私闘
皐学園。
これが俺の通う学園の名前だ。
正直、すっごいダサい。曰く初代学園長が、名前なんてどうでもいいと言って、学園が建てられた五月に、日本の五月の古い言い方である皐を頭につけたらしい。
入学の資格は、魔術を使えるか否か。
使えりゃ即入学。だからこの学園の生徒は皆、俺を除いて魔術師だ。
「はよーございまーす」
教師とは目を合わせない。魔術を使えないにも関わらずここにいると、やたらと絡まれる。
「おう、徹。魔術が使えないくせにまだいたのか」
そんな俺を見て、体育教師である山崎武志が俺に絡んできた。
山のようなガッチリとした体躯は、初見だと大体の人間はビビるだろう。
「まあ、他の学校に受験しても浮くだけですしね」
面倒な事にならないよう、無難な(?)回答をしておく。
「ほう、貴様は魔術のまの字も知らぬと言うのにここに居座るのか?」
「そうっすよ」
俺だって好きで入ったワケじゃないのに。
一宮は、この地域でも有力な魔術師の一族である。
俺と芙佳はその家の長男長女と言うだけで半ば強制的に入学させられた。この男はそれが気に入らないのだ。まあ、周りから見たらコネで入ったようなものだしな。
きつく拳を握り締め、怒りを抑える。
そんな俺を見て、山崎はニヤリと笑う。
「流石は一宮さんですなあ、わたしみたいな三流に見せる魔術はないと言うことですかあ」
その言葉を聞いた瞬間、俺のなかで何かが弾けた。
致命傷となる喉仏めがけて一切の躊躇もせずに蹴りあげた。
が、それを片手で受け止められる。
当然、そんなことは分かっていた俺は手から足を引き抜いた。
距離をおき、出方を伺う。
周りが騒がしくなり、喧嘩だ!や、教師と生徒でしょ?!などといった声が聞こえる。
取り囲むように、ギャラリーができる。
ご丁寧に、誰かが結界を張ったし……逃げられねぇじゃねえか。
「いいのか? 徹、先生にこんなことして」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、手をゴキゴキと鳴らす。俺をぶちのめす大義名分ができて嬉しいのだろう。
「別にいいっすよ。どうせ停学になるくらいなら、あんたの魔術師人生に響くくらいの怪我を負わせたいっすね」
悟られぬよう、利き手である左手を腰に伸ばす。
「ふんっ!」
山崎が両手を叩き合わせる。
刹那、地震が起き、地面が二つに割れた。
(バランスを崩すつもりか?)
恐らく使った魔術は"地割れ"。
小規模な地震とともに、地を割る中級クラスの魔術だ。
奇襲をかける際によく用いられる戦闘向けの術だ。
案の定、重心がぶれた俺に向かって突進してきた。
「加速」
距離は十メートル程とっていたのだが、山崎は二秒で半分の距離まで詰めてきた。
「過重」
そしてそのまま右腕を引き絞り、打ち出してきた。
強力な運動エネルギーに加えて質量も加わっている。まともに食らったら骨が砕けるだろう。
いずれも、"地割れ"と並ぶ中級魔術、バランスを崩したあとに徒手格闘に持ち込むのはセオリーだ。
まあ、俺に冷静な解説をさせる程度の力しかないがな。
ほんの数秒の出来事だが、体感時間では数分も経ったかのように感じる。
(遅い……!)
軽く体を右に反らし、易々とかわす。
ぶおん!
盛大に振った拳は、凄い音を立てて外した。
周りからはどっと笑いが起きる。
顔を真っ赤にし、次の術式を展開しようとしている。
が、
「動かないほうがいいっすよ」
俺は制服の腰に隠していた拳銃を取り出す。
さっきまでのショーを見ていたかのような空気は一変し、凍りつく。
実弾が装填してあることを証明するため、足元に一発威嚇射撃をした。
ドオン!
大砲のような銃声が響き渡り、静けさがいっそう増す。
跳弾は、さっき張られた結界によって弾かれる。
父から受け継いだこの銃は、ベースがデザートイーグル……拳銃の中でもトップクラスの威力を誇る自動拳銃だ。
周りがいよいよ危険な空気になってきたと張り詰めた緊張感を伴ってきたのを感じる。
そんな中でも、
「はははは! なんだ徹、そんなちゃちなおもちゃで何ができる!」
と、山崎はますます俺を馬鹿にした態度を取る。
科学と魔術は相性が悪い。魔術師は科学者を馬鹿にし、科学者は魔術師を軽蔑する。いつになっても変わらない。
現代科学の申し子である俺は、魔術師全般を軽蔑している。……芙佳も含めて。
「それはどうっすかね」
今度は不敵に俺が笑う。
「科学なんて非力な物しか使えないなんて情けないなあ」
山崎の発言に、周りから賛同する声が上がる。
魔術師の方が上と考える派閥だろう。
そんなことより……
「いくら力が社会的な序列を計るとはいえ、今日はちょっとおいたが過ぎません?」
銃口を額に向ける。あくまでも自衛としてだ。
「なんのことだ? 俺はただ、教師に向かって暴力を振るうような、不良学生を更正しようとしているだけだぞ?」
両手をバンと叩き合わせ、"硬化"と呟く。
"硬化"とは文字通り、任意の物質を固くさせる魔術だ。
俺の銃弾対策だろう。
まあ、そんなことをしても意味が無いがな。
ピー!と、甲高い笛の音が鳴り響く。
「はいそこ! 私闘は禁止ですよー!」
腕に警備と書かれた腕章を巻いた生徒が、いつの間にか俺たちを取り囲むようにできていたギャラリーに向かって叫ぶ。
「で、誰と誰が私闘をしてんの?」
警備に駆り出された生徒会役員の誰かが、銃声を聞きつけて来たのだろう。意外と速かったな。
人でできた檻を割るようにグイグイと入ってきたのは……芙佳だった。
警備の持ち場がこの近くなのだろう。
「およ、兄貴と……センセ?」
その意外な組み合わせに驚いたのだろう目を丸くして口をポカンとあけた芙佳は、それでも威厳を保とうと、
「私闘は禁止されてます。一宮芙佳、二人を処罰します」
と、腕章を引っ張り俺たちに見せつける。ジャッジ●ントですの!だ。