5【居心地はどうでございましょう?】
5【居心地はどうでございましょう?】
バトル物が始まっているところを悪いけど、僕らには僕らの仕事がある。
「ローラン、ケルベク」
ウチのチームで屈強な戦士二人を呼び寄せ、
「三人、いや五人一組……二チームでいいかな――この隙に他のソンビーがいないか調べておいて。
奴らが現れたら、極力戦わず、出来る限りの排除でいい。危なくなったらここへ戻る」
『了解』
「彼らをあてにしちゃう形だけど――戦力に申し分ないしね。僕らは人間だし」
「了解しました。隊長」
(この潔さと、状況判断――血の繋がらないのに、どこまで似てくるのやら……)
「……な、何? ローラン」
気持ち悪いなぁ――
「いえ、了解いたしました。シャット、サヴィン、それとルージュとウェイバー、お前らは私に」
「では、ムディラとアギトにゾルガ……それとディラン、行きましょう」
それが、始まって直後の会話――
少しして、裸の王がアズリエルを吊るし上げる光景が――
刹那――直感と言う感覚は本当に刹那だ。
一瞬だとか、紙一重とか――そんな厚さではない。
本当に経験と連続とそれに慣れた僕の思考の、一瞬――いやもはや無瞬の間に。
それが現れた。
『危ねぇ! ギルッ』
裸の王が飛び退き、その場に一振りの刃が――あ、アレって――
「……ま、魔剣」
違う――なんだ、この気持ちの悪さ――魔剣だからって気持ち悪さじゃない。
魔剣だったら僕だって、禍々しい魔剣を何本も仕事で処理してきた。
なんだよ、この既知感。
「ほぉ、まだ隠し手があるではないか」
ギルガメッシュ王は――気づいてない。
嗚呼、そうさそうさ――これは僕だけが気づける。でも待って――どうして!
アズリエルは――眠ってる。
何で眠っている。皆馬鹿みたいに固まっているけど――僕は思わず叫びそうに――
『なぁに寝くさってやがる馬鹿姉貴』
僕の代弁を、代筆――
アズリエルの……? 妹?
妹君は大振りで蹴りあげたのだが、寝返りでそれを軽く交わすアズリエル。
……あの反射神経――馬鹿みたいだけど、僕は戦慄する。
「……だぁ〜って、……眠い」
『何? 昨日は大人が夜中に、子供には内緒って内容なコトでもしてて眠いっていうの!』
「駄目よ! レメラ! まだその内容をアナタが理解するには早すぎるわ!」
即起床――
「隊長、私的進言ですが、少し奥で休憩なされては? そ、その……まだ隊長にはお早いかと」
「馬鹿げた理由で口出すな。皆、こんなの洒落じゃすまないって気づいてねぇんだから」
裏僕が容赦なく顔だしても、お構いなし――
後ろで隊長が大人になったぁ〜 とほざいた連中、あとで減俸……
生きて帰れたらな、畜生――
――――――――――――
「やれやれ、わ〜ったわよ。レメラの要望だから、相手してあげっけど――」
アズリエルはそう言って、突き刺さった剣を片手で引き抜き、肩にたたく。
対して――ギルガメッシュの傍には、浮遊する長剣(見た目短剣)……エクスカリバー。
『……ま、魔剣グラム?』
「ふん、お前の兄貴筋か――怖気づいたか?」
『馬鹿言え――だが、所有者は竜殺しの魔勇者じゃなかったのかよ』
その言葉はアズリエルに届いたのか――彼女は、手元に黒い手ぬぐいを持ち出し、
そして、ギルガメッシュの予言したように、レメラと同じく、目元に巻いた。
「さってねぇ。色々殺したりはして来たから、あんまり覚えてないわ」
「はっ、今まで縁のあった男は皆殺しか――」
「……アンタ、私と妹の会話聞いてなかったわね。
私、処女だよ。年若い世代には嬉しい設定じゃない?」
バンダナを目元に巻き終えた彼女を、黒い羽織が包みあげる――
これで、素肌以外、黒一色。
「やれやれ、仕事着きると気分変わるわね。やる気出るわ」
『姉さんはいつだってやる気〜〜あでぇ!』
背後の妹に、文字も見ず、と言うか見えていないのに剣の腹で頭をたたくこの姉。
セラフィスの戦慄が、そろそろ周りにも感化してきた。
「んじゃ、続きと行くか」
「いいえ、もう終わっているわ」
そして――
(嗚呼、気持ち悪いわけだよ――あの魔剣――僕と同じ――
自分で作り描く武器だ――)
創造で生み出された、無数の魔剣、聖剣、邪剣、ナイフ、棍棒、斧、鉄棒――槍が――
ギルガメッシュに――
「きかんッ!」
降り注いだ――のに、全部ッ! 叩き落した!
