有美さま、山賊を退治するの巻
彼女の事を、他の魔女達はこう呼んだ。
見た目から聖女と。
その圧倒的な強さから天才魔女と。
十一歳の小さな女の子は、契約から一年足らずで七席魔女の名に恥じない働きをみせる。
初戦からいまだ無敗。対峙した魔女達はことごとく四肢を引きちぎられ地面に転がることになる。
嫉妬のレヴィヤタンが魔女、七席キルケーこと有栖川有美はそんな瞬時に終了するゲームに飽き飽きしていた。
まずこの状況をどう説明すればいいのでしょうか。
私達三人は空から自然溢れる広大な山林風景を見下ろしています。
首を少し左に向けると、小さな農村が視界に入ります。畑仕事をしている人、はしゃぎ回っている子供達の姿も見えます。
あまりに忠実に再現されたため現実と錯覚してしまいますが、今私達がいるのはあくまで悪魔が作り出した空間内です。時代は詳しくはお聞きしてませんが、一昔前の日本、そしてたしかに存在していた過去の場所なのです。
何故、私達がこうして空に浮かんでいるかと申しますと、全てはお世話くださる有美さまのためなのです。
「キルケー、聞こえますカァ? 生け贄が来ましたヨー」
そう有美さまに語りかけるのは有美さまの主であるレヴィヤタン様でございます。本来ご自身の契約魔女の前でさえ滅多に姿を現さない悪魔でありますが今は特別に私達の前に顕現なさっております。
とてもとても偉大な悪魔なのですが、その風貌は有美さまと比べても小柄で一見仲の良いご学友のようです。巻き貝のような角や背中に蝙蝠のような翼がある以外は普通の少女と遜色ありません。紺碧の髪や瞳が美しく、思わず女の私も見とれてしまうほどです。
「・・・・・・聞こえる。聞こえるよ。ふふふ、あはは、きゃはははははは、私の、私の生け贄ぇぇぇぇ」
レヴィヤタン様の隣で、嬉々として笑っている少女こそ、私のお仕えする魔女キルケー、有美さまです。ドイツ人の奥様の血を色濃く受け継いで、光を帯びてキラキラ光るそのブロンドの髪や青い瞳を伴う整ったお顔立ちはまさにお人形のようでございます。正直何時間でも見続けられるかと。
それはそうと私自身、ランキング十位圏内の高ランク魔女でございます。決して弱いとは手前味噌ながら思っておりません。いや、だからでしょうか、お嬢様の有美さまが他の魔女とは一線を画す存在というのがよくわかります。やはり七席魔女とまともに対戦できるのは同じ七席魔女だけと申しましょうか、とにかく一桁ナンバーだろうがランキング圏内の魔女と七席魔女とでは土台が違うのでしょうね。
だからなのです、有美さまは退屈で退屈で仕方が無いのでしょう。
対戦しても一瞬で勝負がついてしまいますから。
そんなこんなで日々鬱積する有美さまのモヤモヤが先日ついに爆発いたしました。暴発した魔力で寝室は無茶苦茶、窓ガラスは散らばり、家具は本来の用途をなさないほど粉々に。正直後片付けが大変でした。
その間隔も日々狭まり、困り果てた私はレヴィヤタン様に相談する事に、そして行き着いた打開策がこの、私達の間でガス抜きと呼ばれるストレス解消案でした。
蹄が大地を蹴る音、私の耳にも届きます。視線を右に移すと砂煙を上げながら村の方角へ街道を進む集団が見えました。いわゆる山賊と呼ばれる者達です。ひい、ふう、みぃ・・・・・・ざっと三十人ほどいますね。農村へと続く街道をまっすぐ突き進んでおります。
「いくよぉぉ、いいよね? いいよね?」
有美さまは今か今かと体を疼かせ、鎖が解き放たれるのを待っています。
「は~い、いいですヨォっ! やっちゃってくだサ~~イっ!」
その瞬間、有美さまの大きな瞳がさらに見開かれ、一気に加速、山賊目掛けて飛び出して行きました。
「あ、キルケーッ!? 私の力使わないのデスカー??」
「いいっ! 使ったら瞬きだけで終わっちゃうっ!」
「それもそうデスネー」
有美さまは速度を変えずに、ついに山賊の進む少し先へ落ちました。言葉通り落ちたのです、大地が削られ土砂が噴きあがりました。突然の飛来に山賊達は手綱を力いっぱい引き上げて急停止、何事かと沸き立ちます。
