予兆
予兆
恋猫なつき
大学生の時、高校が一緒だった友達と某イタリアンファミレスで夕食を取っていた。値段の割に味がよく、学生の味方であるあのファミレス。店に入って注文して、お冷を数回口にする。私の注文したものが先に届いた。俺が頼んだのはなんちゃら風ドリア。数分後に友人のステーキが運ばれてきた。友人はフォークとナイフを、俺はスプーンを持ってもしゃもしゃと食べ始める。相変わらず美味しい。長い付き合いの仲だから、食べ始めるまでは会話はなかった。別になにも話さずとも苦にならない仲だ。
二人の食事が半分ほど済んだころ、やっと彼が口を開いた。
「なぁ、霊感があるって言ったら信じるか?」
「…… えぇ?」
俺はドリアを口に運ぶ手を止めて、素っ頓狂な声を出した。久しぶりに会話をしたと思ったら突飛押しもないことを言い始めた友人は、手を止めることなくステーキを頬張っている。
「そりゃあ、世の中には、まだ解明されていないことがたくさんあるけど。でも、そんなのほっといて、お前が言うことなら信じるぞ」
止まっていた手を動かして一口食べる。
「おお!信じてくれるか!」
「おお、信じる信じる」
もごもごと口を動かしながら受けごたえをする。
「で、何か感じたのか?あるいは見えたのか?」
友人は素早く二口食べて答える。
「いやさ、昨日風呂入ってシャンプーで髪洗っててさ。そしたら、後ろに何かがいる感じがしてよ。目を開けてバって振り向いても誰もいないんだよ。しかも一回や二回の話じゃない、何回もあるんだそういうことが。なぁどう思う?やっぱ…… 幽霊なのか⁉」
俺は細めた目で友人を見ながら、いや、睨みながらドリアを頬張った。やっぱりな。そんなことだろうと思ってた。そういえばこいつバカだったな。
「おお、そうか。そりゃ第六感てやつかもな。人間の潜在能力の一つだな」
全くの嘘だ。シャンプー中に感じる後ろの気配は、視界を遮断している状態の脳の予測がそう感じ取らせているに過ぎない。
「やっぱりそうか…… !なんか感じるとは思ってたけど、間違いじゃなかったわけだ」
彼はステーキをむしゃむしゃと食べる。
「それとよ、もう一つあるんだ。映画とか見た後に鏡を見ると、なんか違和感を感じるんだよ。やっぱこれも霊感なのか⁉」
「ああ、そうだな。そりゃ鏡に霊が映っているのかもしれんな。ちなみに、なんの映画を見
たんだ?」
「ホラー映画だ」
飲んでいるお冷を吹き出しようになる。そりゃお前がビビってるだけじゃねーか。
「やっぱ、俺には霊感があるのか…… !」
手元のステーキを見つめながら目をキラキラさせて彼は言う。食べ終わったドリアの皿を前に出してスプーンを置く。
「そうかもな。ほら、ささっと食え。銭湯行くぞ」
そう言って席を立って会計を済ませようとすると、彼は残りのステーキを大口で頬張って後をついてきた。
たまたまその日は色々と用事があって夕食の時間が遅くなってしまった。だからついでに、近くにある銭湯にでも行かないかという話になっていたのだ。
銭湯に人は俺たちしかおらず、貸し切り状態だった。髪を洗っている時、友達は終始幽霊がとか霊感がとかて騒いでいた。湯船につかって、そして小さなサウナ室でゆったりとした時間を過ごしていた。そんな時、友人が口を開いた。
「なあ、霊感ってどんな風に感じるか教えてやろうか?」
また始まったと思いながら適当に相槌を打つ。
「おお、教えてくれ」
「それはな、こう、ビビッと!ブワッと!―――――
パチン
刹那、サウナ室の電気が消えた。
「…… は?」
「…… え?」
薄暗くなった部屋に二人の戸惑いの声が響く。
「お、おい。俺の霊感…… すげえな」
「馬鹿かお前、霊感なんてねえよ!なにしたんだ!」
「なにもしてねえよ!」
まずい。お互いパニックになっている。とりあえず落ち着け。霊感なんてないんだ。ただ劣化していた電球が壊れただけだ。そうに違いない。
「とりあえず出るぞ」
「お、おう」
そう言って俺と友人は足早に風呂場から上がってロッカーに置いてある服に着替え始めた。そしてほとんど着替え終わったころ、友人が手を止めた。
「おい、早くしろよ!」
すると彼は、強張った顔をうつ伏せにして呟いた。
「…… い、いる」
「…… いるって…… なにが…… 」
そう聞こうとして手が止まる。背後に感じる存在感。曖昧な何かじゃない。はっきりとした気配が、ある。数秒黙っていると、友人がロッカーの上を指さした。その先には鏡が壁に掛かっている。そして俺たちの後ろ、そこには、おばあさんが一人、立っていた。冷汗が止まらない。まさか本当に幽霊?そんな馬鹿な。あるはずないだろ。そんな、そんなこと。
友人がここで一言呟く。
「…… 振り向くか?」
「…… マジか」
馬鹿で臆病なくせになんで肝心な時にそんな決断ができるんだこいつは。いや、でも確かにこのまま突っ立っている訳にもいかない。大丈夫、大丈夫だ。幽霊なんていないんだ。俺は軽く頷く。そして、友人と俺は、ゆっくりと、振り向いた。
そしてそこには、おばあさんが、いた。
「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
「閉店です」
ぁぁぁぁぁぁぁあああああ………… あぁ?」」
「閉店…… ですか?」
「もう閉めるよ」
「もしかして…… 銭湯の、女将さん?」
「そうだよ。ほら出ていきな」
「な、なんだぁそりゃあ…… 」
全身から力が抜ける。流したはずの汗がぐっしょりと背中を濡らしている。ああ、よかった。いや、うん、幽霊なんていないんだよ。そりゃそうだ。ああ、よかった。
「すみません、もう出ますので。ほら、行くぞ」
「おう」
銭湯から出ると、心地の良い風が吹いていた。風が全身の熱を冷ますのを感じる。
「…… ふうぅ」
「ああ、ため息が出るよな。やっぱ幽霊なんていねえんだよ」
「そうなのかなぁ、ま、いいや」
「いいのかよ」
「んなことより、なんか飲もうぜ。俺喉乾いちまったよ」
「俺も、からっから」
そうして俺と友人は自販機を求めて帰路についた。幽霊なんて、霊感なんてあるわけない。
翌日
朝食を取っているときに何気なくつけたテレビのニュースが目に入った。昨日の夜に火事があったらしい。住所を聞くとここの近くでることに気が付いた。そのまま見続けていると、現場の映像と、焼ける前の画像が映し出された。
俺は目を丸くした。
そこに映っていたのは、昨日友人と行った銭湯だった。警察によると、死亡者は一名、身元は不明。火災発生時刻は、閉店時間から一時間後。
俺は何とも言えぬ感情が湧いた。しかし、腕を組んでうーんと唸った後、パッと顔を上げ
てこう言った。
「ま、いいや」




