きみだけの天使 3
犬にでもするような力で、わしっと抱きつかれたイヴはといえば、やっと落ち着いた心臓が、今度は止まったような気がする。というか、一瞬止まった。驚きすぎて思考も何もかも吹っ飛んだ。
「ありがとう、イヴ!」
「ちょ、あの、ノックス、わかっ……ちょ、離して!」
「あっご、ごめん!」
叫べばばりっと剥がしてくれたノックスだった。
彼に両肩を支えられた状態で、イヴは顔を真っ赤にして目を回していた。心なしか、羽もだらんとしていて、ふらふらの彼女の姿を見たノックスは、思わず吹き出した。
それに驚いたイヴだけれど、ノックスは顔を背けてくつくつ笑う。腹を抱えて笑いたかったけれど、さすがにそれは我慢した。イヴに「やっぱり絵を描かせない」といわれたら困る。言われることはないと思うが、一応。
やっと彼の笑いがおさまった頃には、イヴの顔色は元通りになっていたけれど、表情は少し怒っていた。
「ごめん」
「……うん」
そっとイヴの頭に手をのせ、絹糸のような髪を撫でながら謝ると、イヴは頬を少し染めながら頷いた。さらさらの髪は手触りが良くて、出来ればずっと触っていたいとノックスは思う。
でも、惜しむようにひと撫でして、手を離した。
「絵を、描いてもいい?」
「あ。ええ。えーっと、わたしは、どうしていればいいの?」
「そこに座ってて。できれば動かないでいて」
「わかった」
少し緊張したような表情で居住まいを正したイヴに、ノックスは小さく笑った。
それから、少し離れたところに座りなおして、真っ白な紙に鉛筆を滑らせていく。
さらさら、と細く音が響くだけの礼拝堂は、いつもとは違った静けさの中にあった。
いつもイヴが祈るだけの、何者も侵しがたい神聖さではない。柔らかな空気で、それは、そう。たとえるなら、高原の中にあるどこまでも続くような花畑のような、穏やかなぬくもりだった。
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「イヴ、留守番を頼んだよ」
「はい。行ってらっしゃい」
「うん」
朝を過ぎて、神父が出かけるのを見送ると、イヴはそのまま庭へ向かった。
そこには、ノックスが一人で洗濯物と格闘している姿があり、イヴは小さく笑う。
「ノックス、シーツのすそが地面についてますよ」
「え」
くすくす、と笑いながら言えば、焦ったように彼がシーツを翻した。洗濯物が風にはためき、洗濯バサミを持ったノックスが奮闘する。そんな穏やかな陽だまりの中で、イヴは胸の中が幸せでいっぱいになるのを感じていた。
こんな幸せな光景が、ずっと続くのだと、思っていた。
「……あら、誰かいらしたみたい」
最初に気付いたのは、イヴだった。
ノックスもつられて目をやれば、教会の門のところに数人分の影が見えて、イヴは洗濯物をカゴに戻す。教会の扉は常に開かれている。そこに住まうものとして、イヴはいつもの通りに声をかけにいこうとし――
「っイヴ!」
「え?」
低い破裂音が、空気を切り裂いた。
イヴは何が起こったのかわからずに呆然と立ち尽くす。
門前にいた男たちが何かを怒鳴りながら走ってくるのも、ノックスが、まるで違う人になったかのような険しい雰囲気で彼らをにらみつけていたのも、何もかもが現実とは思えなかった。




