10【では、そろそろお開きとなりましょうか?】
10【では、そろそろお開きとなりましょうか?】
「思出。この件の犯人についてだが」
「急に何よ、姉様――」
屋上でくつろぐ、黒き姉妹たちの会話の一片。
「物語。かつて、帝国と聖国に暗躍したと言う、暗殺組織があったと」
「急にリアリティーが無くなりましたね」
「無視。その中に、【紅蓮】なる女暗殺者がいたのだ」
「あっそう――その人が犯人だと?」
「出身は、蒼い海を見渡せる土地だったらしく、その地で、地上最強の将軍と戦って後、消息は不明らしい」
「死んでんじゃないですか」
「と、思う――生きていたら、いい年の筈だ……だが――」
と、燻らせていた紅茶を飲み干す、姉。
「相似。手口が似てる。その紅蓮とは、要するに燃えるような髪と、冷酷な瞳を持ち――故郷である、【蒼】を憎んでいた。ゆえに、相手の血を徹底的にぶちまけて殺すのが特徴だと」
「とても最悪なご婦人ですね、死ねばいいわ」
「で、レム? 誰だと思う?」
突然、姉君は意地悪に唇を歪める――
「……姉さんから、枕が消えた」
それは、珍しく姉が「楽しんで」いる家族へのサイン――
「つまり、【姉さんは知って】いるんですね? ……誰が、最強で、誰がアズ姉さんをぶっ倒せるのか」
「うん」
ころりと笑みを転がす。
「つまり、アズ姉さんが私のために、アリスちゃんやクリスを助けに行ったのは、無駄な行為だと」
「否定、無駄ではないわ。心が命じた、感情のままに動く、人間的、思慮が足りないと言えばそうだけど、大切な個性だとは思う。
問題なのは、忠告も聞かず、面倒くさげにダラダラしている、ルルの方」
「……キャス姉さん、なんかアズ姉には厳しいよね」
「ルルが最強とか、死神とか呼ばれるのはね? ルルダが弱い相手しか戦っていなかったからよ」
と、枕詞も笑顔も消えて――キャスティナは、紅茶を簡易テーブルに置いて、瞳を空に向ける。
「軍隊や組織の集団兵って言うのは、ある一点を突けば、脆いのよ。もちろん、その集団によるのだけど、ルルダはそれを見抜く、いや――【見破る】瞳が強すぎるのよ。
それでいて、あの子――優しすぎるでしょう。
見てないところで、いろんな【死】を見てきた。
戦争や、災害、飢饉――物語にありがちな悲劇でさえ、あの子は経験してしまった。
そして、何より――【人間は弱さ】が【強さ】になる、特殊な生命体。
【弱さ】を見抜けるアズ……ルルダは、人間にとって天敵でしかないのだ。
アイツは、自分でも気づかぬうちに、相手の心を読み、見抜き、そして抉る――そして、潰す。
だがな? 【弱さ】も【心】もない【化け物】には――それは通じない」
――やっと、実力で戦える相手に出会えたのだよ――
「でも、姉さん卑怯技ありすぎですよ。無限の武器とか、無詠唱の連続魔法とか、見抜いてきた体術とか――」
「戯言。あんなもの、結局は【模倣】に過ぎない。オリジナルには劣る、私はなぁ、実は少しだけ、信じているんだ」
ルルダの、実の兄上――
「そ奴は、どれほどの実力なのだろうなぁ?」
「知りません。と言うか、物騒です」
「許せ、武人のサガよ。つい己の力量と比べてしまう。しかし――そろそろ紅茶が冷めるな」
手にとって、ふと、気づく。
「だが、思うように狂乱は続かぬようだな」
「?」
「そろそろ、お開き、と言うことだ」
――玄関先広間――
朽ちた遺体は何を思うのだろう。
残された生者はただ、絶望に落ちるだけだが――
ただ、一つだけ――
その、剣は――無念を残していた。
砕け散った剣身には、無数の遺体が重なり――
主はただ、愛する者の躯に涙し続ける――
(……嗚呼、あ、ああ、ど、いつも、こい、つもば、か、だなぁ――)
(……さん? エクス、……バー…ん)
微かな胎動――
だが、物語の舞台上には、届かない。
――――
舞台上で対峙するのは、灰白髪の青年と、独特の蒼い髪を靡かせたツインテールの少女。
お互い、位置を取って――それぞれの思いを馳せていた。
一人は使命――
一人は復讐――
「どうして――こんな、ことに――」
アリスはただ、見守るしかできない。
本当に……?
