もう一人の自分
「ここは、どこだ?」
目を開けた俺は、真っ暗な世界にいた。床に足をついているのに、ふわふわと何処かを漂っているような感じがする。例えるならば、夜の海の中にいるような感じだ。
「どこもなにもないだろう。お前の心の中だろうが」
「誰だ!」
俺しかいなかったこの世界に、別の誰かの声が響く。暗闇から姿を現したのは、俺と同じ姿をした人間だった。
「俺?」
「ああ、そうだ。俺はお前。お前は俺。あの時からそうだっただろう?」
ゾクッと、背筋に悪寒が走る。あの時から。それは親に捨てられた時を指しているんだろう。それをなぜ、こいつが知ってる?
「お前は、何者だ?」
怪訝そうに尋ねた俺に、目の前のこいつは、呆れたようにため息をついた。
「お前、少しは落ち着け。昔っからそうだったな、お前。少しは不思議に思わないのか?あそこまで悲惨なことがあって、なぜお前は普通にしていられるのか、な」
「なっ」
その言葉を聞いた瞬間、足の先から脳髄まで、電流が駆け抜けた。こいつの言葉には心当たりがあった。親に捨てられてから拾われるまでの、経験がない。どう言うことがあったか、というのはもちろん覚えているが、自分がそういうことにあったという実感が、ないのだ。まるで、他人からその出来事について詳しく聞いたような、奇妙な感覚がある。実感がないからこそ、通常の人と同じように暮らせているのだろう。
「まさか、お前」
俺しか知らないことを知っていて、そのことを話すこいつの声には、悲しさや苦しみが込められている。それが示すことはただ一つ。
「俺、なのか?」
「さっきからそう言ってるだろうが。まあ、正確にいうと、お前が心が壊れないように生まれた人格ってところだな」
「じゃあ、まだお前がいるのは」
「ああ、まだお前の心はいつ壊れてもおかしくねえってことだ」
虚脱感。とでも言えばいいか。とっくの昔に癒えたと思っていた傷は、塞がっていなかった。 そのことを突きつけられていた俺は、酷く脱力した。
「はぁ、そんな顔すんな。俺がいる限り、お前の心は壊れることはねえよ。ま、その代わり、お前の心が癒えない限り、俺は消えることはないけどな」
「は、はは。そうか」
「なんだよ、喜ばないのか?」
虚をつかれたような顔を浮かべるこいつを見て、少し笑みが零れた。
「喜べるわけがないだろう。もし癒えたとしても、それはお前を犠牲の上に成り立っているものだ。それだけじゃない。今俺がこうして生きていられるのは、お前が全部引き受けてくれたからだろ?お前は喜べるのか?喜べないだろう?お前は俺なんだから」
「はぁ〜〜〜ったく。お前は知らん顔して普通に過ごしてりゃいいんだよ」
頭をがしがしとかきながら、長いため息をつく。やっぱこいつは俺だな。
「取り敢えず、ありがとうな。そして、これからもよろしく。えっと……」
「…………黒。黒とでも呼んでくれ」
苦笑しながらそういう黒は、やっぱり俺に似ていた。
「おっと、時間だな。ほら、エミリアがお前を呼んでる」
「そう、か。じゃあな」
「ああ。また」
黒とそう交わし、何かに引き上げられる感覚と共に、俺の視界は暗転した。