魔剣、聖剣の腹をこぶしで叩き落し、切っ先にはエクスカリバーが残像を残して、ひとりでに舞う。
降り注ぐ刃物が雨なら、さながら肉の台風――
無論、無傷で済むはずもなく――多少の鮮血が舞うが、この王にその程度は、かすり傷にすら――
甲高い爆発音――巨躯が、堕ちる。
「いや、アンタならそれやると思ったから、こう言うのも作っててね」
魔剣が握られていた手には、まるで黒衣から生まれたような黒金の――ボルトアクション式、自動拳銃。
幻想世界における、禁忌――
「あらら、アナタがヒーローなら。ここで弾丸もはじき返すんだけどね」
崩れた英雄に降り注ぐ、雨――
無数の聖剣、魔剣たちと――そこに横たわる巨漢。
「それとも、ヒーローだから――仲間に助けられて、今を生きる、かしら?」
その巨漢を覆う――闇と、人影。
「余計なお世話でございましたか? 我が君」
「ふん、お前の情けがいつも世話以上のコトでないと動かないのは、我がよう知っている」
「あらら。とんだお節介でございましたね」
「よい。我の妻だから」
闇の中から仲睦まじく――現れる、王と王妃。
切っ先から先すべてが、闇――黒い霧に包まれて、先端は消滅。
闇にはじかれた魔剣たちは次々に形を失い、その上を王と王妃が並んで歩く。
「何、あのバカップルっぷり」
「それより、その術――単なる武器生成ではないようですが?」
そのバカの片割れ――エンキドゥ王妃の瞳が斜に構える。
「嗚呼――アタシの能力……何個かある中の何個か目。一度見た武器は自分で生み出して使えるんだ」
「天然の錬金術師?」
「ちょっと違うかな――だって見た物は武術、技、何でも記憶しちゃうし」
頭を掻きながら、アズリエルの視界は――
(嗚呼、痛いなぁ――)
――無限に広がっていた――
(こんな無様な設定、誰が考えやがったんだ畜生)
君の兄貴です。
その視界は、熱を寒暖の色彩に分けた世界から――
臭気――嗅覚を視覚化し、具体的形成をなした世界――
この世界に広がる『魔』力の流れ――
何より――その、全てが――人の脳では処理しきれない刺激を――
(嗚呼、面倒くさいなぁ)
この一言で、中断していた。
(……説明すっとややこしいのよねぇ。
目覚めたら、世界は紅い色でした? 別に血とか戦火で真っ赤だったわけじゃないんだよ〜。
自分の血かな――)
おそらく、人体の処理能力を超えた理解が、脳を圧迫していたか――
それを私は、諦めた。理解しきれない理性では――どうせ理解し終えない。
だから、本能に任せた――
だから、最初は瞳を奪おうとした――
最初の記憶は、目を開けたときの記憶。
真っ黒だった。
真っ暗だった。
目に手を当ててみた。
布があった。
すべての光を遮断する、手ぬぐい、バンダナ――
血染めの、どす黒くなったバンダナ。
懐かしい、誰かのにおいがした。その人の、血だろうか?
