12【ありがとうございました】
12【ありがとうございました】
〜館の外〜
館の扉を急ごしらえで修繕、修復し――完全密閉してからのお話。
いや、これは彼らにとっての、終幕。
「……なぜ、私を助ける」
髪と同じ色の表情のまま、蒼い髪の少女、ライラは言う。
「先も言ったであろう。我の許可無く、死ぬのは許さぬ、それに――」
王は、アリスを見やり――
「子供の前に、死体を晒せなどできるか」
「くすくす」
と、小さく笑う――童女。
「しかし、王妃よ――何故人間、いや、そんなに小さく」
「え? ……わかりません」
舌を出して微笑まれた。
片腕の男は、その反応に何も言えず――
「なぬ? エンキドゥ、主の秘術や何かではないのか?」
「はい――……王のお声、涙――ずっと傍で聞いておりました。
暗く、冷たく、――いいえ暑さも寒さも何も無く、ただ虚空に浮かぶような、
……王の涙とお声が無かったら、おそらくこの場にはおりませんでしたでしょう」
と、前と変わらぬ慇懃さと礼節で、小さい体で礼を作る。
「……さっき、人間になったと仰っておりましたね」
腹を応急処置し終えたセラフィスが、改めて訊ねると――
「はい、……どうもこの体の感触、神経――実感は」
あの時、アズリエルにかけられた、人間の肉の器――
「間違いありません。この肉付き、肌触り、暖かさ――間違いなく、人間のソレです」
「魔族が、人間に――」
「そんなことどうでもよい!」
と、急にエンキドゥを抱きしめ上げる、国王陛下。
「そちが無事で、本当に良かった。生きてくれて、帰ってきてくれて、我は、本当に――」
「アハハッ、国王陛下――お涙をお拭きください」
「そうです、国王陛下! はしたないです」
止めに入るチキンに――
「それに、人間になれたということは、世継ぎも」
「おおぉぉ! そうであったな!」
『ちょぉぉぉぉぉっっっっっと待っっっっったぁぁぁぁぁ!』
盛大な静止が、森全体を震撼させた。
「その子、子供子供!」
「ロリに堕ちたと思えば一気にそれかよ!」
「陛下、も少しお待ちください! まだ小さすぎます!」
「王、真の犯罪者になるつもりですか!」
「真の勇者めッ!」
「新たな伝説が刻まれる」
「とりあえず全員落ち着きやがれ、お前ら全員の面倒など見切れんぞ!」
魔物どころか、セラフィスの部隊員までが囃し立てて、ローランと赤面した王が激昂して次々投げ飛ばす。
「……良かったです」
アリスは、その姿を遠巻きに眺めながら――
片腕の男とともに、再び館を見据え――
「戻る気か」
瀕死のライラが苦し紛れに告げてくる。
「はい、大切な友達が、残ったままなのです」
「……友達? ……は、全員死んだよ」
(まだ、例の化物が中に残っているからな)
「そ、そんなっ!」
「ふん、館なら我も戻るぞ」
と、宣言した王。
「へ、陛下!」
「中にまだ、アズリエルがおる。我の中に、直接語りかけてきおったからな」
国王陛下は片腕のまま、ぶんぶん腕を振り、
「それに、遣られっぱなしでは、カッコがつかんだろう?」
「言うと思われました」
と、チキン――やれやれと言う表情だが――
「ん、チキン――それに他の者ども……お前らは、この騎士団と小娘を町に送り届けよ」
「しょうがありませんから……はい?」
チキンの台詞の続きを割って、王は告げる。
「我は、一人で館に乗り込む」
「ば、馬鹿ですかアンタは!」
「我は王だ」
突っ込んだチキンを一旦血祭りに上げてから――
「決着くらい、我一人でつけられるわ。と言うか、はっきり言えば邪魔」
「では陛下――私も」
「エンキドゥ……主もだ」
王は頑として言い放つ。
「今のお前は、人となった。魔族の姿のままでも、アズリエルには無力だった」
「ですが、王!」
「何度も言わせるな、我が妃――我は、我自身の腕で決着をつけたいと言うのだ」
たった一人の王として……
そう告げた王が、振り返れば――
「愉快――少年とはそうでなければならないな」
【私は不愉快です、姉さん】
「……アレ? 貴女は――」
一番に反応したのは、意外にもアリスであり、
「必然。また会ったな、薄幸の美少女」
「酒びたりのお姉さん」
「誤解、私は単なるアズリエルの姉にすぎん」
その言葉に対し、反応はまちまち。
驚愕が大半を占め、警戒のまま表情を引き締める騎士団が数人――
現れたのは、巫女装束の――やはり黒い手ぬぐいを目元にまいた、表情の伺えぬ娘が、アズリエルの妹、レメラなる娘の手を引いていた。
