屋上と人影
その後の仕事も特に問題はなく、道を聞かれたりちょっとしたトラブルの仲裁に入る程度だった。
「いやー、今日も大変だったな」
「ただ歩いてただけじゃん」
時刻は午後六時半。お祭りの縁日もそろそろ撤収し始める頃合いだ。
大会に出場する選手は、早い時間で午後八時に戻ってくる。夜遅くまでどんちゃん騒ぎをしていたら、明日の試合に影響が出る。
そのため、午後七時にはお祭りは完全に終了しなくてはならないことになっている。
「それじゃあ私は帰るから、警護が終わったら連絡してね」
駅まで彼女を送り、背を向け再び警備に戻ろうとしたら、秋の鈴の音のような澄んだ声が背中からかけられた。
「おう」
それに片手で応え、仕事に戻った。
☆☆☆
「何をすればいいかは分かっているな?」
「ええ。分かっていますよ」
徹が、秋とは別々に行動し始めたのを観察していた人影が二つ、並んでいた。
一人は体格が良く、身長も二メートル近くあろうかという大男。もう一人は今時のファッションに身を包み、髪を茶色に染めた優男だった。
大男は黒いロングコートを羽織り、フードを目深く被っていて中の顔がわからない。
反対に、優男は顔を思いっきり出していて、その整った顔立ちを全面にしている。
「目的は一宮徹の殺害。ですよね」
「そうだ。奴がいると八草御伽の誘拐に支障がでる」
上下関係は大男の方が上のようで、優男は顔に似合わず丁寧な言葉遣いをしている。
「やり方は問わない。但し、場所は屋上か一目のつかないところにしろ」
「もう手は打っていますよ」
優男はスマホでメールを送信していた。
「あと五分ほどで来ます」
「わかった。……いいか、ミスはするなよ」
そう言って、大男は体が徐々に周囲の景色に溶け込むーー“透過”だーーを発動し、その場から立ち去った。