きみだけの天使
その日、イヴは息苦しさに目を覚ました。
体はじっとりと汗で湿り、シーツに包まっているはずなのに肌寒さに震える。
(……いやな、予感がする)
こんなことは初めてだった。
カーテンから覗く外はまだ薄暗い。まだ誰もおきる時間ではなかったけれど、寝なおす気持ちにもなれなくて、イヴはそろりとベッドから抜け出した。
いつもの白いワンピースに袖を通し、そろそろと向かうのは礼拝堂だった。
ぎい、と静まり返った廊下に重い音が響く。
礼拝堂の中に体を滑り込ませると、朝方の冷えた空気がイヴの気持ちを引き締めてくれるようだった。
いつものように静かな足取りでじゅうたんの上を歩き、祭壇の前に来るとそっと跪く。
薄暗い中で十字架を見上げ、目を閉じようとしたそのとき、後ろから物音が聞こえた気がしてイヴは立ち上がった。
「……ノックス?」
礼拝堂の奥、長椅子に座っていたのは、真剣な表情でスケッチブックに向かうノックスだった。
イヴが声をかけても、ノックスは気付かない。余程集中しているのだろう、とイヴは少しほほえましく思いながら、そっとそばに近づいた。
「何を、書いているの?」
「わっ」
すぐ横に立ち止まり、覗き込むような姿勢で声をかければ、ノックスは声を上げて驚いた。鋭く目尻の上がった目は子どもらしくまん丸に見開かれ、そんな姿が可愛らしくて、イヴはついクスクスと笑ってしまう。
そんな彼女に、ノックスは照れくさそうに頭の後ろを掻き、赤い頬でイヴを見上げた。
「イヴ、驚かすなよ……」
「ふふっごめんなさい。何をしているのかしら、と思ったの」
「……絵を、描いてただけだよ」
ほら、と差し出されたスケッチブックには、礼拝堂の中が神秘的に描かれていた。
前のページには夜空が、さらに前には雲が流れる青空が、そしてまた礼拝堂の中、十字架の絵が。
「……きれい、ね」
ぽつり、と呟くと、ノックスが居心地悪そうに眼を泳がせた。それでも耳は真っ赤になっていて、イヴはくすりと笑う。
楽しそうなイヴの隣で、少しふてくされていたノックスだったけれど、やがて彼女に釣られるように、笑った。
「なぁ、イヴ」
「なぁに?」
ふと気付くと、ノックスが優しい眼差しでイヴを見ていた。
その瞳はまっすぐで、イヴは胸の奥でなにかがざわめいたような気がする。見つめられることが落ち着かなくて、でもずっと見つめていたくて、イヴはちょっと挙動不審な笑みを浮かべてしまった。




