有美さま、ランキング最下位と対戦す、の巻 (後編)
橋本様と私達はすぐに仲良くなりました。これも橋本様の人柄と申しましょうか、普段殺伐とした世界と背中合わせの私達には橋本様の無垢な雰囲気が癒やしとなっていたのでしょう。
橋本様がここに来て五日目、観光も一通り終え、この屋敷での豪勢な料理や大浴場での感動や驚きもある程度味わいつくしたそんな頃、私は橋本様に一つの提案をしました。
「橋本様、どうでしょう、有美さまとのゲームが後二日を迫りましたが、ここらでウォーミングアップをかねて私と対戦しませんか?」
私がそう言うと、橋本様は目が飛び出るんじゃないかというほど驚かれました。
「え、え、えぇぇっ! 黒江さん、わだしと闘ってくれるんですかっ!?」
「もちろん、橋本様が良かったらですが・・・・・・」
少し酷な事を思えば、橋本様がすごく楽しみにしておられる有美さまとの対戦ですが、始まってしまえば瞬く間に終了してしまうでしょう。それではわざわざここまで尋ねてこられた橋本様が可哀想です。だから、代わりといってはなんですがせめて私と対戦する事でここでの思い出を増やしてもらいたいと思ったのです。
「いやいや、こちらから土下座してでもお願げしたいとこですよっ! 黒江さんだってランキングの低い魔女では要請したって相手にされない大魔女様です、願ったり叶ったりだぁっ!」
興奮して鼻からふんふんを息をもらしています。ここまで喜んでもらえると少し照れてしまいますね。でも、自分でいうのもなんですが、たしかに知り合いでないかぎりランクが低すぎる魔女から要請が来ても多分スルーしていたことでしょう。
それでなくても橋本様のランキングは・・・・・・。
それは橋本様がここに滞在する事になった初日。私はつい勢いで橋本様をここに置くことにしてしまった事、それを少し早計だったと反省すると同時に魔女ネットで橋本様の事を調べる事にしました。
「橋本様は、ニスロク様が魔女イザベルでしたね。・・・・・・ってこれは」
私は確認して驚きを隠せませんでした。二年前に契約、魔女となったその後の対戦成績82戦全敗、七席魔女を抜かしたランキング全魔女359人中359位。つまり最下位って事です。全勝無敗の有美さまとまるで正反対。契約悪魔のニスロク様も首にしないのが不思議なくらいです。悪魔は全部で740万5926体いらっしゃるので、このゲームで最下位といえど参加されているだけで大大大悪魔様なのです。740万5926体の上位366体なのですから。でも魔女は366人しかいません。なので橋本様は正真正銘最弱という事になってしまいます。
「・・・・・・ま、でも同じ事ですかね」
相手はあの有美さま。一桁の魔女でも一分戦っていられるかあやしい。そうなると二桁だろうが三桁だろうが、はたまた最下位だろうが結果も内容もさほど変わりはしないのです。
「では、お願いします」
「は、はい、お、おねげしますっ!」
そんな流れで私達は対戦することになりました。
私の部屋から主に願い、フィールドに移動します。私達の姿が闇に飲まれるようにこの場から消えました。
太陽が燦々と輝き、緑の匂いが吹き抜ける草原に私達は足をつけました。
「さ、どこからでもどうぞ」
「は、はひっ! いぎますっ!」
開始の合図と共に、橋本様は大地を踏み込んで私につっこんで来ました。
初見の相手でもゲーム序盤の動きでその魔女がどのタイプに属しているかある程度予想をつける事ができます。距離をとるか、つめるか、はたまたその場に留まるか。橋本様はいきなり猛突進してきたので、攻撃タイプか防御タイプでしょう、後はほとんどいないレアなスピードタイプ位ですけどその可能性は勝手に除外していました。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
目の前まで迫った橋本様が私に拳を振り上げました。
とても速い、ブースト系のスキルを使っているのでしょう。開始と同時に即時詠唱でステータスの強化を計ったものと思われます。
