11【今宵は、我らが幻想小説をお読みいただき】
11【今宵は、我らが幻想小説をお読みいただき】
我は、王である。
生まれながらに、勇者として、王として、人の上に立つ責務を背負わされた――
ただの人間の小僧に過ぎぬ。
だが――
我は、逃げ出した。
――王になど、ならぬと。
ただ、好きなように生きようと――
好きなだけ、好き勝手、好きなことを――
?
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我は、何が好きなのだ?
「それは、王――いえ、愛しいアナタ、それを見つけていくことではないでしょうか?」
「楽しいこと、笑えること、嬉しいこと」
「それを見つけ出そうと、あなたは旅立ったのでしょう?」
そうだ、我は、面白おかしく、この生を謳歌したい。王などという身分など、本当はどうでも良い!
ただ、お前らが――我が友たちが、愛しい妃が――人間ではないからと……
ならば、我が王となろう。
人も魔も、関係ない――
そう、人と魔と――
「お前は、弱者だ――」
……人と、魔、と――お前は?
「お前は、敗者だ。敗者はただ、失うだけ――」
その通りだ。
それを、俺は何度も味わってきた。
ならば、我が強者となろう、勝者となろう! 王となろう! 誰も、我に逆らうな!
我が突き進むのは、楽園への道――大いなる王の道筋――!
「お前は、理解していない。私は――」
「破滅を望んでいる人間なんだぞ。楽園は、私には地獄と同意だ」
……な、ぜ、だ?
アズリエル――お前は、何が望みなのだ! 何を求めておる!
何ゆえ、我が妃を殺した!
「怖いから、強いから、悲劇だから――お前の女は、私の大切な物を奪える力があって、お前は奪う引き金に違いなかった」
我は、あの小娘を殺そうとはしていない!
「だが、妃は違う。お前が望まなくても、私に敗れる前に、人質にはとっていただろう。
……私は、嫌なのだよ。お前と同じなんだよ。
自分の思い通りにならないことが、すこぶる大嫌いなんだ」
……あ
「お前を、半殺しにした時点で、あの女は、妹を半死半生に変えるだろう、一瞬で。
私が悲鳴を、上げる、たった一瞬で――
お前もそうだ――
私たちは、ただ、コインの表裏のように、勝者と敗者に、分かれた――ただ、それだけだ」
ふざけるな!
「そうだ、現実はふざけている。何が二者択一だ――何が勝敗だ。何が【それだけ】だ」
……貴様が、何を抜かす!
「私だからこそ――言うのだ! お前にわかるか?」
「【この世で自分が最も憎い】人間がいることが――」
ならば、自殺でもすればよい! 我の女を殺すいわれにならぬわ!
「だからこそ、貴様は――」
【餓鬼なんだ】
――――
「そうだな――我は――」
背中に刻まれた五本の切り傷が、赤く広がり――表情が苦痛に歪む。
違う――歪むのは、己の信念が揺らいだ絶望からか――
「我は、子供だ。お子様であろう――主ら、オトナの苦しみなど、理解に苦しむ――だがなぁ」
「お前らが愚駄愚駄抜かす屁理屈、小理屈には、理解と言う行為すら愚考じゃ!
何が復讐じゃ、何が仇じゃ、何が死にたいじゃ、何が使命じゃぁぁぁぁぁ!
オトナとは、自らの意思、思いのみを率直にぶつければいいのか!
深い思慮の後の、犠牲と生存の積み重ねの上にある行動を、ただこなせばいいのか! 違う!」
大地を震撼させる、怒声と罵声が――蒼い髪の娘はおろか、倒れるセラフィス、拳銃を持ち震えるアリス、そしてギルガメッシュの部下たちまでもが、身を震わせ――
ギルガメッシュ王は、宣言する。
「我は(貴方は)――
王(勇者)である(でしょう?)
――お前ら(私たち)、愚民に――道を指し示す、光である(でありましょう)!」
「……ハッ、吼えてろ! 死に損ないッ」
ライラの爪が、再び――今度はギルガメッシュ王の肉壁を破らんと、渾身の一撃に――躊躇する。
王は、右腕が――ない。アズリエルに切り落とされている。
片足を上げて、その爪をはじくが、二連目が喉元にめがけられ、左腕を伸ばし――骨が軋む。
ただの吸血鬼化だけではなく、身体能力も大幅にあげられる何かを施されているのだろう。
だが――
目を見開いたのは、ライラ――
「そうだな、我は何度も、死に損なってきたぞ」
肉が、砕けない。
喉が、切り裂けない――
こいつは、どこまで? 筋肉だらけなのだ!
