有美さま、お金の大切さを学ぶの巻
この屋敷で働く私達メイド達の朝は早いのです。
早朝、エントランスにずらりを並べられた数十人のメイド達、私はメイド長として彼女達の前に立ち朝礼の挨拶をする所でした。
いつもなら挨拶と本日も頑張りましょうといった一言で終わるのですが今日は少し違います。
「今日は、皆さんに新人を紹介します」
私はそういうと、隣に立たせ、まだ半分寝ている少女に目を向けました。
「今日から一ヶ月間ここでメイドをして働く事になったアリーです。皆さんビシバシ教育してやってください。少しの情けも必要ありません、他のメイドと同じように扱い厳しく接してください」
こちらを見るメイド達の顔が困惑しています。え~、そんな事言われても・・・・・・と言わんばかりです。
「ほらっ! アリー、皆さんにご挨拶なさい」
小さなメイド服を着た少女がフラフラしながらも口を開きました。
「むにゃ・・・・・・みんな・・・・・・よろしくね・・・・・・むにゃ」
「こらぁっ! なんですか、その上から目線はっ! 貴方は新人で、ここでは最下層なのですよっ! 先輩には敬意を払ってちゃんとした言葉使いをするのですっ!」
「あぁあ、ごめんなさい・・・・・・むにゃ・・・・・・よろしくお願いしますぅ・・・すぅ・・・・・・すぅ」
「こらぁっ! 寝ないのっ!」
まぁ、無理もありません、この少女は普段こんな時間には起きるはずがありません。もう爆睡中です。着替えさせここまで連れてくるのも一苦労でした。
「とにかく、そんな訳なんで皆さん、アリーをこき使ってください。一通りローテーションさせますから各部署の担当者はよろしくお願いしますね」
メイド達は相変わらずこの無茶な要求に困り顔を見せざわついていました。
そもそもなぜこんな状況になったかと言いますと、それは数日前に遡ります。
魔女狩り部隊との戦闘、その数日後、有美さまと私は世螺夢町の、とあるショッピングモールに来ておりました。
ゲームコーナーまで来ますと、有美さまは目当ての筐体が置いてある場所へ走りました。
「黒江ー、黒江ー、早く、早くっ!」
そこにはすでに小さなお子様達が多数群がっており、有美さまもその中に飛び込んでいきます。
マジョカツ、今幼女に大人気なアーケードゲームです。一プレイを終えるとカードが一枚出てきて、それを使いゲーム内の魔女ッ子をカスタマイズして着飾ったり強くしたりできるみたいです。
私はとにかく有美さまが退屈しないように日々アンテナを張っています。このゲームがなにやら女子に人気があるとつかんだ私はすぐに試してみました。結果はといいますと。
「すご~い、このお姉ちゃんすご~い、超レアカードの英知の釜持ってるぅぅっ!」
周りの幼女達から歓声が上がります。有美さまは鼻高々とカードを掲げました。
「ふふ~りっ! ふふふ~りっ!」
得意顔で自分より小さなお子様達に見せびらかす有美さまは、まるで子供のようです。まぁ子供なのですけど。
「これもあるよっ! 仕込み刀の魔女箒っ!」
有美さまがカードを出すたび幼女達から響めきが起こります。近くには保護者の方も居られるので少々恥ずかしいです。ちなみにカードは財力で全てコンプしました。そんなにお金あるなら筐体ごと買えば良いじゃんと思うかもしれませんが、いかんせんこの手のゲームはこういうレアなカードを見せびらかす事で優越感に浸るものなのです。
鼻をこれでもかと伸ばしていた有美さまに一人の女の子が立ちふさがりました。有実さまより2.3歳ほど低年齢でしょうか、お洒落そうですこし背伸びしている印象です。
「ふん、お姉ちゃん、それなりにやるようだね。でも、これは持ってるのかな?」
女の子は手元から一枚のカードを手にして有美さまの前に見せつけました。
「ん~、何言ってるの? 私はコンプしてるんだから、持ってないカードは・・・・・・あれ、なにそれ?」
少女のカードはえらいキラキラしています。有美さまは手元の束から必死に同じカードを探そうとしましたが見つかりません。
「ふふん、やっぱり無いようね。これを持ってるのは世界で五人だけだもん。カードナンバー00、宅配魔女のデッキブラシ。マジョカツアニメ化記念キャンペーンで抽選で五人だけに当たる究極レアカードよっ!」
女子は勝ち誇り、有美さまの顔にカードをぐいぐい近づけてきます。
「あ、あ、あ、あ、く、黒江ぇ~~~~~~~」
絶望した有美さまの顔が私に向けられ、目が合いました。正直助けを求められても私にはどうすることもできません。とりあえず私は携帯を取り出し検索する事にしました。
