4【では、召し上がれ】
4【では、召し上がれ】
俺は親父に散々、仕込まれた。
一番に、【逃げる】こと。これはどんな戦いであろうと【生き残れば勝ち】と言う理屈からである。
では、【理屈のない戦い】ではどうか。
無論、相手を打ち負かす――で綺麗な解答。
むしろ、理屈や理論のないやり取りなんて、幾らでもある。
喧嘩――戦いなんて最たるものだ。
理屈も秩序も理性も何もない――ただただ純粋に、【どちらが強いか?】。
ただそれを決めるだけの戦い。
戦い――
闘い――
親父譲りで、色々やられたり、見てきたはずなんだけどなぁ――
甘かった。
もう、メインホールは使い物にならない。
これは、喧嘩じゃない、戦いじゃない、
【戦争】だ――
子供の胴回りはある鉄拳を、アズリエルは交わさない。
受けもしない。だが、絡め取る――
武術にない、体術ですらない、全身を紙切れのように包み込んで――さながら、全身を、蝶の翅のように広げ、包み、
……喰らう。
包まれた腕から流れるような、斬戟――だが、得物が見えない。いや、あるか――
ギルガメッシュが気付く頃には、全身を這う無数の鮮血と――手を血に染めるアズリエル。
なるほど、蝶の異名はこのことか……まさしく、『華蝶舞蝶』。
人の手に生えた、小さな凶器――少し伸びただけの爪。
それが、彼女の得物――
壁ごと貫く蹴りには、――っつか、んな荒業初めて見たよ。
――突き刺さった足の上に、アズリエルは片足で突っ立っていた!
「……坊や、感心しないね。周りの物事破壊するのは、少なくとも綺麗ではない」
「抜かすな! 我が御手に触れられればこそ、品物とて本懐であろう! あと、我の足に気安く立つな!」
やはり、無理矢理壁ごと振り払うが――同時に顔面に蹴りを叩き込まれるギルガメッシュ。
再び地に背をつけたのは、またしても彼だった。
いや、たぶん――ギルガメッシュの無差別な破壊は、考えてのことだろう。
あんな攻撃、まともな神経がなくっても、喰らえばひとたまりどころか、内臓はみだすんじゃないか?
圧倒的な力差は、それだけで相手の意思を削ぐ。
それだけ相手を惹きつけもする。
恐らくは、ギルガメッシュ王に付き従っている者たちも、そういった彼の力に魅了された者たちではないか?
先ほどからメインホールを意味なく破壊しつくしているのは、ギルガメッシュ一人で、
アズリエルはと言うと、ずっと彼の相手をしている――といった具合。
また背筋で立ち上がる――アズリエルは正面で腕を組んで、あくびをかいている。
これは――なんてマイナーな屈辱だ。
多分、彼女はワザとやってる。しかも、わかってて激昂する王も王だ。
「あ、あのお姉さん、すんごぉ〜い」
『姉は何でもできるんのが強みですから』
アリスと、レメラ――
『趣味は読書と散歩で――好きな男性のタイプはお兄さん系。
最近は誰か想い人でもいるんだか、たまにああやって人間界に下っては、買い物と散歩と――男漁りを』
「そこ、デマ振り撒かないッ!」
――卵が飛んできたぁぁぁぁぁ!(ご丁寧に生卵!)
って、アズリエル、買い物籠――どっから出したの。
「小娘ぇ! 余所見をするなぁ!」
「嫌。だって眠いし」
背中を向けながら、拳を避け、蹴りを半身を引いてかわし――どれだけ感覚神経が鋭いんだ。
あるいは、絶対の自信があるのだか――
「もう飽きたし」
「なにぃ!」
「私が気になっているのは――その『傲慢』っぷり」
鋼を砕く拳が――――え……
「だいたいさぁ〜。何よ、このインスタントヒーローっぷり。規格外筋肉とかどれだけ稚拙な設定なのよ」
拳が――止められてる。
「ただ、それゆえに――強大過ぎる力が故に、有効有益文句なし。ハッ――喧嘩相手にしちゃ申し分はないわね、けどね――王様」
王のもう片方の一撃――入っ――!?