セラフィスには、先日のデジャブ。
ライラなる娘には、望んだ復讐の舞台。
……対して、望まぬのはただ一人の少女。
(違う、どっちも、どっちも間違っている)
娘の背後には、少女と片腕の男――セラフィスに選択権はない。
断れば、躊躇い無く――
何より、騎士団の一員として、一般人を放置していく――優等生の模範とも言えるセラフィスにはさらにできない。
「……僕が勝ったら、返してもらうよ?」
「フザケルナ。私は、【命をよこせ】っつったんだ!」
火蓋などない。すでに殺し合いは始まっていた。
足元が、爆発するような衝撃音――ライラの床が砕け、一直線に飛んでくる。
それを、
あのときと、同じ――最小の動きで、避け――?
最小の動きは、最大の未予知によって崩された。
靡いたツインテールがセラフィスの視界を大きくふさぎ、次の動作が見えない!
特徴的な、長いツインテールが大きく広がり、セラフィスの視界を奪い去る――そして、セラフィスの【予知】とは、単なる【予測】に過ぎず、【見えない動き】には、把握しようが無い。
加えて【髪】の動きなど、重力の法則以外、何が予測できよう?
先が見えなくなったセラフィスは、後ろに大きく後退し――
そして、腹部を抉られた。
五本の鋭い線が、セラフィスの腹筋を切り裂き、剥ぎ取られた皮が衣服とともに床に落ち――セラフィスが後ろに倒れた。
部下の悲鳴に近い怒声が響く。
間に合わない――
ライラの速度は、人間のそれを遥かに超えている。
今、立ち向かえど――セラフィスの命は、簡単に奪えるだろう。そして、彼女はそれしか眼中に無い。
「皆――」
彼女たちを、守れ――と。
部下の二人が、アリスと片腕の男に向かい、もう二人が命がけでライラに飛び掛るが――セラフィスの予知には、すでに自分の首に手を伸ばすライラが見える。
ああ、良かった――
復讐は終わるし、彼女たちは助けられた。
僕は死ぬけど、最悪までは避けられそうだ。
嗚呼、生き残るのを見守れなくて、まだなんとも言えないか――
でも、お願いだ――僕は殺してもいいから、皆を助けて――
嗚呼、神様が欲しいな――
――銃声――
未来が、崩された。
ライラの動きが止まり、血の瞳がアリスに剥かれていた。
「な、なんで――?」
セラフィスは、何事か――一瞬迷い、そして理解した。
アリスが手にしているのは、アズリエルが生み出した【拳銃】。
幻想世界の、禁忌にして比類なき【強さ】の象徴。
【弱者】に【強者の驕り】を与える、最強の――【兵器】。
「駄目ぇぇぇ! 復讐は、復讐は――駄目!」
アリスの痛切な叫びは――
「……知るかぁぁぁぁぁ!」
だが、拒絶される。
そして、運命は逆転する。
たとえ【強さ】でも、アリスはか弱い娘――吸血鬼の身体能力に、体が反応する筈が――
「お、おじさま!」
「妻にあったら、よろしく頼む」
ここで死亡フラグ。
だが、このメンバーにはまだ、【最強】が残っているのを――誰もが、忘れていた。
片腕の男が振りかざした剣ごと、男を血まみれに変えようとした鉄の爪は――
巨大な【肉】によって、防がれた。
まるで精巧な彫刻のように、掘り込まれた肉体に――生々しい傷跡が、刻まれる――だけ。
鉄を砕く爪が、たった【肉】を崩せないのは幾多の修羅場を潜り抜けた、勇者の証。
英雄の――証。
「……我は、腐っても……勇者王である!」