「えっと・・・・・・宅配魔女のデッキブラシ・・・・・・っと」
ふむふむ、女の子の言うとおり通常販売では手に入らない非売品のようです。私はオークションサイトへ移動しこのカードを探してみました。五枚ということで期待はしてませんでしたが、大手サイトのここでも出品されてないようです。
「仕方ないですね・・・・・・あ、私です。マジョカツというゲームの非売品カードを探してください。ええ、宅配魔女のデッキブラシ・・・・・・ええ、そうです。至急お願いします」
私は個人では探し当てるのは困難と判断し、すぐに屋敷へ連絡、有美さま専属メイド隊(全員が魔女)に用件を告げました。あの子達は非常に優秀なのですぐに探し当ててくれるでしょう。
「黒江~、黒江~」
有美さまが半泣きで私にしがみついてきました。よほど悔しいのでしょう。肩を振るわせておられます。その姿は他の魔女や、魔女狩り部隊から怖れられる最上魔女キルケーの様相は微塵もありません、まるでただのお子様です。
「はいはい、よしよし、今探してますからね、もう少し待っててくださいね」
私はそんな有美さまが可愛くて仕方ないので、慰めるように頭を擦ります。
数分後に私の携帯が振動しました。
「はい、私です。あ、見つかりましたか。それで・・・・・・はいはい・・・・・・、売ってもいいと? なるほど、で、価格は・・・・・・え、ええっ! 三十万!? そうですか、分かりました。とりあえず押さえておいてください、はい、その後の行動はのちほど指示しますんで、はい、ご苦労様です」
私は一息ついて通話を切りました。そうですか、三十万ですか。カード一枚にすごい値段がついたものです。少々驚きましたが、欲しい者がいるからの相場です。世の中にはこれ以上に高価なカードはいくらでも存在するでしょう。
「黒江~、あったの?」
有美さまが不安そうに私の顔を見上げます。
「ええ、見つかったのは見つかりましたが・・・・・・三十万だそうです」
「あったんだっ! やったっ! 黒江、すぐに買ってきてっ!」
普通なら値段を聞いて驚くところですが、有美さまにしてみれば三十万と三十円の区別も付きません。いつもの私ならこのまま頷くところですが。
「有美さま、三十万ですよ。三十万、わかります?」
「あ、うん、わかるから、早く買ってっ!」
こりゃ全くと言っていいほどわかってません。
「有美さまっ! 三十万ていうのは、一般的なサラリーマンが一ヶ月間汗水流して必死に働いてももらえない位の金額ですっ! 有美さまはお金の価値をわからないみたいですね、いいでしょう、本当に欲しいというなら有美さま、少し労働の大変さを理解してもらいご自身で稼いだお金で買ってもらいます!」
「えぇぇぇ~~~~~」
有美さまは心底嫌そうな顔をしましたが、これも有美さまのためです。欲しい物が簡単に手に入り贅沢三昧。このままではろくな大人になりません。丁度良い機会なので私は有美さまにお金のありがたみを教える事にしました。
というわけで、こういうわけです。
有美さまには新人メイドとして一ヶ月間、この屋敷で働いてもらうことに。うちのメイドは厳選され、厳しい審査を通ったいわばエリートです。それでも一ヶ月のお給金が三十万を超えるなど各部署のメイド部長クラスでしょう。それを新人扱いのアリーが同じだとしたらその時点でかなりの好待遇なのです。
「さ、アリー、しっかりがんばるのですよ」
「は~い」
「返事はしっかりっ!」
「はいはい」
「はいは一回っ!」
「はい・・・・・・・・・・・・はいはいはいはい」
「何回言ってるんですかっ!」
この新人、全く自覚がありませんね。これはかなり厳しくしないと駄目なようです。
アリー、労働初日。
まぁ、やらかしますよね。本当に期待を裏切らない子です。
最初の一週間、アリーを清掃担当部署にいれたのですが、アリーはハタキで壁の埃をポンポン払っていたらしいです。
「メイド長っ! アリーがっ! アリーがっ!」
清掃部署のメイドが一人慌てて私の元へ駆け寄りました。
「どうしましたっ!?」
まさか、慣れない仕事でアリーがどこか怪我でもしたのでしょうか。私は不安になります。
「アリーがハタキで壁を粉砕しましたっ! それも三面ですっ!」
「アリーっ!」
なにか壊すかとは思ってましたが壁三面とか、なんちゅー子なんでしょう。まず、一面壊した時点で止めるのに、なぜアリーはそのまま続けて二面開けたのでしょうか、理解に苦します。
