閑話 ナビゲーターヒユリ
今回はおまけみたいなものなので、ステータス表示はありません。
「……………生き残るために、ですか……」
一人の女性がモニターに向かい、ポツリと零す。そこには一人のプレイヤーが映っていた。そのプレイヤーの名前はカナ。ログアウトボタンが消され、【Skill&Level ONLINE】の世界に閉じ込めたにも関わらず、異常な程に冷静で、現時点で一番レベルの高いトッププレイヤーだ。
「なんだ?珍しいじゃないか。緋百合がプレイヤーのことを考えるなんて」
「ゲームマスター」
ゲームマスターと呼ばれた男は、緋百合と呼ばれた女性のみているモニターを見る。
「カナ、か」
「はい。少し、考える事がありまして」
緋百合が、ゲームマスターの呟きに答える。ゲームマスターは顎をさする。
「それで?その考える事ってのは?」
ゲームマスターの問いに、緋百合は少し沈黙して答える。
「…………あの年齢で、しかもこの状況であそこまで冷静になれるものでしょうか。なにか、他のプレイヤーとは違うような気がして」
「違う、か………例えば?」
「酷く冷めているような…………どこか、達観さえしているような気がするんです。大人でさえ今頃動き出したところです。それなのにカナさんは、冷静に自分を見つめ、今なにをすべきか考えて…………カナさんは「生き残るために」って言っていましたが、それはみんな同じはずです。こう言ってはカナさんに悪いですが、少し………異常です」
「お前さんがそこまであのプレイヤーを気にかけるとはな…………知りたいか?カナのことを」
ゲームマスターの質問に、緋百合は首を縦に振る。
「わかった。それじゃあ教えよう。カナの本名は、金澤真也。年齢15歳。家族構成は、父親、母親、妹、そしてあいつの四人家族だ。お前の冷めているって言った事は多分、解離性同一性障害のことを言っているんじゃないか?」
「多重人格、ですか?」
「まあ、正確には違うがな。あいつの中には多分、自分が二人いる。一つは、年相応の自分。そしてもう一つは、お前の言っているように、酷く冷めている自分と、な…………。曖昧に別れるんじゃなく、はっきりと別れているんだろう。普通は自分が二人いるなんてことはあり得ない。詳しくはわからないが、きっと小さい時に、あいつにとって不幸なことがあったんだろうな。今の技術でもとうてい治す事などできないような、深い心の傷を負うような、不幸な出来事がな。どうしてあいつが二人に別れたのか、わからないが、俺はこういうことじゃないかとおもっている。しょせん、推測でしかないが、いいか?」
「はい」
「あいつが負った心の傷は、心が壊れてしまう程に深いものだったんだろう。心が壊れないようにするためには、自分を二人に分けることしか方法はなかった。だからあいつは無意識のうちに、自分を二人に分けることによって、心を保ったんじゃないか…………というのが俺の推測だ」
ゲームマスターの言葉を聞いた緋百合は、絶句した。それはあまりにも不憫で、可哀想で、あまりにも残酷な理由だったからだ。治す事が出来たならば、もう一度、二人いる自分が一つになれることが出来たのだろう。しかし、ゲームマスターは治す事ができないと言った。それはずっと別れたままだということ。金澤真也はまだ中学三年生。まだまだこれから辛いことや楽しいこと、嬉しいことや悲しいことがあるだろう。辛いときや悲しい時に泣こうとしても、楽しい時や嬉しい時に喜ぼうとしても、別れたもう一つの自分の所為で、出来なくなっている。そういうことになってしまう。そんな理由だったからだ。
「俺の推測を聞いて、どう思った?助けたいと、そう思ったか?」
「はい」
ゲームマスターは、緋百合の返答を聞いて、ニヤリと笑った。
「あいつだけログアウトさせることは出来ないが、その代わり…………あいつを最大限バックアップすることを許可しよう。ナビゲーターとして、あいつにスキル、それから称号を与えることを、お前の任意に任せよう。これからあいつにどんなスキル、どんな称号を与えようと、俺は一切なにも言わん。俺に判断をあおぐことなく、お前の任意で与えることを許可しよう」
「ありがとうございます」
「なに、俺にとっても、優秀なプレイヤーがいなくなることは耐えきれないことだからな。お前がそこまで固執する相手なら尚更だ」
そういってゲームマスターは踵を返し、モニタールームから出て行った。
「絶対に、生きて返してあげるからね………」
モニターに映っているカナの寝顔を見て微笑みながら緋百合は、そう呟くのだった。
感想待ってま〜す。