とはいってもこの位のスピードなら全然対応できます。私は単調な攻撃を体を少しずらし紙一重で躱しました。そしてがら空きで隙だらけの脇腹に強化した拳を食い込ませました。大きく吹き飛ぶ橋本様。宙を舞い大地に頭から落ちました。
「う~ん。ちょっと雑ですね」
気は失っていないようです。私は地面で悶える橋本様の元で足を運び近づきました。
「・・・・・・ぐえぇぇえぇ、やっぱ、わだしでは手も足もでねぇだよ」
脇腹を押さえ苦しむ橋本様を見下ろしながら、この後どうするか考えます。
トドメを刺すか、それとも。
「まだやりますか?」
ここで諦めるなら即刻にゲームは終わらせます。私は勝っても1ポイントしか入らないですし、橋本様にとってもただ苦痛を伴っただけという全く意味のない結果になりますけど。
「・・・・・・手も足もでねぇですけど・・・・・・もう少し付き合ってもらってもええですか? こんな機会もう無いかもしんねぇす。せめてなんでもええんで、なにか掴まねぇと」
橋本様がフラフラになりながらも立ち上がりました。
「立ちますか。・・・・・・なら」
本当はこんな事しちゃ駄目なんでしょうけど、これもなにかの縁です。少しアドバイスを送ることにしましょう。
「橋本様、スキル構成はどうなさっているのですか?」
「え? スキルですか? いや~、よくわかんねぇし、スロットも一個しがねぇがら、なんか初期からあるやついれでます」
私は口を開けポカンとしてしまいました。
「いやいや、開始と同時に即時詠唱で速度強化してたじゃないですか?」
そうです、凄まじい踏み込みでした。
「速度強化? なんずかそれ。そもそも即時詠唱なんて超高度な技わだしが使えるわげないじゃないですか」
言われてみればそうです、即時詠唱は高ランカーならほぼ間違いなく会得している技術ですが、橋本様は最下位、使えるわけがありませんでした。
「ですよね・・・・・・使えるなら最下位に甘んじてるはずありませんものね。て、事は・・・・・・」
最初のあのスピード、無強化であれほどだったのでしょうか。
「橋本様、もしかしてタイプは?」
もし私の予想が正しいのなら、これはとんでもない事になります。
「わだしのタイプですか? よく意識してないんですが、たしか速力だっだがなと」
「!?」
まさかと思いましたがあのレアタイプの速力タイプでしたか。私は驚きを隠せませんでした。速力タイプは、現最強の魔女、七席メディアを代表するように例外なく強力な魔女しかいません。とにかく圧倒的な命中率と回避率を誇り、メディアともなると同じ七席魔女ですらなかなか攻撃を当てるのは困難という。
「・・・・・・橋本様。これから私のいう通りにポイントを使い、スキルを購入してください。もしかして有美さまとの差、少しでも埋まるかもしれません」
「えっ! 本当ですがっ!? わがりましたっ!」
私はもしかして途轍もない過ちをおかそうとしているのかもしれません。でも正当な力を持っているなら引き出してあげるのがフェアな事だと考えます。
私はこの後、一時間ほど橋本様にアドバイスを送りました。
そして、橋本様がここに来て一週間が経ち。自身の誕生日を迎えました。
「よ、よろじくおねげしますっ!」
すでにフィールドに降り立っていた私達、今まさにゲームが開始される直前でした。私は今回特別に観戦という事でこの場にいることを許されました。
「じゃあ始めるよ」
有美さまが動きました。
「レビィヤタン、いくよ~!」
主を呼ぶ有美さま、レビィヤタン様の力が加わるとフォールド全体に広がるほどの蒼いオーラが爆発します。これに飲み込まれるだけで大抵の魔女は戦意を失います。
「すげぇ、すげぇっぺよ、これが頂点に君臨する七席魔女の力・・・・・・」
当初緊張でガチガチだった橋本様は、有美さまの凄まじいオーラを受け飲まれるどころか嬉々をして笑っています。やはり橋本様は元々潜在的な能力がとても高い。