「枕詞。妹が手荒な真似をしたようだな。軽く謝罪はしておく」
「謝罪だと――」
「仮初。姉としての謝罪だ。悪いのは妹だし、
責任を取れというなら、私にではなく、まず、アレにしてもらおう」
「我が妃を殺しておいて――」
「接続。だから私ではない、と。そしてレム――このレメラでもない。妹の尻拭いなど、真っ平だ」
【酷い姉がいたものです】
「大違。ルルの責任はルルのもの。勝手に奪ってはならない」
「抜かすな――アバズレの姉だか何だか」
「静寂。静まるがいい――王よ」
「そうです、陛下」
割って入ったのは王妃。
巫女装束の娘は、その少女を見据えて一言。
「人形。人の形をした人間――ルルの奴も甘すぎる、いや意気地が無いと言うことか」
「……やはり、私の体はアズリエルが?」
「不解。私の専門は【破壊】だ。魔術、操術……創生術に関しては無知そのもの」
【キャス姉さんは単なる剣士でしかないわ】
黒衣の姉妹は踊るような足取りで、王の前にやってきて――
「提案。決着をつけたいのなら、私が取り計らっても良い」
「……なんだと?」
「依頼。理由があってな――今、館内でとんでもない化物が大暴れしていてな」
今度反応したのは、瀕死のライラ。
「はっ、あの紅いのか……」
「然様。まぁ、死にはしないだろうが」
「死ぬ、だと?」
新たなる登場者の何、王が間を区切る。
「然様。ウチの妹……でも、勝てるかどうか」
「ほぅ、アズリエルよりツワモノ――と言うことか」
「必然。アズの殺害量と比べるなら、かの紅き獣は――最悪」
「……俄然、面白い」
『面白くありません!』「陛下ッ!」
家臣やチキン、それに加えて王妃までもが参列し、
「心配無用。――だから私が現れた」
と、巫女装束の娘。
燦然と抜き放ったのは、身丈を超える漆黒の両刃剣――
「まどろっこしい話は終わりだ。私もさっさと中に入って、一暴れしたいのだ」
【姉さん、正直なほうがいっそ清々しいわ】
「ほほぉ、お前が我の共につくと」
「当然。姉として、妹を迎えに行く――けしかけたのは私でもあるしな」
「信用なりません」
頑として、王妃が小さな手を翻し、何人かの魔獣たちが集う。
「……アナタは、アズリエルの姉上でしょう」
「然様。反対があるとは思った。ゆえに、こちらも交換といこう――」
と、姉君はぽんと、レメラの背中を叩き、王妃の元まで歩き――
「契約。王を無事、連れて帰る約束だ。
興味。私とてこんな面白い国王を、ただただ見殺しにする気は無い。
武人としていずれ手合わせ願いたいほどだ」
「ふん、武芸者か――少しは気に入ったぞ、娘――」
「当然。――では、参ろう。最年少王」
「ふん、では行くぞ――真っ黒巫女」
〜〜エピローグA〜〜
「……おい、報告書はこんだけか?」
と、肉声で父――デュッカが告げる。
相変わらず肉の塊で、声には注釈が必要だ。ゆえに、訳済み。
「そうですよ?」
「あのなぁ、これじゃ読者が納得しねえっての。
あの後、あの屋敷潰れやがったって、その顛末は?
他にもあるぜ? あの片腕と娘が出会った殺人者の消息は? そして何より、あの紅い化物の正体は?」
「さぁ、あの後、僕らは魔物連中と部隊とで編成を組んで、帰路についてしまったので」
「お前、隊長の自覚あんのか?」
「まぁまぁ、お父さん」
出た、年齢不詳ママ。
「セラフィスには後で泣くまでわび入れてもらいましょう?」
「わびいれるってどこの非合法、無職集団なんですか! 一応、教会ですよ」
「一応ではない、立派な教会だ。神様だっているぞ。一度も崇めた事無いが」
「あら、嘘。月に1度は寄付してるじゃない。教団員の給料を」
なんてヤクザな教会だ。
「まぁ、死者も出たし――少し遅れたら大騒動にはなっていたかもしれないけど」
「……すいません、あの馬鹿王とアズリエル姉妹を信じた、僕が軽率でした」
「っつ〜か、動けなかったんだろう。軟弱者が」
うぅ、反論できない――
「吸血娘にも逃げられて――どう責任取る」
「じゃなくて、あなた、命狙われているのよ」
……
「死んでもいい、なんて思いなさんな。そんな軟派な考えなら、降格も覚悟なさい」
急に事務長になって、母が宣告する。
僕は一礼して、席からたった。
「……っち、観測者の観点からでは、全容はつかめんと言うわけか」
「ええ。でも、少し安心しているわ」
「はん?」
「だって、あの子、地下には入っていないんでしょう?
