第一章【旅立ち】 第6話 「穏やかなる調和」
「ナ……ナオ……!」
どうしてここにナオがいるのだ。ここへの入り口は、自分しか知らないはず。まさか……つけられたのか。
ルイの頭は混乱していた。本来、ここに居てはいけない人物の登場に、動揺を隠し切れない。
「お兄ちゃん……これ……どういう事……?その子、誰……?」
まずい、何とかしなければ。
ルイは必死で言い訳を考えるが、頭の混乱と同様で、どうしても良い言い訳が思い付かない。まさに、万事休すだった。
「か、彼女は僕の友達で……」
我ながらバカな言い訳をしたと、ルイは思った。
「どうして友達が地下にいるの……?」
「そ、それは・・・・・・」
ナオの言葉に、ルイは何も言い返すことが出来なかった。
今のルイでは、何を言ったところで墓穴を掘ってしまうだけだ。
「……ッ!」
ナオがレアを見て、何かに気付いたようだ。
目を細め、レアをまじまじと見るナオ。その表情は、驚きと混乱が入り混じっているようだった。
「……左右の瞳の色が……まさか、その子……アルナト……」
「……!」
こういった時のナオは、とてつもなく鋭い。いつも以上の観察力と注意力を持っている。もう、言い逃れる事など不可能に近かった。
(ど、どうすれば…・・・)
考えるが、今のルイの頭では良い案など思いつくはずも無かった。が、一応の思考力だけはあったらしく、ある考えを思いついていた。
「一度、おじいちゃんの所に行こう。」
「……分かった。」
そう言うと、ルイとナオは、レアの部屋を後にした。
部屋には、不思議そうに首を傾げたレアだけが残された。
「……見つかってしまったか。」
「ゴメン……おじいちゃん……」
ルイは顔を伏せ、先ほどからずっと謝っていた。
一方ナオは、ケレンの顔から目を離さず、ジッと見つめていた。
「まぁ……ナオは鋭いからな。いつかはこんな日が来てしまうのではないかと思っていたよ。」
ケレンは穏やかな顔でそう言った。
思い切り怒られると思っていたルイは、ケレンの意外な態度に驚きを隠せなかった。
「どうして、私に隠していたの!?」
突然、ナオが声を張り上げて言った。
ナオの態度に、ケレンは「ふむ」と一声あげると、
「……ナオにも話そう。レアの事をな……。」
静かにそう言った。
「そうだったの……」
全ての話を聞いたナオは、驚きを隠せない様子だった。
今までレアが味わってきた苦痛、悲しみ、悲劇……それらに触れ、人一倍感受性の強いナオは、心から同情したようだ。
「私も、これからはお世話を手伝っても良い?」
感受性と共に、母性本能も人一倍強いナオは、ケレンに問う。
その問いに、ケレンはにっこりと笑って言った。
「ああ。よろしく頼むよ。……ただし……。」
ケレンはキッと表情を厳しくし、続けた。
「絶対に、見つかってはいけないぞ。」
ケレンのその言葉に、ナオは表情を引き締める。
「うん!努力する!」
こうして、ナオもレアの世話に参加する事となった。
ナオならば、しっかりと世話をしてくれるだろうと、ルイも安心していた。
それに、レアに一人友達が増えることになる。それは、ルイにとっても非常に嬉しい事だった。
だが、この胸騒ぎは何だろう。
ルイは喜びと同時に、妙な胸騒ぎを感じていた。
「レア、紹介するよ。僕の妹、ナオだ。」
ルイは、早速レアにナオを紹介する事にした。
「は、はじめまして!ナオです!よ、よろしくね。」
ナオは、柄にも無く緊張しているようだった。
そんな様子が可笑しくて、ついついルイは笑いを漏らしてしまう。
「な、何よ!」
「ごめん、何でもない。けど、ナオが緊張してるなんて・・・・・・ははは。」
そんなルイの態度に腹を立てたのか、ナオはルイの足を思い切り踏みつけた。
ギュッ――!
