第一章【旅立ち】 第4話 「レアのお世話」
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誕生日の翌日――夜中の十二時。
ルイは、フィエルの図書館にいた。もちろん、レアの世話をするためである。
食事を持っていったり、洗濯物の処理をしたり、入浴の手伝いをしたり……といったことをするようだ。
ケレンの話だと、この図書館の隠し扉から通じる地下室に、レアはいるらしい。
最初は、村の子供達に見つかってしまうのではないかと心配だった。だが、こんな真夜中では子供達も寝静まっているのだろう。誰にも気付かれる事はなかった。一番の心配だったナオも、どうやら熟睡しているようだった。ひとまず安心といったところか。
「えっと……隠し扉は……。」
隠し扉の大体の場所は、ケレンから聞いている。だが、真夜中である為、館内は真っ暗だった。そのため、それを探すのにさえ少々の手間を必要とした。
「ん〜……と。どこだ……どこだ……ん……?お、あったぞ。あれかな?」
ルイは、図書館の奥にひっそりと佇む、ひとつの扉を発見した。
なるほど。目立たぬようにひっそりと、さらに布を被せて発見を防いでいる。これでは、最初からあると認識していない限り、見つけるのは困難だろう。
ギィ……
「うわぁ……。」
ルイが扉を開けると、地下へと続く階段が現れた。随分と深いのか、明かりで照らしても底は見えない。それが、何とも言えぬ不気味さを醸し出していた。
「んじゃ、行きますか……。」
ルイは覚悟を決めて、階段を下りた。
コツ……コツ……コツ……
薄暗い階段に、ルイの足音だけが不気味に響く。
壁の侵食から、この地下室自体は随分と古いもののようだ。さらに、壁には草のツタを思わせるような紋様が所々に刻まれている。……何かの儀式に使われたのだろうか。
そんなことを考えているうちに階段を下り終え、広い廊下に出る。
廊下は、かなり奥のほうまで続いていた。
ルイは、レアの部屋を探すべく、廊下を歩く。
階段と同じく廊下も長いらしい。明かりで照らしても、一番奥が見えることは無かった。
「おっと・・・ここかな?」
しばらく歩くと、ルイは目の前に、ひとつの扉を発見する。
他の扉とは、明らかに違う装飾。
「……開けてみよう。」
ルイは扉に向かって手を伸ばし、おもむろに開く―――
ガチャ―――……
――その部屋は、中々の広さを誇っていた。さらには大きなベッド、ろうそく、そしてテーブル、ドレッサーなど、大方の生活に必要なものが揃っていた。また、最近使った形跡もある。
……間違いない。ここが、レアの部屋だ。
「レアー?いるかい?」
呼んでみるが、返事は無い。
おかしいなぁ、と思いつつ、ベッドに近づいてみる。すると――
「すぅ……すぅ……」
いた――
レアは、ベッドで熟睡していた。すぅ、すぅ、と規則的に寝息を立てている。その寝顔は、妖精のように美しかった。
やはり、マジマジと見てみると、レアの顔と体は幼い。人間で言えば……12,13歳くらいだろうか。そうなると、レアは12,13歳程度で歳が止まったことになる。こんなにも幼い外見の少女が、自分よりもずっと長い間生きているのだということを、ルイは信じられなかった。
だが、その事実は彼女がアルナトだという事を証明していた。
「ん……」
レアの睫毛が、ピクリと動く。起こしてしまっただろうか。
「ん……んぁ……ふぁ……」
レアはベッドから体を起こすと、眠そうに瞼を擦り、大きなあくびをした。
「おはよう、レア。目覚めはどう?」
「……ん……。」
ルイが尋ねると、レアは相変わらず眠そうに短く答えた。
やっぱ、まともに会話するにはまだ早いかな。と、密かにルイは思っていた。
「じーーーーっ……」
突如、レアの視線が、ルイに向けられる。
「な、何だよレア。そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃないか・・・」
レアの突然の見つめ攻撃に、ルイは若干動揺してしまう。
「じーーーーーーーっ……」
それでもレアの視線は逸れることなく、ルイのいる場所を的確に捉えていた。
「レ、レア……。」
「じーーーーーーーーーーーーーーーーーっ……」
レアの視線に耐え切れなくなったルイは、食事を乗せたお盆を机の上に置き、レアに近づこうとする。
「……!じーーーーーーーーーーーーっ……。」
が、レアの視線は、今度はルイがお盆を載せた机に向けられていた。
「え……?まさか……。」
次にルイは、机に置いたお盆を、床に置いた。