少しずつ、収まっていく砂埃、そこに人影が見え、そこから有美さまの姿が山賊達の目にも映ります。
靡く金髪、見据えるブルーアイズ。突如出現した少女は山賊達にとって今まで見たこともない容姿。ひらひらの上質な紅いドレスを纏っています。先頭で仲間を引いていた頭目らしき男はあまりの現実離れした事象に言葉を失っておりました。
「ひひひひひ、おじさまぁぁ、遊んでぇぇ」
有美さまの両手十本の指が別々に動き出します。私も魔女なのでゲームに参加していますと、戦闘狂や頭のネジがはずれたような輩と時たま遭遇します。オルトルートとか、オルトルートとか、オルトルートとか。しかし、有美さまがそのような変態達と決定的に違うのはひとえに純粋だということです。善も悪もなく、ただ家畜の肉をなんの感慨もなく食すように。後、とても可愛いです。
「お、鬼子・・・・・・!?」
そう頭目の男が口にしたのは頭が地面についてからでした。
馬に跨がる男の体に頭部はすでにありません。有美さまが腕を横に振ったことで強制分離です。
「お頭ぁぁぁあっ!」
次にそう叫んだのはすぐ後ろにいた男、その両手が宙に舞いました。そして顔が輪切りされゆっくりズレ落ちます。
はてさて彼らに刀を抜く暇があるでしょうか、そもそも抜く勇気を持ち合わせているのでしょうか。
あぁ、有美さまが手を振るのを合図に男達から血飛沫が上がります。ここから見ていてもそれはとても綺麗です。
「もっと、もっと、遊んでもらいたいのにぃぃ、なんで、なんで、こんな簡単に動かなくなっちゃうのぉぉっ!」
有美さまは乗り物である馬には一切手を出さずに、男達だけを確実に地へ伏せていきます。 一人、また一人と、命が儚く散っていきます。
ある者は頭を掴まれるとそのまま柔らかい果実のように中身を潰され、ある者は体中の関節があらぬ方向にねじ曲げられ、ハラリヒラリとただの肉片に成り下がります。
しかし、残念です、これではせっかくの有美さまの遊戯の時間もすぐに終わってしまいますね。
残りも後僅かという所、私はもう一度村の方に目を向けました。ここの惨状などつゆ知らず村民の顔は穏やかなものです。千里眼を入れている私にはその表情がよく見えます。
「・・・・・・レヴィヤタン様。この空間は過去を再現しているのですよね?」
「そうダヨー、ちょっと前の日本のどこか。あ、君たち人間には結構昔になるのカナ?」
「・・・・・・そうですか。ならこれが史実では・・・・・・」
「う~ん、私達は勿論いないからネェ、山賊はそのまま村に行っただろうネ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・視てミル? 続き」
「え?」
レヴィヤタン様がそう言い私の額に人差し指を軽く当てました。その瞬間、私の脳裏にフラッシュバックが起こり、襲撃を受ける村の行く末が再生されました。
泣き叫ぶ子供達、必死に抵抗するも無残に切り捨てられる村の男達、若い女は男達の慰みものに、村民達が奪われたのは物だけではなくその先にある未来や尊厳を含んだ全て。
見終えた私の目から涙がこぼれ落ち、すでに数人まで数を減らしていた男達と無数の亡骸を睨むように目を落とします。
「報いを受けろ、ゲス共・・・・・・」
私にしては少し感情的になってそんな事を口走っておりました。
意味の無い事はわかっています。ここはすでに起こりえた過去。ただ、それでも有美さまが奴らの命を奪うたび、私の心が晴れたのもまた事実。
「あ、終わったみたいダヨー」
レヴィヤタン様の言葉に、私は有美さまに焦点を合わせました。馬はすでに逃げ出しており、まるで池のような血だまりの中、有美さまだけが大地に立っておられました。その顔はとても穏やかで、私は一時でも有美さまの気が晴れたのだと思い少しの安堵と嬉しさがこみ上げてまいりました。
このガス抜き行為は効果的のようです。これから度々行うことにいたしましょう。
あ、申し遅れました、わたくし、ランキング六位、ヴァレフォール様が魔女ソルビョルグ、音羽黒江と申します。有栖川家でメイド長を勤めております。以後、お見知りおきを。