祖母のおはぎ
僕は子どもの頃からお盆が嫌いだった。
毎年、父と母に連れられて長野にある祖父母の家に行っていたのだが、そこでかならず祖母がおはぎを振る舞ってきたからだ。
僕は正直おはぎはそんなに好きではない。
甘ったるいし、ねちょっとしてるし、口の周りはベトベトするし。
けれども祖母は僕たちが来ると大量のおはぎを用意して待っていた。
僕が頬張ると祖母はいつも「おいしいかい?」と聞いてきた。
ここで素直に「おはぎは嫌い」と言えればよかったのだけど、子ども心に祖母の悲しむ顔が見たくなくて毎回「うん」と頷いていた。
そのたびに祖母は「よかったよかった」と嬉しそうに笑っていた。
その笑顔がまた僕に後ろめたさを感じさせた。
きっと祖母は僕がおはぎが大好物だと思っていたに違いない。
僕が中学にあがった時も、お祝いと称してたくさんのおはぎを作ってわざわざ長野から持ってやってきた。
「月日が経つのは早いねえ。まだあんなに小さかったと思ってたのに、もうこんなに大きくなっちゃって。中学入学おめでとうね」
「うん、ありがと」
祖母の好意は嬉しかったが、おはぎは嬉しくなかった。
※
そんな祖母も、ある年を境におはぎを作らなくなった。
僕が大人になったというのもあるけど、思うように身体が動かなくなってきたらしい。
「ごめんねぇ、今年はおはぎは振る舞えないねぇ」
そう言って申し訳なさそうに笑う祖母の顔は、なんだかとても寂しそうだった。
「実はおはぎは嫌いなんだ」
その一言が言えればきっと祖母も寂しい顔をしなくてすんだだろう。
けど言えなかった。
きっと言ったら言ったで、好きでもないものを無理に食べさせていたという罪悪感で余計悲しい顔をさせてしまうだろうから。
だから僕は「そうなんだ、残念」と心にもないことを言った。
「今度来るときは、ちゃんと用意しとくからね」
それが帰るときの決まり文句だった。
けれども、その約束はついに果たされることはなかった。
祖母が急な病で帰らぬ人となったのだ。
あっという間のことだった。
知らせを受けて向かった時にはすでに葬儀の手配も何もかもが終わっていた。
親族だけで行われた葬儀のあと、祖父から一枚の紙を渡された。
「死ぬ前にこれをお前に渡してくれって」
それはおはぎの作り方だった。
今時おはぎの作り方を紙で見るなんてあまりない。タブレットで検索するのが主流だ。
けど祖母はどうしても自分のおはぎを僕に食べさせたかったのだろう。
もち米と白米の割合や水加減など事細かく記されていた。
僕はそこで初めて祖母のおはぎがもち米100%ではないことを知った。
「ありがとう」
祖父にお礼を言っておはぎのレシピを受け取った僕は、二度と食べられないであろう祖母のおはぎが恋しいと感じた。
※
祖母の死から数週間が過ぎた。
いつものようにデスクで仕事をしていると、外回りに出ていた営業マンたちが大きな箱を持って帰ってきた。
「おーい、金華堂のおはぎ買ってきたぞー。みんなで食べろ」
その言葉に、女性たちを中心に嬉しい悲鳴があがる。
「金華堂!? 金華堂っていつも行列ができてるあの金華堂!?」
「金華堂のおはぎって、テレビでも特集されてたわよね?」
「やったー! いつか食べたいと思ってたの!」
わいわいと群がる社員たちに混じって、僕も金華堂のおはぎを手に取った。
まったく知らないところだが、まわりの反応からしてかなり有名な店らしい。しかもなかなか手に入らない逸品のようだ。
みんなが「おいしい」「さすが」と言ってる中、僕もそのおはぎを口に入れた。
ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。
けど、それだけだった。
祖母のおはぎと違い、なんだか物足りない。
でも周りのみんなは大絶賛している。
なんだ?
なにが違う?
「そういえば祖母はもち米と白米をブレンドしてたんだっけ?」
もらったレシピを思い出し、子どもの頃に食べたあの味と比較する。
金華堂のおはぎは確かにおいしいのかもしれない。
けど僕には祖母の作ったおはぎのほうが何倍も美味しいと感じた。




