『忘却の谷』の残酷な事実
「今日は忙しい中集まってもらってすまない」
ギルドメンバー全員にまずはそう告げる。
翌日、俺はギルドメンバー全員を会議室に集めていた。理由は、この大陸最後のフィールド、『忘却の谷』を攻略するにあたって話すことがあるからだ。
「いえ、それは構いません」
俺の隣に座るエミリアがそう言う。そう言ってもらえるとかなり助かるな。
一度だけエミリアの方を見ると、ゆっくりと立ち上がる。
「呼び出した要件はただ一つ。俺が『忘却の谷』を攻略している間、皆にはここで待っていてもらう」
きっぱりと言い切った俺の言葉に、ギルドメンバー全員が立ち上がった。
「なぜですか!?危険です!」
「今日、ギルド【イーストウッド】から連絡があった。『忘却の谷』のボスに倒され、死に戻りしたミレッシェの記憶がすっぱりなくなったらしい」
激昂したエミリアだが、突きつけられた衝撃の事実に思わず言葉を失った。
「ヘッドセットの不具合、運営のミスなどいろいろな記憶を失った原因が考えられるが、俺はこう考えている。前提として、『忘却の谷』のボスに負けたプレイヤーの記憶が失なわれる、と。これならフィールドの名前、『忘却』と一致するし、ミレッシェが記憶を失った時間とタイミングに辻褄が合う。勿論この仮説が間違っている可能性はあるが、かと言って実際に確かめるわけにもいかない」
俺の考えを喋っている間、誰も立ったまま動くことはなかった。俺より弱いとはいえ、仮にも有名ギルドのギルドマスター。実力は確かだ。それがやられたとなると、少なくともミレッシェよりも強いボスがいると言うことになる。
「俺は今話した仮説が本当のことと決めて行動する。俺は仮にもギルドマスターだ。ログアウト不可能となった今、ギルドマスターにはギルドメンバーの命を背負う責任がある。今までの記憶を失うということは、人格が失われる。人格が失われるということはつまり、一度、その人間は死んだことになる。ということはだ、『忘却の谷』はいわば死地。カヤに聞く。ギルドメンバーに死地へ向かえと言えるか?」
「それは……っ!……言えない」
勢いで反論しようとしたカヤだが、一度はギルドマスターをしただけあって責任はわかっているのか、すぐさま訂正した。
「ですが、ですが!カナが記憶を失ったら、私はどうすればっ!」
いつも冷静なエミリアが取り乱しながら俺に問う。そんなエミリアに、俺は笑った。
「このゲームをクリアするまで、俺は負けない。絶対にだ」
「っ!」
笑みを浮かべながらの言葉だったが、その裏の覚悟が伝わったようで、エミリアは息を飲んだ。
「俺にはまだ【限界突破】がある。少なくともこいつを使えば負けることはないだろう」
少なくとも、今はまだエルドランド以上に強い奴はいないだろう。それに、いざとなったら【半緑龍化】がある。
「ですが、万が一ということもありますし、誰かひとり連れて行ったらどうですか?」
今まで黙っていたフロートが最もな意見を言う。だが、正論がいつも曲がり通るとは限らない。
「じゃあフロート。こう考えて見てくれ。もしフロートがギルドマスターだったら、と。どうする?」
「…………」
「俺と同じことをするんじゃないか?いや、違うな。多分黙って出て行くだろう?」
「はい」
「それに比べたらまだ俺の方がマシじゃないか?」
俺とフロートを比べたら、フロートは口をつぐんだ。
「さて、じゃあそろそろ時間だ。俺は行く」
椅子から立ち上がり、扉へ向かう。そんな俺のまえに、エミリアが立ちふさがった。
「いかせません」
「はぁ…………エミリア、愛してるよ」
「あっ」
圧倒的なAGIでエミリアの横をすり抜ける。その間際に、エミリアの耳元で呟いた。エミリアが振り向いた時には、扉は開かれ、そして閉められていた。




