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St.EVE  作者: 久世ひろみ
2章
7/16

少年の名


 一夜明け、朝一で彼の傷の具合を診た神父は、これなら数日で歩けるようになるよと少年の頭をなでて言った。

 用意した朝食はまだ粥だったけれど、あっという間に平らげる様子を、神父とイヴは安心した笑みで眺める。なにしろすごい出血だったから、彼の顔色はまだ随分悪くて、熱もまだ下がっていなかった。

 それでも食欲があるならきっとすぐに良くなるよ、と神父は言った。


「ところで」

 神父が少年を見て口を開いたのは、食後の薬を飲んだ後すぐだった。

 イヴは食器を片付けていた手を止めて神父を見上げる。少年も、ベッドの上から、にっこりと笑う彼を見上げた。

「しばらくここで暮らすのなら自己紹介しないとね。私は柊冬夜。この教会の神父をしているんだ」

「わ、わたしはイヴです。柊イヴ。この教会でお世話になっています」

 笑顔の神父が名乗ると、イヴも慌てて言った。


 神父とイヴがそろって少年を見つめた。けれど少年は、少しだけ目を伏せて、申し訳なさそうな顔を二人に向ける。

 どうしたのだろう。イヴはそう思うけれど、少年の言葉を待った。

「……おれは、名前ないから、その……」

 言いにくそうにそれだけ言うと、彼は口を閉ざしてしまった。

 イヴと神父は顔を見合わせた。


(名前が、ない)

 名前は、親からの最初の愛だ。だから子供はみんな名前を持つ。

 でも、彼は持っていない。


 ――その言葉だけで、彼がどんな境遇を生きてきたのかがわかった。


 イヴは胸の辺りをぎゅっと掴んだ。目の奥が痛くて、喉が熱い。唇に力を入れていないと、震えてしまいそうだった。胸が痛くて仕方ない。

 でも、泣かない。彼に涙は決して見せまいと、イヴは自分を戒めるように、強く手を握り締めた。


「なら、名前を考えなきゃいけませんね」

 握り締めて真っ白になった指をさりげなく隠して、イヴは優しい声音でそう告げた。

 ふわりと微笑んで見せれば、彼ははじかれた様にイヴを見る。神父も、イヴを見下ろして、そっと小さなその肩に手を載せた。


「神父さま。彼の名前をわたしが決めてもいいですか?」

「いいよ。彼を助けると決めたのは君だから」

 見上げた神父に見守られて、イヴは視線を少年に戻す。

 彼は、ベッドに体を起した状態で呆然としていた。


 イヴは微笑みながら考える。名前。どんな名が、彼にあうだろう。

 自分を見つめてくる瞳は、美しい闇色だった。目が合った瞬間に魅入られて動けなくなるほどに、それは美しい。曇りもくすみも無く、ただ、飲み込まれるほどに深く底の見えない闇。髪も同じように深い闇色。

 新月の夜の闇から生まれたような色彩の人だと思う。


「――ノックス」

 ぽつり、と小さく声が落ちて、イヴはその言葉を口の中で反芻した。


 人の名前には珍しい音の響きだけれど、彼にはきっとぴったりだと思った。


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