第一章【旅立ち】 第7話「アルナト狩り」
レアの事がナオに発覚した、翌日―――
ルイとナオは、昼間の分の世話をする為、レアの部屋に訪れていた。
「さ、レア。ご飯だよ〜!」
ルイの隣では、ナオがレアに食事を与えている。まだ二日目だというのに、ナオは献身的に働いてくれていた。
レアも、友達が増えた事が嬉しいようで、今日はいつにも増して機嫌が良い。
「レア、嬉しそうだね。」
ルイがそう尋ねると、レアは「うんっ!」と、表情を輝かせながら言った。
「それよりさ、ナオって“魔法”使えるんだよね?」
「え?うん。少しだけならね。昔、ミリンダさんに教わった事があるから。」
ルイの質問に、ナオは思い出すように答えた。そう。ナオは、少しだが魔法が使えるのだ。
このエルメス大陸には、未だに“魔法”の技術が残っていた。
かつての人間達が残した遺産の一つとされており、広い範囲で使われている。習得するのは難しいとされているが、それでも魔法使いに憧れ、志す物は少なくない。
そして、エルメスでも指折りの魔法使いと呼ばれている“ミリンダ”。
多くの上位魔法を習得したとされている彼女は、魔法の力を使って人々を幸せにする為、世界各地を旅して回っているのだ。
数年前、フィエルの村にもミランダが訪れた事があった。2週間ほどの短い滞在だったが、ナオはその際、ミリンダから魔法を教わっていた。
「でも、ミリンダさんってやっぱり偉大な魔法使いだよ。教え方がね、すっごく分かりやすいの。」
ナオは両手を大きく広げるようなジェスチャーをしながら、そう言った。やや興奮しているのか、声も弾んでいるように聞こえる。
「へぇ〜!じゃあ、少し見せてくれないか?魔法……。」
魔法を見せればレアも喜ぶのではないかと考えたルイは、ナオに言った。
「えぇ!?……う〜ん、今でも出来るかなぁ……私、あまり練習してないし……。」
ナオは自信無さげにそう言った。確かに、ナオが不安になる気持ちも分かる。数年前……それもたった二週間だけしか教わらなかった魔法を、人前で披露しろと言うのだ。ナオでなくとも緊張するのは当然だ。
「大丈夫だって!ナオなら出来るよ。それに、レアも喜ぶだろうし。」
“レアも喜ぶ”という言葉が、ナオの心を大きく揺さぶった。レアが喜んでくれるなら、やってみても良いかもしれない……。そうナオは思った。
「う……分かった。やってみるよ。」
やがて意を決したかのように、ナオは言った。ナオの魔法を見るのは、ルイも初めてだ。ナオがどれくらいの腕を持っているのか。ルイはまだ知らなかった。
ナオは両手を胸に持って行き、何かを包むかのように構えた。そして目を閉じると、呪文のようなものを唱え始める
「……リ・デルテ・エルダ・フレイ……。」
と同時に、ナオの両手の中に、光が収束し始める。やがてその光は、“ボッ”という音を立て、小さな炎に変わった。
「へぇ〜……小さいけど、ちゃんとした魔法じゃないか。」
まさか本当に魔法が使えるとは……僕は驚きを隠せなかった。レアも不思議そうな表情を浮かべて、魔法を眺めている。
「どうやら成功したみたい。良かったぁ……。」
ナオが安堵のため息を漏らす。人前で見せるという事で、本当に緊張していたようだ。
「ありがとな、ナオ。」
ルイはナオの頭を、優しく撫でてやった。ナオは気持ち良さそうに目を細めると、
「えへへ……。」
にっこりと、照れたような笑いを浮かべた
「二人とも、レアの世話は順調か?」
昼間の分の世話を終え、薪割りをやっていたルイとナオに、ケレンが話しかけてきた。
「ああ。順調さ。ナオも良くやってくれているしね。」
「そうよ!心配しなくても、私に任せれば問題なし。」
ナオは自信満々に言うが、その自信は決して虚勢ではない。ナオが加わった事で、本当に問題が無くなったと言っても過言では無いのだから。
「そうか。なら安心だな。これからも、レアを頼んだぞ。」
ケレンはルイとナオに手を振ると、自分の仕事に戻っていった。
やはり、ケレンもレアの事が心配なのだろう。きっと、毎日気になって仕方が無いのだ。
「じいちゃんが安心できるように、僕達も頑張らなきゃな。」
ルイはそう決意すると、再び巻き割りの仕事に戻った。
「それじゃあ行こうか、ナオ。」
「うんっ!」
夜―――ルイとナオは、地下室に向かう準備をしていた。準備とは言っても、食事を作るだけなのだが。
「えへへ。今日は私の最高傑作を作っちゃおう。」