「――――ッッッ!」
「王といえと、相応の力と苦節と努力はあれど――私は気に食わない」
文句無い。顔面に入った。女相手なのに――という一文を無視した、完全一本――
「う、うっそぉ」
素っ頓狂な声は――あの灰銀髪の少年。――ん? 何人か兵士の数が減っている。
「私は、気に食わない。その力を持ってして、その心根には力なし――その過信が、どれだけの負を生むか」
顔面に拳を叩き込まれてなお、アズリエルの言葉は止まらない――
「王! 彼女は魔術師だ! 魔術障壁――違うッ」
灰銀髪が叫び――理解した。
王が飛びのこうとして――蝶は舞った。
「気が変わりました。貴方に【絶望】を与えます――貴方は【無力】を知らなさ過ぎる」
力あるが故に、無力を知らず――
「それが、貴方を【王】に至らしめるなら、お姉さんが叩き込んであげましょう。無力な【人間】を」
ギルガメッシュの顔面を、両手で挟み――
グワッシャ――
「く、空中――地球投げッ!」
あの巨漢を、まるで大根を引き抜くように、空中で引き抜き――顔面から後ろに叩き落す――な、なんだよあの力技ッ!
「ね? 非力な私でも、あなた程度の巨漢を投げられるでしょう?」
顔面から床に突っ込んだ王に、返事は無い。
臣下たちが次々に彼女への敵意と畏怖を高める。
が、その中央で誰よりも王を見守る――黒い女王が――
アズリエルが、その王妃を見据える。
「……何か?」
「別に――」
『……そうなのよ。あの筋肉達磨はいいのよ。問題はアッチの女』
と、小さく文字を躍らせる。アリスは小首を傾げ、
『あの女の方は、純粋無欠の魔族――人間の天敵なのよ』
「へっ――でも、さっきゾンビさんを」
『あれはゾンビを食べたのよ。文字通り――
雑食どうのこうのじゃなくって、あの力――無差別に何でも出来るって言うのは、力でもなんでもないわ』
「よくないんですか?」
『フェアじゃないのよ』
「よく言うよ。そっちは人類規格外の姉貴がいるくせに」
『あら? 姉さんはれっきとした人よ。人間かどうかは知らないけど――人一倍怖がりだし、臆病だし――ただ』
勇敢なだけなの――
と記される前に、ギルガメッシュがアズリエルを掴みあげた。
「女ぁぁぁぁぁ! 賞賛に、絶賛に値する! 我をここまで痛めつけ、屈辱に陥れたのは、お前が始めてだぁぁぁぁぁ!」
「……」
頚椎――ようするに首を絞められて、声が出るわけが無い。
だが、表情に苦痛は無い――むしろ、冷めている。
「お前が何を思ったか、当ててやろう! まるで敗北寸前の悪党の台詞だと!」
え? 王様――頭いいのか? っつか、正解?
「だいたいお前のカラクリは読めたわ! 無重力化の拳法が存在すると言うが、それだな!」
『せ、正解ッ』
焦った筆で、レメラが――
「加えて、あの小僧にも救われたが、風の魔術だな!
顔面部は脳を守る頭蓋がある、あれを綺麗に打ち抜いたのなら、脳が完全にいかれるわ!
あの風は、『衝撃を貫通させたように思わせる』特殊な風術!
芸が細かいが、そんな格闘術者だったら十はしとめてきた!」
レメラが灰銀髪の少年を睨み、少年がそれを罰の悪そうにそむける。
「さらに、あの妹――あの目隠し――アレはただのお洒落ではなぁい!
おそらく、汝らの何かの行動能力の制限。
――貴様の顔にも目元に何かを巻いた跡が、残っているわぁぁぁ」
そして、これにはレメラが自分のアイマスクを抑えて、いや顔を覆って凍りつく。
そして、この喋っている間にも、アズリエルの頚椎は締め付けられて――
「賞賛、否――絶賛しよう。我をここまで陥れた女ぁ――選べ、我を王と尊び、跪くか――この場で魔として葬られるか!」
つっ――と、レメラが、前に出ようとし――止まった。
「ね、姉さん……」
あ”……?
「あ”……」
王様、完全にブチ切れたな。
俺たちも、何だか一気に萎えたよ。
「ZZZ〜〜〜」
アズリエルは、首絞められながら、寝てやがった。