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St.EVE  作者: 久世ひろみ
1章
6/16

天使と悪魔 5


「……なぁ」

 ぽつりと声が落ちたのは、粥が半分位になって、イヴがコップに水を入れた時だった。


 スプーンを運ぶ手が止まって、もうご馳走様なのかな、とイヴが思うけれど、彼は真っ直ぐにイヴを見上げて口を開いた。

「どうして、こんなによくしてくれるんだ?」

「どうしてって……」

 見上げる彼の目は、不安げに揺らいでいた。すがるような、戸惑っているような光に、イヴはふわりと優しく微笑む。

「目の前に苦しんでいる人がいた。それだけで、助ける理由にはなりませんか?」

 優しく紡げば、彼の目が大きく見開かれた。


 「でも、おれは……」と力なく呟くその目はせわしなく動いて、やがて口は閉じ、俯いた顔に影がかかった。


 まるで、知らない言葉を言われたかのようなその反応に、イヴは胸が痛む。

(優しい言葉を、しらない人なのね)


 優しい言葉を。ぬくもりを。向けられる笑顔を――無償の、愛を。


 ずきん、と胸が痛む。それでもイヴはそれを悟らせまいと、笑みを浮かべ続けた。

「あなたがどんな事情を抱えているのかは知りません。でもあなたは苦しんでいた。傷ついて助けを求めていた。だから、わたしはあなたを助けたいと思ったのです」

 優しい微笑みを真っ直ぐに彼に向け、イヴはそっと彼の頬に触れた。血を流しすぎた頬は熱があるはずなのにひやりと冷たくて、イヴはその頬を、心まで温めるように優しく包み込む。

 言葉を失った彼に、イヴは食事を続けるように促す。少し冷めてしまった粥を完食するのをイヴは見守り、薬を飲ませると眠るように言って部屋を出た。


 空になった皿をキッチンに戻し、そのままイヴは真っ直ぐ礼拝室へ向かった。

 祈りたかった。痛む胸を抱えたまま祭壇の前に跪き、見上げる十字架は月明かりにぼんやりと光って、神秘的な美しさを持ってイヴを見下ろしている気がした。

 食い入るように十字架を見上げ続ければ、自然と心が落ち着く。


 ふと後ろに人の気配を感じて、イヴはゆっくりと振り向いた。

「イヴ」

 扉のところには、神父が立っていた。優しい声音で呼ばれて、イヴはそっと立ち上がる。

「彼のことだけどね」

「はい」

 優しい声色だったけれど、イヴは表情を少しだけこわばらせた。


 ここは教会であり、彼は教会を守る神父。そして、イヴの保護者だった。イヴが彼を助けたかったからといっても、彼が病院へ連れて行くとか、警察を呼ぶとか、そういう決断をしたなら従わなくちゃならない。だから、イヴは注意深く彼の言葉に耳を傾けた。

 そんなイヴの表情に気付き、神父はふっと笑った。包み込むような笑みを浮かべ、イヴの甘い金髪を優しく撫でる。

「安心しなさい。彼を追い出すようなことはしないよ」

 イヴが初めて、自分から人に関わろうとしたんだから。そう紡ぐ神父に、イヴは安心して肩の力を抜いた。


「さっき少しだけ話を聞いたのだけれどね。彼は住むところもないというから、イヴがいいならここにいてもらおうと思ったんだ。傷も治るまで時間がかかるだろうし」

 言いながら、神父はすいと後ろを見やった。視線の向かう先には彼の眠る部屋があり、その瞳にはいたわしげな暖かい光が宿っている。


 イヴは神父と彼がどんな会話をしたのかは知らない。けれど、けしていい話ではなかったのだと判る。イヴが彼に哀しみを抱いたように、神父もまた、哀しみを抱いたのだと、その目と表情が物語っていた。

「それでしたら、明日から食事は3人分ですね」

 にこり、と神父に笑いかけて言えば、彼は少しだけ驚いた顔をして、それからにっこりと笑った。

 そうだね、とふたりは笑いあう。しんと静まり返った教会の中で、慌ただしかった一日は穏やかに終わったのだった。


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