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St.EVE  作者: 久世ひろみ
3章
11/16

きみだけの天使


 その日、イヴは息苦しさに目を覚ました。

 体はじっとりと汗で湿り、シーツに包まっているはずなのに肌寒さに震える。


(……いやな、予感がする)

 こんなことは初めてだった。

 カーテンから覗く外はまだ薄暗い。まだ誰もおきる時間ではなかったけれど、寝なおす気持ちにもなれなくて、イヴはそろりとベッドから抜け出した。


 いつもの白いワンピースに袖を通し、そろそろと向かうのは礼拝堂だった。

 ぎい、と静まり返った廊下に重い音が響く。

 礼拝堂の中に体を滑り込ませると、朝方の冷えた空気がイヴの気持ちを引き締めてくれるようだった。

 いつものように静かな足取りでじゅうたんの上を歩き、祭壇の前に来るとそっと跪く。

 薄暗い中で十字架を見上げ、目を閉じようとしたそのとき、後ろから物音が聞こえた気がしてイヴは立ち上がった。


「……ノックス?」

 礼拝堂の奥、長椅子に座っていたのは、真剣な表情でスケッチブックに向かうノックスだった。

 イヴが声をかけても、ノックスは気付かない。余程集中しているのだろう、とイヴは少しほほえましく思いながら、そっとそばに近づいた。

「何を、書いているの?」

「わっ」

 すぐ横に立ち止まり、覗き込むような姿勢で声をかければ、ノックスは声を上げて驚いた。鋭く目尻の上がった目は子どもらしくまん丸に見開かれ、そんな姿が可愛らしくて、イヴはついクスクスと笑ってしまう。

 そんな彼女に、ノックスは照れくさそうに頭の後ろを掻き、赤い頬でイヴを見上げた。

「イヴ、驚かすなよ……」

「ふふっごめんなさい。何をしているのかしら、と思ったの」

「……絵を、描いてただけだよ」

 ほら、と差し出されたスケッチブックには、礼拝堂の中が神秘的に描かれていた。

 前のページには夜空が、さらに前には雲が流れる青空が、そしてまた礼拝堂の中、十字架の絵が。


「……きれい、ね」

 ぽつり、と呟くと、ノックスが居心地悪そうに眼を泳がせた。それでも耳は真っ赤になっていて、イヴはくすりと笑う。

 楽しそうなイヴの隣で、少しふてくされていたノックスだったけれど、やがて彼女に釣られるように、笑った。


「なぁ、イヴ」

「なぁに?」

 ふと気付くと、ノックスが優しい眼差しでイヴを見ていた。

 その瞳はまっすぐで、イヴは胸の奥でなにかがざわめいたような気がする。見つめられることが落ち着かなくて、でもずっと見つめていたくて、イヴはちょっと挙動不審な笑みを浮かべてしまった。


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