するとどうだろう。レアの視線は、今度は床に向けられる。
そう。レアは、「ルイ」ではなく「ルイの持ってきた食事」を見つめていたのである。
「あはは……レアでも食い気には勝てないか……。」
ルイはそう言いつつも、少々残念そうである。
「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ……。」
レアは、尚も食事を眺め続けている。
「はいはい。分かったよ。分けるから、ちょっと待っててね。」
ルイは持ってきた食事の中から、レアの分を分けた。
「どうぞ。おかわりもあるから、どんどん食べてね。」
「・・・・・うん。」
レアはそう言うと、ルイが持ってきた食事を、実に美味しそうに食べ始めた。
数分が立ち、やがてレアの食事も終わる。
ルイはコミュニケーションを取るべく、レアに話しかけた。
「レア、最近どうだい?」
特に意味も無く、ルイはそう尋ねた。
「……何が……?」
案の定な返事。もっとも今の質問では、誰もがそう聞き返すだろうが。ネタも無く話しかけても、レアにはやはり通じるはずが無い。
「ん〜……毎日楽しいかなって……」
「……。」
ルイの問いに、レアは突然黙ってしまう。
……考えて見れば、レアはこんな地下室に毎日一人ぼっちだ。楽しいはずなど、ある訳が無いではないか。
ルイはこの空気を打開すべく、話題を変えることにした。
「そ、そうだ!レア!お風呂に入ろう。用意してあるから。」
「……!うん……!」
レアの顔に、少し輝きが戻ったような気がする。レアは入浴が好きなのだろうか。
ともかく、レアの顔に笑顔が戻ったことは一安心だった。
ルイとレアは、図書館に設備されている浴場に向かった。
「へぇ〜……ここが図書館の浴場か。結構大きいんだな。」
ルイは、この浴場を見るのは初めてだった。結構な大きさである。後は、レアを入れさせるだけなのだが……。
「レアー!僕は外で待っているから入って―――!?」
ぬぎぬぎ……
「〜♪」
ルイの退出を待つこと無く、レアはもう既に服を脱ぎ始めていた。
「レ、レア!まだ僕がいるのに!」
「……?」
ルイはそういうが、レアは何の事だと言わんばかりに首をかしげている。
「も……もう!」
ルイは、レアの一糸纏わぬ裸体を見ないよう目を塞ぎながら、すばやく浴場を後にした。
「まずは……常識を教えなきゃかなぁ。」
やがてレアの入浴も終わり、ルイ達はレアの部屋に戻ってきた。
「……はぁ〜……。」
レアは先程から、気持ち良さそうなため息を吐いていた。どうやらご機嫌なようだ。やっぱりお風呂が好きだったらしい。
「大変だったけど、楽しかったよ。ありがとう。レア。」
ルイは、レアにそうお礼を言った。
そうなのだ。慌ただしくはあったが、実際、楽しかった。こんな毎日が続いたらいいなと思えるほどだった。
「……うん……!」
レアはうなずいて、にこりと笑った。ルイはこの笑顔がたまらなく好きだった。
ふと気がついてみると、結構な時間が経っていた。
「さて、じゃ、僕もそろそろ行くよ。またね。」
そう言って、ルイは部屋から出て行こうとする。しかし――
ガシッ――
「え?」
部屋を出ようとするルイの手を、レアはしっかりと掴んでいた。
「・・・また、来て・・・?」
ルイにはレアの言葉が嬉しかった。
ルイはレアに微笑み返し、優しく言った。
「うん。約束する。また明日来るよ。」
ルイがそう言うと、レアは安心したように、掴んでいた手を離した。
「じゃあね、レア。」
ルイはレアに手を振り、部屋を後にした。
温かみのあるレアの部屋を出た途端、地下室の冷たい空気がレアに纏わり付いた。
コツ……コツ……。
再び地下室に響き渡る、ルイの足音。その足音は、何とも言えぬ孤独感を醸し出していた。
そんな中、ルイはふと思った。
レアは、すごく寂しかったんじゃないだろうか。こんな地下室に、14年間も一人きりで過ごしていたのだから。彼女は孤独だったのだろう。家族もいなければ、友達も、何かを教えてくれる先生もいない。
……ならば、僕がなろう。
レアの家族であり――
友達であり――
先生である存在に。
そう決意して、ルイは地上に戻っていったのだった。
次回予告
縺れていく糸――
「今日は少し遅くなっちゃってゴメンね。ナオを振り切るのが大変でさ。」
彼女は僕の予想以上に鋭かった――
「お兄ちゃん!私に何か隠してない!?」
そして、守りたいもの――
「一体、何を隠してるのよ、お兄ちゃん・・・・」
そして彼女は、一線を越える――
「お・・・おにぃ・・・ちゃん・・・」
次回 第五話「発覚」