キッチンに立つナオが、嬉しそうに鼻歌を歌いながら言った。キッチンからは、香ばしい香りが漂ってくる。この香りは……ドーナツだろうか。何にしろ、最高傑作に近い作品が出来る事は確かだ。
「へぇ。それは楽しみだ。」
「お兄ちゃんが食べるんじゃないでしょ。」
ナオは頬を膨らませると、少しだけ怒ったように言った。こういった素直な反応をしてくれるナオは、実にからかい甲斐があるのだ。
「さて、それじゃあ行こうか。」
「そうだね。」
ルイ達は食事を持って家を出ると、図書館へと向かった。
図書館までの道は、暗く不気味だ。怖がりのナオは、ルイにベッタリとくっついていた。
「ナオ、くっつきすぎだって。歩きにくいだろ。」
「だって……怖いから。」
目を潤ませてルイに訴えるナオ。この動作にめっぽう弱いルイは、素直にナオに従うしかないのだ。
しかし、何を今さら……昨日は僕を尾行していたではないか……そう心で思うも、口には出せないルイであった。
「や、やっと着いたぁ〜。」
ようやく図書館の前まで到着する。とは言っても、3分も歩いてはいないが。ナオにはこんな短い道のりでも、恐怖に感じたようだ。
「ん……?お兄ちゃん、あそこ、人影が……。」
不意に、ナオが図書館の屋根を指差し、そう言った。
「え……?」
そこには、確かに人影があった。辺りは暗い為、姿は確認できないが、人影が6つ、図書館の屋根の上に確認できた。
「一体、アレは……。まさか、村人か?だとしたら、まずいな……。」
「と、とにかく、一度家に戻ろ?」
「そ、そうだな。」
ナオの提案に従い、家に戻ろうと後ろを振り返ると―――
「―――!?」
そこには、黒いローブを着た男が6人。ルイ達を睨みながら、立っていた。
6人はそれぞれ、右手に武器らしきものを持っている。武器の刃が月明かりに照らされ、キラリと光る。それはまるで、“食い殺してやる”と言わんばかりの不気味な輝きだった。
一体、こいつらは……。
「おい貴様ら。アルナトはどこにいる?」
男の中の一人―――ゴルドが、ルイ達に向かってそう尋ねた。突然の事に、ルイとナオは何も答える事が出来ない。
「さっさと言え。言わねば殺す。」
男は手にしている大剣をルイ達に向け、冷めた眼差しで言った。
「一体、おまえ達は……」
やっとの事で搾り出したその言葉。だがその言葉も、ゴルドの更に大きな声に掻き消される。
「質問しているのはこちらだ!さっさと言え!死にたいのか!」
ゴルドの大声に、ナオはビクリと反応し、ブルブルと震えている。せめて、ナオだけは守らなくては……。だが、恐らくこの男には何を言っても無駄だろう。だからと言って、レアの居場所を話す訳にもいかない。
(どうすれば……。)
ルイは考えるも、良い案は浮かばない。やがて痺れを切らしたゴルドが、ルイに向かって言った。
「もういい。貴様らは役に立たん。殺す。」
ゴルドは手にしている大剣を大きく振り上げる。同時に、大剣の重さに空気が揺れた。冷たい風が、ルイの頬を掠める。
「じゃあな、ガキども。」
もう、ダメだ……。ルイは、深い絶望を覚えた。こんなにも大きな剣で切られれば、ひとたまりも無いだろう。
やがてゴルドの大剣が、僕に向かって振り下ろされた―――
……。
…………。
「……?」
大剣が振り下ろされて数秒経つが、ルイもナオも死んでいない。それどころか、何の痛みも感じなかった。
「一体、どうして……。―――!?」
不思議に思い顔を上げると、そこにはゴルドの大剣を受け止めるケレンの姿があった。ケレンは手に持った剣を両手で構え、迫り来る大剣の力に必死に抗っていた。
「く……。ルイ、ナオ!逃げろ!」
ケレンの痛烈の叫び声が、ルイの耳に届く。だが、ここでルイが逃げたら、ケレンは……。
「でも、今逃げたらじいちゃんが……。」
「ワシに構うな!さぁ、早く!」
ケレンはルイの言葉を遮るように、声を張らせた。
ここでジッとしていても、何にもならない。今逃げなければ、祖父の助けを無駄にしてしまう。そう判断したルイは、
「ゴメン、じいちゃん!」
ケレンに向かってそう叫ぶと、ナオを連れて図書館の方へと駆けていった。“地下室になら、何かあるかもしれない……”。そんな希望を胸に―――
「チ……。老いぼれが。……まぁ良い。おいお前、アルナトはどこにいる?」
今度はケレンに標的を変えたゴルドが、厳しい口調でケレンに問い質す。だが、ケレンは一度、“フッ”と笑うと、
