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有美さまと大喧嘩するの巻(前編)

 ここ最近の有美さまは上機嫌で私も嬉しいかぎりです。

 よほど七席モルガンとの戦闘が楽しかったのでしょう。

 ご自分とまともに対戦できる魔女が後五人もいると知ってすぐにでも対戦したいご様子。しかし七席魔女同士の純粋なゲームはそう簡単に実現しません。

 自身の誕生日に指定して強制的に対戦する。

 相手の誕生日に指定される。

 そのどちらかで、さらに見届け人となる魔女が必要です。同じ七席魔女が一人いなければなりません。派閥に条件のある者がいれば協力してもらえますが、大体それらの魔女は派閥のトップなどを勤めているのでみんな仲が悪いのが現状です。

 ですので次に七席と対するのは有美さまの誕生日になることでしょう。

さてそれまで今は鼻歌まじりでニコニコしている有美さまが待っていられるかどうか。


 それは些細なきっかけであり、私にとってはとてもショックな出来事でした。

 その日は有美さまが学校にいかれておりましたので私は珍しく手持ち無沙汰でした。

 基本、有美さま専属のメイドなので他のお屋敷仕事はいたしません。

 今日は半日授業なのでそろそろ有美さまもお帰りになるでしょう。それまでは私はすることもなく自室の椅子に腰掛けお茶を飲んでおりました。

 

 私は住み込みで働いていますので、お屋敷に私専用の部屋を宛がわれております。こう見えて古株な事もあって他のメイド達より幾分か好待遇です。テレビやエアコンなどは勿論のことゲーム機まであります。まぁほとんどやってる暇などありませんが、少し時間が空いた時などはストレス解消に無双系を嗜んでたり。

 私はふと棚に置いてある小物入れに目を向けます。お気に入りの髪留め、キラキラ光るビー玉、他人にはガラクタのようなものがいくつも入れておりました。私はその中から四つに折りたたまれた紙を一枚取り出します。それはこの中でも一番の宝物。


 私、音羽家は代々有栖川家に仕える家系です。私が七歳になった時、有栖川家に一人の女の子が生まれました。丁度いい機会だ、そういったのは旦那様だったのか、私の父だったのか、今はよく覚えおりません。しかし、この家に仕えるという意識をそろそろ持たせる時期にきていたのでしょう、私はこの日から専属として有美さまのお世話を任されたのです。

 とはいえ私自身も幼かったのでやることをいえば、大泣きする有美さまをあやす事や一緒に玩具で遊んであげるくらいでした。今も可愛い有美さまですが、あの頃はまさに天使のようで、私はまるで自分の妹のように接し、そしてよくぐずり出す有美さまも私の前では泣き止み微笑みを見せてくれました。

 お仕事が多忙で中々有美さまの前に姿を見せないご両親にかわって、私が代わりに側に仕えておりました。ずっと一緒に育ってきたのです。

 

 私は丁寧に紙を広げます。こうしてたびたび目にしては一人目頭を熱くするのです。

 紙には幼い頃の有美さまが書かれた私の似顔絵と、拙い文字で書かれた感謝の言葉。これは私が今の有美さまと同じ歳になった誕生日に頂いた物です。

 クレヨンで描かれたお世辞にも上手とはいえない私の顔、いくつか反対になった平仮名で書かれた、たんじょうぶおめでとう、いつもありがとうの文字。これまで誕生日に有美さまから色々頂きました、高級な腕時計、ブランド物のバックなど、でも私はこれが一番嬉しかった。