「い、いたたたたたた。」
「クスクス・・・・・・」
そんなルイとナオの様子を見て、レアはクスクスと笑っている。
「も、もう。お兄ちゃんのせいで、笑われちゃったじゃない。」
「あはは。ごめん、悪かったよ。」
だが、結果的にはナオとレアが触れ合うきっかけとなった。これで良かったのかもしれないな、とルイは思っていた。
「それじゃ、早速仕事しようか!」
「うん!」
ナオは、ルイが思った以上に頑張ってくれた。
ルイはレアと一緒に風呂には入れないので、代わりにナオが一緒に入る事となった。これで、入浴中にもレアに寂しい思いをさせることは無い。
そして、洗濯や掃除。こういう面では男であるルイよりも、女性であるナオの方が能力を発揮するらしい。
「ナオが来てくれて、本当に助かったよ。」
「そう?エヘヘ……なんだか照れちゃうな。」
ナオは、ルイが褒めると直ぐにデレっとなってしまう。これで、先ほどのルイの不祥事も許してくれるだろうか。
「むかしむかし、ある所に……」
一通りの仕事も終わり、ナオは、レアに本を読み聞かせていた。レアは、興味津々と言った様子で、ナオの話に耳を傾けている。
ルイは、そんな二人の様子を、レアのベッドの上から見守っていた。
(二人とも、もうあんなに仲が良さそうだ。きっとレアも喜んでる。ナオが来てくれて、本当に良かったよ。)
ルイがそんな事を思っていると、ナオに本を読み聞かせてもらっているレアが、ルイの所へと歩み寄ってきた。
「ん?どうかしたの?レア?」
レアの突然の行動に、驚きを隠せないルイ。
「一緒に、本読もう・・・・・・?」
レアはそう言うと、ルイの腕を引っ張り、ナオが待っているところまで連れてきてしまう。
「わ、わざわざその為に?」
「……うん。」
ルイは、レアの行動に驚いていた。
本を読んでもらっているのを中断してまで、ルイと一緒に本を読みたかったレア。そんな彼女の気持ちに触れ、ルイは驚きと同時に喜びも感じていた。
「そうだね。それじゃ、一緒に読もうか。」
「……うん!」
ルイがそう言うと、レアはにっこりと笑顔を浮かべ、再びナオの話に耳を傾け始めた。
「それじゃ、そろそろ行こうか、ナオ。」
「そうだね。」
ルイとナオは、地下室から帰ろうとしていた。これ以上いては、流石に睡眠時間が削られてしまうし、明日も仕事はある。寂しいが、仕方の無いことだ。
「また……来て……?」
レアが寂しそうな表情で、二人に言った。
「もちろんだよ。毎日来るから、安心してね。」
「私も来るよ。だから、少しだけ我慢しててね。」
ナオはそう言うと、レアの頭を優しく撫でた。レアはくすぐったそうに身を縮め、ナオの手の感触に身を任せていた。
「それじゃあね、レア。」
「バイバ〜イ!」
バタンッ――
鈍い音を立てて、扉が閉まる。
ルイは、この瞬間が嫌いだった。ルイが、レアと離れなくてはならない時間。そして、レアが一人ぼっちに戻ってしまう時間。
できれば、この時間はこないで欲しい。しかし、これは仕方の無い事。
ルイは、毎日そう自分に言い聞かせていた。
「フィエルの村……もうすぐだな。」
フィエルの村から、少し離れた山道―――ゴルドは、そこで休憩を取っていた。何しろ一日中歩きっぱなしだ。いくら身体能力を強化したゴルドとは言え、疲れは感じる。
「ゴルド様。明日には、フィエルの村に到着できるかと。」
黒いフードを被った男が、ゴルドに言った。その男の右手には、槍を思わせる武器が握られている。
「そうか。ご苦労だった。お前も今日は休んでおけ。」
「はっ!」
ゴルドの言葉に、フードの男は声高く返事をすると、ゴルドの元から離れていった。
見れば、ゴルドの周りには、黒いフードを被った男達が、約5人。それぞれが、右手に歪な武器を構え、立っていた。
「さぁ、全員今日は休め!明日は……多くの血が飛び交う事になるだろうからな。」
ゴルドは自分の大剣をペロリと舐めながら、ニヤリと笑みを浮かべ、そう言った。
次回予告――
ずっと続くと思っていた平和――
「さ、レア。ご飯だよ〜!」
絶対だと思っていた平和――
「それよりさ、ナオって“魔法”使えるんだよね?」
だけどそれは、僕達が思っていたよりも脆くて――
「ああ。順調さ。ナオも良くやってくれているしね。」
そんな平和は、ある日突然――
「ん……?お兄ちゃん、あそこ、人影が……。」
崩れ去った――
「おい貴様ら。アルナトはどこにいる?」