「さぁな。ワシを殺せたら教えてやる。」
ゴルドを挑発するかのように、そう言った
「死んだら喋れねぇだ……ろっ!」
その声と同時に、ゴルドは大剣に力を込め、一気に振り下ろした。
同時に、ケレンは横に倒れこむ事でそれを交わす。
「ほう。少しは粘るのか?」
「それはこちらのセリフだがな。行くぞっ!」
ケレンは剣を構えると、ゴルドに向かっていった。ケレンの剣が、ゴルドの顔面を捉える。
「ふんっ。」
が、ゴルドはそれを紙一重で交わすと、ケレンの腹部に強烈な蹴りをお見舞いする。蹴りはケレンの肋骨を的確に捉え、数本を叩き折った。
「がはあっ!」
口から大量の血を吐き、ケレンは倒れる。剣はケレン手を離れ、ケレンの僅か前方に落下した。
「ふん。老いぼれが図に乗るなよ。さぁ、アルナトはどこにいる!?」
ゴルドは大剣をケレンへと向け、有無を言わさぬ口調で言った。
「く……。」
ケレンも危険だと悟ったらしい。顔を真っ青にし、悔しそうにゴルドの顔を見つめていた。
その時―――
「ごるぁぁ!何やってんだてめぇぇ!」
「―――!?」
不意に、ゴルドを怒鳴りつける怒声が聞こえた。ケレンは、怒声が起こった方向へと顔を向ける。
「おうコラ。俺らの村長に何の用だ!アァ!?」
そこに立っていたのは――――フィエル一の巨体を誇る羊飼い、ジルだった。
いや、そこにいるのはジルだけでは無い。見れば、村の大人達が全員、手に鍬などの農具を持って立っている。
「俺らの村長に手ェ出す奴ァ、誰だろうが許さねぇっ!」
「「「「「「そうだ〜っ!」」」」」」
ゴルドにも劣らぬジルの大声に、村人達も続く。フィエルの村の村長、そしてルイとナオの祖父でもある、ケレン―――彼は、村中の人々から愛されているのだ。
「ゴミ共が何人集まろうが、所詮はゴミだ。お前ら、行け。」
ゴルドは、横に控えていた5人の黒ローブの男達にそう指示した。指示を受けた男達は、それぞれの武器を構え、村人達と対峙する。そして―――
シュンッ―――
刹那、男の一人が消えたかと思うと、一瞬でジルの前へと移動する。そして、手にしている槍を、ジルの腹へと突き立てた。
「ぐっ!」
ジルはその槍を、手に持っていた鍬で弾くも、あまりのパワー差によろめいてしまう。黒ローブの男は、その隙を見逃さなかった。一瞬で槍を構え直すと、その槍をジルの脚部に突き立てる。
グサァッ―――
「ぐぉぉぉぉぉぉっ!!」
槍はジルの脚部に突き刺さり、そのまま貫通した。激痛のあまり発したジルの叫びが、夜空に響き渡る。
「ジ、ジル!」
ケレンがジルの名前を呼ぶ。自分のせいでジルを傷つけてしまったという悲しみが、その声には込められていた。責任感の強いケレンならば、尚の事だ。
「こ、このぉっ!」
今度は別の村人が、黒ローブの男へと鍬を振り下ろす。 だが、その鍬も男に片手で止められてしまう。男はその鍬を圧し折ると、村人の顔面に渾身の蹴りをお見舞いした。
「ぐぅっ……。」
“バキッ”という鈍い音を立て、倒れる村人。しかし、それだけでは終わらなかった。今度は別の4人の黒ローブの男達が、残りの村人達を襲い始めたのだ。
「う、うわぁっ!」
「ひ……ひぃ!」
「このぉぉぉぉ!」
手にした武器で、次々と村人達を地に沈めていく黒ローブの男達。
村人達も手に持っている農具で応戦するも、戦闘能力の差は歴然だった。黒ローブの男達は村人の攻撃をものともせず、村人達を襲っていく。
「み……みんな!」
ケレンは村人達を助けようと、力を振り絞り、立ち上がる。だが、立ち上がったケレンの顔面に、再びゴルドのケリが炸裂する。
「ぐっ!」
小さな叫び声を上げ、再び倒れるケレン。ゴルドは更に追い討ちを掛けるかのごとく、ケレンの頭を踏みつけた。
「さぁ!ここで見ていろ!村人達がやられていく様を!これ以上村人を傷付けたくなかったら、アルナトの居場所を言え!もっとも、もう手遅れの奴もいるだろうがな。」
ゴルドは言い終えると、半ば叫び声にも近い下品な笑い声を上げた。
次回予告
和えかなる村に、突如訪れた悪夢―――
「そんなのイヤ!!」
次々と倒れていく村人達―――
「レア……残念だけど、今日は遊んであげられないんだ。」
彼らを守りたい―――
「ルイ……死んじゃイヤ……!」
その想いが空に響き渡るとき―――
「果てるわけにはいかないんだッ!」
少年は“覚醒”する―――
次回 第8話「目覚めし剣」