があるなら、新たなる先で。

 虚空の世界であるなら、その冥福を、僕は祈る。僕に祈る――」

 

 蝶は――ただ小さく羽ばたいて、

 蒼き者の瞳の前で、佇む。

「さぁ、本当に撤収だ。後は葬送班(牧師)の仕事だよ」

 教会直属神殿騎士団第五部隊隊長、セラフィス。

 彼は、そう言う男であった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「幻想魔蝶異端録」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