 何度見ても涙が零れます。あの頃の記憶が蘇ってきます。私は感傷に深く浸っていたからでしょう、少女の接近に気づきませんでした。

「黒江ーーっ! 帰ったよぉっ!」

 自室のドアが乱暴に開かれます、有美さまがご帰宅し私の部屋へ一直線で来られたのでしょう。私はとっさに眺めていた紙を隠しました。

「あっ! 今なにか隠したっ!」

 有美さまに見つかってしまいました。こうなると非常に厄介です。

「いえいえ、何も隠してはいませんよ」

 私は気恥ずかしさのあまり嘘をつきました。しかし、有美さまは勿論信じてはおりません、ここで引き下がるような素直な子なら私も苦労はいたしません。

「嘘だっ! 私に隠し事なんてっ!」

 有美さまが私の元へ距離をつめ、強引に後ろの紙を奪おうとします。

「いやいや、別に有美さまが喜ぶようなものじゃないですってっ!」

「あっ! やっぱりなにか隠してるんだっ! 見せてっ!」

 私も必死に抵抗しますが、有美さまの力の強いこと、強いこと。通常の幼女とは比べものになりません。ついに紙の一部に手がかかってしまいました。

「見せてってばっ!」

「駄目ですっ!!」

 その時でした、あの音が聞こえたのです。そう、あのビリっというあの音です。

「あっ・・・・・・」

 有美さまの手に切れ端が。それを見て小さく声を上げられました。

「ご、ごめ・・・・・・」

 有美さまは謝ろうとしてたのです、でもどうしても私は感情を抑えることができず、つい暴言を吐いてしまっていました。

「こ、こ、この、馬鹿ナスっっ!!!!」

「なっ! ナスっ!?」

私は怒りと悲しさでどうにかなっていまいそうでした。口から次々と汚い言葉が飛び出します。

「この蒟蒻芋っ! カブトガニっっ!」

 有美さまも私の悪口にむっとして言い返します。

「な、な、な、黒江のくせに私に向かってぇぇ、このクソビッチっ!」

「ク、クソビッチっ!? どこでそんな言葉覚えてきたんですかっ! もう本当駄目な子ですねっ!」

「駄目じゃないですぅぅーーっ! 優秀ですぅぅーーーっ!」

「優秀な人はそんな言葉使いませんーーー、だから駄目な子ですぅぅーーーー」

なぜか有美さまも敬語になって言い争います。そんなやり取りの応酬がしばらく続きました。


「もういいっ! 黒江なんてもう首にするからっ! 出てけっ!」

「言われなくても出て行きますよっ! あ~あ、これで有美さまは夜トイレについてってくれる人いなくなりますねぇー」

「べ、別にメイドは他にいっぱいいるもんねっ!」

「あ~そうですね、せいぜい二時間ごとに起こしてあげてくださいねっ! 朝もちゃんと一人で起きて下さいよっ! 他のメイドには寝起きが最悪な有美さまは起こせませんからねっ!」

「起きれるもんっ! もう馬鹿っ! 早くいなくなれっ!」

「はいはい、今までどうもお世話になりましたっ! もう二度と会いませんからねっ!」

 そういい私は勢いよく部屋をでました。

 これまで何回も喧嘩してますけど、今日という今日はもう堪忍袋の緒が切れたってやつです。私はもう二度とここには戻らないと覚悟を決めて屋敷を後にしました。



 と、つい一時間前はぷんすかと立腹していた私ですが、メイド服のまま道をとぼとぼ歩いているうち後悔の念が押し寄せてきました。

「ちょっと、言い過ぎましたかね・・・・・・」

 主たる有実さまにメイドの分際であんな態度をとってしまった。これは本当に戻れないなと思い、今後どうするかと思考にふけってました。

 広大な有栖川家の私有地を抜け、私はいつの間にか大通りさえも通り抜けておりました。

 この町でも大きな公園にさしかかり、私はそこで足を休めようと中へと入っていきます。

 ベンチを見つけると、そこに腰掛け一息つきました。

「さて・・・・・・本当にどうしましょう・・・・・・」

 物思いにふけっていたからでしょう、私はこの時まるで違和感には気づきませんでした。

 私はここまで誰にも会っていなかったのです。有実さまとのお出かけでここは良く車で通り過ぎます、犬の散歩で立ち寄る者、遊ぶ子供達でいつも賑わっていました。

 なのに、今は誰一人、ここにはいなかったのです。


 私の視界を横切る少女の姿。前方の少し離れた公園の中央付近を怯えた表情で全速力で走り抜いていきました。彼女が魔女だと一目でわかりましたが、そんな事より私が驚愕したのはその少女よりも早いスピードで追いかけていく白い外套の集団でした。

 皆、異なる仮面をつけ、その背中には翼が生えています。

「あ、あれは・・・・・・」

 噂では聞いた事があります。しかし、その集団は伝説の魔女アラディア様にすでに壊滅まで追い込まれていたはず。

「魔女狩り・・・・・・」

 私の額に汗が滲みます。推測が正しければあれは魔女狩り部隊ベナンダンティ。私達魔女が悪魔の力を借りるなら、あちらは天使の力を借りて魔女に対抗します。魔女を殲滅するのが目的の私達の天敵。

 乱れた呼吸を整えます。白い集団は十数人ほどでした。でも数の問題ではありません。先頭にいた二人、あの者達の風格だけ他とは別格でした。さぞ上位天使を降ろしているのでしょう。

「・・・・・・とはいえ」

 私は立ち上がりました。見てしまったから。義理がないとはいえ同じ魔女です、見過ごすことはできません。今の私が言えることではないですが、派閥とは元々ああいう輩からの防衛手段だったはず。今、安心して単独で行動できるのは聖地である世螺夢町くらいなはず。

「少し私達は平和惚けしてたのかもしれませんね」

 私の足はすでに彼女が逃げた方向へ向いていました。

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