とある伝承の解読文より
遠い、遠い。遥か昔。世界は未知で溢れていた。
天災を神の怒りだと畏れ、災害を鎮めるために生贄を要した時代。誰もが事象の事実を知らない、誰もが摂理や法則を認知しない、そんな未知が神による力と謡われていたそんな時代。
そこに一人の男が、世界の中心から未知をすくい上げ、未知を既知と成した。
あらゆる物事を理解した男は、その既知から奇跡を築き上げた。
その奇跡は、火種を使わずに火を起こす。
その奇跡は、儀式もせずに雨を降らす。
その奇跡は、痩せた土地を豊かな物にする。
無から有を生み出すそれは、まさに奇跡。
故に、男はこの奇跡を知識あるものに広げたいと思った。
朝焼けが夜を切り裂くような、そんなある日。全てを焦がすような「光」が空に昇った。
夜の眠りから覚め始めた人々は一様にして空を見上げる。ある者は畏れ、ある者は敬う。
突如として現れた「光」を、神の顕現だと信じて疑わなかった。
そしてその「光」は輝きを増し、粉々に砕けてしまった。
散り散りになった「光」が大地に降り注ぐ様は、神が大地に恵みをお与えになったと思わせるほど美しかったという。
その日から、人々の一部が奇跡を扱えるようになった。
人々は歓喜した。大地を豊かにしようとする者、飢饉を無くそうとする者、天災を払おうとする者が次々と現れ、男はその姿に満足した。
しかしその影で、欲に溺れた憐れな人々が現れだしたのもまた事実であった。
奇跡を用いた戦争は兵を塵と化し、土地を焦土と化した。
それでも尚止まない略奪戦争は日に日に勢いを付け、誰もが目を覆うほど悲惨なものになった。
笑い声が絶えなかった土地が怒号と悲鳴に沈んでいく様を見て、男は熟考する。
「奇跡という事象は、常識の内に存在しないからこそ奇跡と呼ばれるのだ」
奇跡が当たり前になってしまったのなら、それは奇跡とは呼べない。
そして、男は自身の中で渦巻く既知の奔流から必要な知識をすくい上げ、ひとつの奇跡を成した。
夜の闇が夕焼けを侵すように尾を引き始めた、そんなある日。
戦火の炎で焦げた空を溶かすように、「光」が空に昇った。
人々は初めて空に光が昇った日の時のように、縋る様な眼差しで「光」を見上げる。ある者はこの悲劇に終焉を願い、ある者は新たな兵器の誕生に期待を寄せた。
二度目の「光」は、輝きを増すことなく、馴染むように空へと消えていった。
その日から、人々にとって当たり前となった奇跡は姿を消したという。
奇跡に頼っていた戦争は勢いを失くし、土地を豊かにしていた奇跡もその姿を消したことで、人々は奇跡の無い当たり前であった筈の生活を強いられた。
しかし、奇跡が無くなったことで世界が安定したのもまた事実である。
男はそれを見届けると、両腕に幼子を二人抱え、世界の果てへと消え去った。
奇跡が再び世界に顔を覗かせるのは、人々が奇跡を忘れた時代のこと。
ある学者が、奇跡を綴った文献を発掘するまでの事である。
────とある伝承の解読文より。
お絵かきと昼寝が好きな、ロキ子です。初めまして。
初めての創作長編(予定)作品になります。お手柔らかに、よろしくお願い致します…!