邪教団の深部に入り込んでいたら、それこそ逃げられない宿命に囚われそうだわ」
「かといって、隠し立てしたままでは、アイツにとって良いことかどうか」
「良い悪いじゃないわ。あの子の度量の問題。
隊長にしたからって、あの子はまだ子供のまま、いいえ、永遠に子供のままなのよ?」
「……まぁな――」
〜〜〜〜
「陛下! お待ちください!」
素っ裸が森を行く――肩に黒い少女を乗せて――
後ろからは旅芸団のような、色とりどりの住民たち。
「はっはっは、チキン――主は足が遅い! さすがはチキンか!」
「陛下? 陛下がはしゃぎ過ぎなのです。よほど、アズリエルに勝ったのが嬉しいようですね?」
「う? ……ぬぅ、ぬぬぬ――まぁ、そうなのだが」
照れ、赤面――王は少し困った顔の後――快活に笑い飛ばし。
「よい、もう過ぎたことじゃ! お前もこうして生きておる。今日も快晴、世は天晴れよ」
「その脳天、天晴れもどうにかしてほし」
「怒我ッ覇ァァァァァ!」
「陛下! こんな森の中で気功砲を放っては!」
「いたぞ、……げぇ! こ、こいつら」
「ぎ、ギルガメッシュ旅行団!?」
「ほら、地味に隠れていた山賊さんたちが逃げちゃいます。さっそく捕まえて、現金と食料と」
「王妃様? あの、腹黒さがアップしておりません?」
「我の妻の悪口は許さん! あちょ〜〜〜!」
『なにぃ! あのちっこいのが嫁!』「なんて羨ましいんだ」
「ちょ! 今、羨ましいと言った奴は、絶対に捕まえましょう! 我が旅団の恥部を世界に広めては」
「何が恥部だ! 堂々と広めるがいい」
「俺らが恥ずかしいんだよ! 馬鹿王」
「良くぞ言った。死ぬが良い」
今回は王様vsチキンによる大混戦による、山賊壊滅劇が繰り広げられるようです。
〜〜〜〜
片腕の男は帰ってきた。
薄汚れた室内、自分の部屋。
もう、愛した女はいない。
この物語の始まる前に、出て行ったきりだ。
今、振り返った先で出迎えてくれれば、それこそ出来すぎたロマンスであろう。
だが、振り返っても、陽光さす扉と――朽ちた郵便受けが垂れ下がるだけ……?
男はそっと――郵便受けに手を伸ばした。
〜〜???〜〜
あの男のいうとおりね。
……あ、ごめんなさい。あの男とはこの場合、セラフィスのお父様の方よ。
彼のお陰で、この事件のだいたいの粗筋が見えたのだから。
別にたいした収穫ではなかったわね。
記録しかり、歴史しかり、人の記憶しかり――
欠けてしまった物語がなければ、すべての筋が通らない。
でも、これがこの世界の、剣と魔と戦争から生まれた物語の――小さな歴史。
ふっふ、裏側の歴史を知りたいですか?
あの男――この場合は、ザックス・バーンフレア。
魔術教会の賢者にして、教会の司祭長。そして何より【邪教団】の裏の裏の理事長。
彼なら、この事件の全容を説明できるのでしょう。
でも、【真実】にはたどり着けない。
……私も、たどり着きたいな?
ねぇ、【お兄さん】?
「……んぁ?」
次の物語では、【真実】が見えるでしょうか?
「ん〜 そりゃ観測者によるだろうな。言うなら、アレだ。
【幽霊】を【自爆霊】だとか【浮遊霊】だとか【プラズマ】だとか、解釈の違いが出てしまうのと一緒」
お兄さん?【自縛霊】ではないですか?
「だから【間違った】解釈。と言うパターンもあるのさ。読みなれた人物なら、ボケやオチ、大抵は【誤字】と思うだろう。
ただな、【わざと間違う】ってネタだってあるんだって話」
わざと――
さぁ、次の物語で出会いましょう。
裏の物語で出会いましょう。
今宵は、幻想魔蝶物語をごらん頂き、ありがとうございました。
少し曲がったハッピーエンドでございましたが――
次回は、バッドエンドでお会いいたしましょう。
〜〜〜〜
私とクリスは死んでしまった。
でも、まぁ――いっか?
一応、【幻想魔蝶】はこれにて、終焉。
次回から、裏側の物語を進めて参ります。
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ででは、ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。