「すぐに修復依頼を。後、アリーには力がいらないような仕事をさせてください」
初日、それもまだ開始一時間でこれです、こんな調子で一ヶ月持つのでしょうか。
アリー、労働二週間目。
まぁ、引き続きやらかしますよね。
次の一週間、アリーを炊事担当部署に移したのですが、アリーは料理の支度を手伝っていたみたいなのです。
「メイド長っ! アリーがっ! アリーがっ!」
炊事部署のメイドが一人慌てて私の元へ駆け寄りました。
「はぁ、どうしました?」
どうせ、レンジでも爆発させたんでしょう。
「調理室が跡形も無く・・・・・・」
「・・・・・・なるほど、だから爆発音が聞こえなかったんですね。一瞬で消滅した感じでしょうか。他のメイドは無事ですか?」
「は、はい、メイド長の指示通り、アリーの近くにいなくてはならないメイドは全員魔女で、かつあらかじめ相当高度な防御自動スキルをセットしていますで・・・・・・」
「それは一安心です。では、修復依頼を。後、アリーには、皿洗い・・・・・・は駄目ですし、下拵え・・・・・・も無理でしょうし、じゃあ、ゴミ捨てと、あと水道を使うとき蛇口を捻らせてやってください、その際力を入れるなと念を押してやらないとまた破壊しますのでお願いします」
あぁ、最近定期的に頭と胃が痛くなるんですよね。なんででしょう。
アリー、労働三週間目。
この頃になるとアリーも仕事に慣れ、なんてことはこれっぽっちもなく。相変わらず破壊を繰り返しております。私達と修理業者も大忙しです。今月は皆さんに特別アリー手当を支給しなければなりませんね。
そして一ヶ月が経ちました。
「あぁ、あぁぁぁぁ、よく、よくこの一ヶ月間頑張りましたね、アリー。今日でこの地獄も終わりです・・・・・・」
「やったぁっ! やり遂げたよっ!」
それはアリーに言ったというより、私自身や他のメイド達に向けられた言葉でした。何人かのメイドは体調を崩しましたし、私も四キロ痩せました。
「内容はともかく、アリーはここまで一日も休まず、朝もちゃんと起きられました。もう私はそれだけで合格点を上げちゃいます」
「ありがとうっ! すごく大変だったよっ!」
「こっちもそれはもう大変でした。さて、これはお給料です、これでお金のありがたみもわかりましたね」
「うん、すごくわかったよっ!」
「そうですか、それは良かったです。この際、本当に分かってるの? とか疑問は考えたくもありませんのでアリーの言葉を信じます」
「わーい、お給料、お給料っ!」
私は三十万の入った封筒をアリーに手渡します。
「さて、じゃあそのお金で念願のカードを買いますか。さ、渡したばかりですけど、それ戻してください」
「・・・・・・・・・」
私が手を出すと、有美さまは封筒を胸に両手でぎゅっと握りました。
「・・・・・・カードはもういらない。このお金で、パパとママ・・・・・・そして黒江になにかプレゼントする。頑張って初めてもらったお給料だから」
「あ、有美さま・・・・・・」
私は予想の斜め上を猛スピードで駆け上がる有美さまの言動にわなわな震えてしまいました。私の視界がぼやけます。あまりの嬉しさに涙があふれ出します。
「・・・・・・それは、旦那様も奥様もさぞお喜びになることでしょう。勿論私もです。この一ヶ月耐え抜いたかいがありました。本当に嬉しいです。もはや、修復代が数千万になった事や、国宝級の花瓶などが割れたことなどどうでもいいくらいに・・・・・・」
この一ヶ月の労働は少ないながらも有美さまの成長につながったようです。
「あ、でもカードも欲しいから、もう一ヶ月頑張ればいいの?」
「あ、いえ、それはご勘弁ください。カードは頑張った有美さまに私からご褒美でプレゼントします、だから、マヂで勘弁してください」
土下座したい気分でした。もっと頑張るという有美さまの気概には感服しますが、それとこれとは別です。
「え~、せっかく慣れてきたのにぃ」
これを後一ヶ月延長したらメイド隊は全滅するでしょう。
人には向き不向きがあります。
有美さまは人の上に立つ器をして生まれてきました。生まれた時からそうだったのです。女王に給仕人など勤まらないのが道理。
有美さまには明日からは前のように振る舞ってもらいましょう。度が過ぎないように、目が余るようなら私が止めればいいのです。私の言うことならこの我が儘お嬢様もある程度なら素直に聞きますので。
今日は久しぶりにゆっくり眠れそうです。