「わだしもいくべよっ! ニクロス様っわだしに力貸してくんろいっ!」
橋本様も主を降ろしました。お互い万全、いよいよ始まります。
「文恵お姉ちゃん、どっからでもかかって来ていいよー」
いつもは指を鳴らしてお終いですが、空気の読めない有美さまも、さすがに一週間寝食を共した橋本様が相手では、少し様子を見てくれたようです。
だけど、有美さま、そこにいるのは最下位の魔女ですが、もう最弱ではありませんよ。
「いぎますっ!」
即時詠唱は出来ない。でも見逃してくれたこの数十秒で、橋本様は一つのスキルを唱えられました。
橋本様に風が宿ります。発動したのは自身の速力を数倍まで伸ばす強化スキル。
無詠唱の時点であのスピード、速力タイプの橋本様にこの力が加われば。
瞬く間に橋本様の姿が消えました。私の目でも追えません。気づいたときにはすでに有美さまと交差し後方へと移動していました。
この時点で勝負はすでに決していました。橋本様が止まった瞬間、橋本様の頭部が破裂。血を噴き出しながら体が前のめりに倒れました。
結果的に見れば瞬殺でしょう、でも。
「・・・・・・橋本様、やりましたね」
私はその亡骸に称賛を送ります。
有美さまは頬を手で押さえながら振り返り、驚いた顔でじっと橋本様を見つめていました。押さえた顔から血が流れています。
有美さまが今までゲームで傷を負ったのは一度だけです。
その相手は同じ七席魔女のモルガン。他の魔女は触れることもできませんでした。それなのに橋本様は触るどころか有美さまに血を流させたのです。
「・・・・・・やるね、文恵お姉ちゃん」
それは有美さまの素直な言葉。それは七席魔女の有美さまに認められたという事です。
そして翌日、私達に別れの時が訪れました。
「いやぁ~、なげぇ間、ほんとにお世話になりましだわー」
頭を下げる橋本様。私達は悲しい顔を見せます。最初はどうなるかと思いましたがこの一週間本当に楽しかった。
「文恵お姉ちゃん、また来てねっ! 絶対だよっ!」
「はいぃっ! 有美ちゃんがそういうならいづでもっ!」
有美さまも橋本様の事をかなり気に入り別れを惜しんでいます。
「橋本様、私もお待ちしていますね。今度はもっとお持て成しさせて頂きますから」
それは私も同じです。橋本様と一緒にいるとなんだかとても安らぎました。
「黒江さん、今更だけんちょも、その橋本様ってのやめでくんねがい。どうが、もっとフレンドリイ~な感じでおねげします」
「そ、そうですか。で、では。・・・・・・文恵さん。・・・・・・では?」
「はいっ! ちゃん付けでもいいんですげどね」
「私、あまりそういうのに慣れてなくて・・・・・・文恵・・・・・・ちゃん。ううう、やっぱり無理です。文恵さんでお許しください」
「あはは、わがりました」
無垢な笑顔を最後に見せ、文恵さんは私達が用意した車に乗り込みお帰りになりました。
私達は遠ざかる車を見送ります。
「・・・・・・黒江。文恵お姉ちゃん・・・・・・強くなるよ。それも相当ね」
有美さまがぽつりと呟きました。
「はい・・・・・・私はもしかしてとんでもないライバルを作ってしまったのかもしれませんね」
自分の首をしめる行為だったのかも、私は少し不安になりました。
「何言ってるのさ、黒江。私は楽しみだよ。文恵お姉ちゃんが私と全力で戦える相手になるかもしれないってね」
「・・・・・・そうですね。元々大きな器を持っていたのです、きっかけが無かっただけですから、遅かれ早かれ開花していたでしょう」
次に会う時は別人になっているかもしれません。
「私達は上から待ってればいいよ。文恵お姉ちゃんが上ってくるのを」
「ええ、追い越されないよう、私も精進しなければです」
その後、有美さまに傷を負わせた魔女として文恵さんは一躍脚光を浴びることとなり、私達の予想通りに躍進します。
別の七席魔女と激戦を演じるまでに成長し、再び私達の前に立つ事となるのですが、それはもう少し先の出来事。