ぶぉん――
一瞬で終わった。
巨漢の王と、身体能力が高いとはいえ、小柄な娘――決着はあっさりついた。
王の一薙ぎで、ライラなる小娘は壁まで叩き付けられて――全身からめり込んだ。
「が……! あぁ?」
空気の漏れるのと驚嘆の混じった、喉笛。
「あ、お――王様?」
恐る恐る、アリスが訊ね――
「大丈夫だ、娘――我は王である」
片腕の王は無骨な左手で、少女の頭を撫でて、
「我が、ただ王として未熟だったに過ぎぬ――」
「……ありがとうございます。王ギルガメス」
腹部を押さえたままのセラフィスに、
「主は喋るな。おい……樹氷の精、おったな――奴の傷を癒してやれ」
白磁の白い女性が現れて、その傷口に手を当てると、血液が一瞬で凍結し、生暖かい氷がセラフィスの失った肉に張り付く。
「出るまでの応急処置にはなりましょう。または、あなたたちの白魔術で癒しながら養生なさいませ」
「あ、ありがとう、ございます」
「否、まだ終わらぬぞ――」
王は――その場の登場者たちに告げる。
背後には出口――目の前には、瀕死の小娘。そしてライラが鳴らした、最後の――口笛。
「……性懲りも無いな、娘」
そのライラを食らおうと、現れた――
腕の無いゾンビ、足の無いゾンビ、頭の無い、首の折れた――
ゾンビ、アンデッド、不死者――もう、どう呼んでも良い。
単なる陳腐なホラーで、単なる雑魚ゾンビたちであって――
復帰した王の敵ではなく――
ライラにとっての、自滅にして最後の足掻き――
「……大切な、者を、殺された痛みが、わかるなら――」
セラフィス置いていけ――
「知るか――」
ライラの嘆きを、腐敗した髑髏が頭蓋を噛み砕こうとして――王のコブシが、ゾンビを砕く。
驚嘆するライラに、
「図に乗るな、おろかな小娘が。我は王だ――我の許可無く、死ぬのは許されぬわ」
不意に扉が叩き割られ、同時に応戦を始める――
「あ、ローラン!」
「隊長、無事でありましたかッ!」
捜索で行方不明となっていたローラン隊――帰還。
「隊長! 命令をッ――」
「決まっている」
全員、無事生き残って帰るんだ――
「その小僧の言うとおりだ! 我が従僕たちよ――」
「心得まして候」
と、執事服を破り――硬質の肌と鉄のような翼を広げた魔鳥、コッカトライス、コカトリスと呼ばれるA級魔獣の真の姿が、次々にゾンビたちを睨み――
「あ、駄目です――彼らに邪眼が効かないッす!」
「何ぬわ嗚呼!」
「どうも神経系で動いてるんじゃないっぽいです」
駄目王子と馬鹿執事の名コンビ、復活。
「役立たずぅぅぅ!」
『やれやれ――相変わらずですね』
――?
その囁きは、『王にだけ』ではなく、
その場の登場者たち全員に、聞こえた。
響いた――
死者の墓標となっていた、王妃の墓――王の漆黒に染まった腕。
その腕に集まろうとした、ゾンビたちが――黒い渦に、飲まれ――
「私がいないと」
現れたのは、漆黒の、幼女――
つややかな髪と、丸い瞳――体型は大幅に削られたが――
「本当、駄目ですね。陛下――」
「ふん、当たり前よ。我は――永遠の王にして、」
永遠の糞ガキであるからな――
「我の許可無く、死ぬことは許されぬぞ! エンキドゥ」
「畏まって候、ゆえにこうして、舞い戻って参りました。
ただ、手違いで――」
ちょっと人間になってしまったようですけどね?
「で、陛下? 出来れば助けて欲しいです? 人間バージョンでは、混沌が自在に扱えなくなっているんです」
「あじゃばぁ! ぬぅぅぅおぉぉ〜〜〜!」
王が大慌てでエンキドゥの元へ駆け寄ろうと、群がるゾンビたちを――
銃声――
「お姫様を!」
ちょっと勘違いしているアリスと、
「ん――」
片腕――そして、『失った腕』に剣を嵌めた、元将軍が大立ち回る。
「ん、感謝するぞ――娘、片腕の男よ!――」
エンキドゥを肩に抱え――全員が、無事を確認すると――
「脱出せよ!」
王の号令一つで、この館の幕が下りていく――