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St.EVE  作者: 久世ひろみ
1章
5/16

天使と悪魔 4



 やがて何時間経っただろう。

 高い位置にあった太陽はそろそろ赤くなり、町並みに灯りが点る頃に、やっと治療は終わった。


 ベッドに寝かされた彼は、全身のあちこちに包帯やガーゼが当てられ、ボロボロだった服の代わりに神父のパジャマを着せられ、教会の一室で静かに眠っていた。

 神父は今、玄関前や床の掃除に出ていた。だから、室内には今イヴと彼のふたりだけ。


(きれい)

 眠る彼の髪にそっと触れながら、イヴは思う。

 漆黒の髪はずいぶん痛んでぼさぼさしていたけれど、イヴはきれいだと思う。

 あのときに見た闇のような瞳をもう一度見たい。そう思いながらさらさらと髪をなでていると、ふとまつげが震えるのに気付いた。

 そっと手を離し、じっと目が開かれるのを見守った。


「……ここは」

 開いた目が、幾度か瞬きを繰り返して、ゆるりとイヴの姿をとらえた。

 至近距離で見る彼の瞳はやっぱりきれいな闇色で、イヴは胸の奥がほんのりと暖まるのを感じていた。

「教会の中です。怪我の治療はしましたけど、どこか具合の悪いところはありますか?」

「きょうかい?」

 サイドテーブルに用意しておいた水をコップについで差し出し、イヴは優しい声で言った。コップを受け取った彼は、手を伸ばした時に痛んだのか、一瞬顔をしかめて、それから「あぁ」と呟く。がし、と髪を掻きあげ、包帯を巻いた上から傷に手を触れる様子を、イヴはじっと見つめていた。


 そんな様子の彼女を、彼はちらりと一瞥し、それからまた視線を外す。どうしたのかな、そうイヴが首をかしげると、彼は視線を下に下げたまま口を開いた。

「助けてくれたのか。手当ても――その、ありが、とう」


 言われて、イヴは目をぱちくりと瞬かせた。

 見れば彼の頬がほんのりと赤い。

 ありがとう。それはお礼の言葉だ。

 恥ずかしそうに、どう見ても言いなれてない様子でぶっきらぼうだったけれど。


(うわぁ)

 うれしい。そう思った途端に、イヴは顔中が熱くなった。どきどきして、どう返事をしていいかも判らない。頭が回らなくて、ただ熱くて、どうしよう。イヴはひたすらにあせった。


「イヴ、夕食をつくるんだけど、」

 がちゃり。

 微妙な沈黙に包まれていた部屋に、その音は思いのほか大きく響いて、イヴはイスからちょっと飛び上がった。彼もベッドの上で肩をびくりと震わせていたけれど、互いにそれどころじゃなかったので気付いていない。

 そんな雰囲気に、掃除を終えた神父は首を傾げるしかできなかった。


「あー、目が覚めたんだね。具合はどうだい?」

「……大丈夫、です。迷惑かけて、すみません」

 ふわりと微笑む神父に、彼は少し目をそらしてそう言う。


 神父は、「目が覚めたなら少し診ておこうか」と彼の側にあった椅子にすわり、熱を見たり傷を改めたりと、軽い診察を行なった。その手つきがずいぶん手馴れているな、とイヴは思ったけれど、少し熱があるから、と頼まれた冷却シートを取りに部屋を出る。


 普段の二人分の夕食とは別に、イヴはミルク粥を作ることにした。ほんのり甘いミルク粥は、イヴが幼い頃によく熱を出し、そのたびに神父が作ってくれたものだった。

「夕食をつくって来ました。起きられますか?」

 ほこほこと湯気の立つ皿をトレイに載せて、彼が寝ている部屋を訪れればぐう、という音が出迎えてくれた。ばつが悪そうに顔をそらす、その頬が耳まで真っ赤になっていて、イヴは思わずくすりと笑った。かわいいな、そう思う。


 トレイをサイドボードに置き、ベッドの上で体を起すのを手伝う。まだ痛みが強いらしく、彼は体を動かすたびに眉間にシワを寄せていて、イヴは背中に大きなクッションを滑り込ませ、掛け布団を胸まで覆うように直してあげた。

 食べさせてあげたほうがいいだろうか、と思っていたイヴだけれど、彼は自分で食べれると聞かなかった。ひざにトレイを乗せ、ゆっくりと粥を口に運ぶ手つきはしっかりしていて、イヴは安心する。


 彼は大丈夫。死んだり、しない。そう思えて、やっとイヴは安心できたのだった。


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