すぐに姉が現れ、彼女たちは姉妹になった。
姉はすぐにアズのバンダナを咎めたが、やがて同じように真似。
妹も似たような症状を持って生まれ、新たなバンダナを仕入れた。
姉妹で分け合った、鮮血。
ともに生きようと誓った娘たち――
当てのない世界の果てで――
(やれやれ――可愛い妹のため――一肌脱ぎますか)
『おう、頑張れ――』
――ッ!?
「……兄さん?」
一瞬、アズリエルが玄関扉を振り返り――
「誰かおりまして?」
暗闇がすべてを支配する――
(……多分、あの娘は――人間であってそう、でない何か――)
エンキドゥの視界に移る、黒衣の娘――
骨格、肢体、構成物質――それらにおいて、彼女は人間だと断定できる。
だが、異常――
人体における、最高級の肉、骨、構成――魔力、体力、エネルギー……
それらが、すべて、最高――ゆえに、異常――
(どこまで鍛え続ければ、これほどまでの人間を生み出せるのか……)
人体の限界――そのギリギリまでに引き抑えた筋肉にして、壊れないまでに整えられた構成――
壊れにくい、倒れにくい、殺しにくい――
単純なことだが、それが何を意味するのか――
(それはすなわち、持久戦――)
無論、圧倒的な力をもってしてなら、壊れないものはない。
現にそれを体現してきたのが、彼女の仕える王――ギルガメッシュなのだから。
だが、真逆に、その否定を体現させたのも、また彼女。
王との戦闘では、最悪の相性と言わざるを得ない。
さながら、グーとパーの戦い。柔と剛――
剛――エンキドゥは自らの主を一瞥する。
独りぼっちの孤独から救い出してくれた、孤独な王。
たった一人で闘ってきた、少年王。
自分を、愛してくれた――最愛の人。
彼に、刃が降り注いだ瞬間は、覚えていない。ただ、自分しかできないとは悟った。
それほどまで、あの娘の能力は異端。
エンキドゥの力が『全てを飲み込む』なら、彼女――アズリエルは『全てを超越する』……だろうか。
……ギルガメッシュは、彼女に殺される――
迷いは、その一瞬で吹き飛んだ。
(全てを、喰らう)
まずは、彼女そのものを――もし、何らかの手段で回避するなら、好ましくはないが――あの妹を。
闇が、アズリエルを喰らう――
弾けた銀色の凶弾が、妹君の足元に――それをさらに暗い触手で弾く。
本能的にこれが危険なのは、飲み込んだ際に理解した。
王が何か言いかけたが、止めなかった――後でお叱りを受けるだろう。それもまた私の楽しみだ。
王に叱られるなど、滅多にないのだから――
「さきに白状しておくわ。私が一番怖かったのは貴女――」
闇が囁いた。
「別に規格外筋肉だろうが、聖職者のベテランだろうが、元騎士だったらそれでよかったのよ。
でも、貴女は別。
貴女は強いでも弱いでもない。私と同じ――『無差別』なのよ」
無差別――
能力的に、規格外――
生まれてきた生命として、規格外――
その戦闘能力が、規格外――
何もかも、無差別に――駆逐できる――規格。
(……どこッ?)
「その男のためになら、貴女は何でもする。それは――許せないし、私が怖い」
(どこよッ!)
「貴女――今、私の妹を傷つけようとしたわね?」
(どこッ――)
(貴女の中よ)
誰もが眼を見張った。
理解できなかったからだ。
エンキドゥが空間を丸ごと、闇で包んだかと思えば――アズリエルが一瞬で闇に飲み込まれ――
エンキドゥの背中から、アズリエルが生えていた――
「王には絶望を、魔族の貴女には痛みを――」
S級災害指定魔族――通称『混沌』。
「アズリエルの名のもとに――下します」
その最後は、無残な斬殺死体となって、冷たい床に落ちる――
うぅ〜〜〜ん この展開は考えてはいたんだけど、二話に分けた方がよかったかなぁ…
本題ミステリだから、とっととバトル終わらせたかったんだけど……
まぁ、いいや。
本日は雪が降って積もって綺麗だった(−_−