柚子よ、冬を越えろ
日本固有の柑橘であり、酸味や香りを楽しむ香酸柑橘として優れた特性をもつ柚子。
住んでいるところによっては馴染み深かったり、家の庭に植わっているよという方もいるかも知れない。
私は商品として日常的に扱うし、香りのなんとも言えぬ爽快さと、レモンよりもやや複雑な苦みのまじった奥の深い味がまた好きなのだが、身の回りでは柚子の木をみたことがない。
特に九州あたりの方にそれを言うと仰天されるのだが、柚子は北国にはない。北国といっても別に北海道だけでなくて、東北の大半の地域には柚子の木は育たないのだ。言わずもがな、暇庭家の所属する東北地方に柚子の木はほぼない。車で100キロも走らねば最寄りの産地にすら行くことができない。
だが、環境も常識も、時代によって変わる。今住んでいる所にも、柚子の木が育つかも知れないと、今の暇庭は考えている。
きっかけは同じ柑橘のカラタチの木だった。ごみ拾い運動にたまたま仕事が休みで参加したある日のこと、一緒に参加していたご近所さんが、近くの空き家に変な木があって困ると言ってきたのだ。
「トゲまみれでね。泥にこすれたような色の金柑のような実がなるんだよ。試しに齧ったけど苦くてとてもとても食べられたものじゃなくて。用水路に近いから掃除のとき引っ掛けると嫌だなあって、いつも思っているの」
その方は齢80を超えてなお、大変にバイタリティのあるおばあちゃまだ。畑仕事も無理のない範囲ではあるが実に楽しそうに作業をしていて、暇庭はその明るい生き方をひそかに尊敬している。そのおばあちゃまの隣の家は10年ほど空き家なのだが、敷地の際にトゲまみれの木があるという。当然だがそういう植木は推奨されない。自分の土地をはみ出してトゲが他人の家の敷地にまで入り込んでいたら。と考えてほしい。文句を言われるのも自然なことだろうと思う。
暇庭は気になった。トゲがあって、実がなる。実は金柑のようで、食べることはできない……。
柑橘?いや……
トゲといい橙色の実といい、頭のなかで柑橘の可能性がふっと浮かぶが、いや、それはありえんと自身の中の北国育ちの経験が異論をはさんでくる。それもそうか。柑橘はみな寒さには弱い。マイナス5度までは耐えると言うが、村の中はよく晴れた冬の朝などマイナス10度にもなるのだ。木になる前に枯れるのが当たり前……のはずなのだ。
興味が湧いて、ごみ拾いの終わり次第、そのおばあちゃまに場所を案内してもらう。歩きがてらトゲのある木が順に頭に浮かぶ。タラノキ……まあトゲはすごいのだが、それは見りゃタラノキとわかる。何の木か分からないはずはない。野バラ。これだ!となる分かりやすい花がつくのだから分からないはずはない。見るのが急に楽しみになった。
「これこれ。すごいトゲでしょう」
案内された場所にあったのは高さ1.5メートルほどの木だった。最初は生け垣にしたかったのか。縦に伸びる枝を丁寧に剪定してあるのが見て取れる。密に伸びた枝には、マチ針かと思うほどの鋭いトゲがびっしり生えていた。
「実って、これですか?」
目立つ色の身を、トゲを避けながらそっともぐ。金柑のようだという意見も頷ける。サイズとしては500円玉サイズで、くすんだ色の艶のない皮目を気にしなければ金柑にも似ていなくはない。
もいだあとに匂いを嗅いで驚いた。
「本当に柑橘の匂いしますね」
手のひらに乗せて軽く揉み、鼻で慎重に香りを嗅ぐと確かにその香りはミカンであるとか、ハッサクにも近いような香りがした。柑橘系であることは間違いなさそうだ。齧ってみると。グレープフルーツの皮にあるあの苦味のベッタリ口の中に残るバージョンのものが舌に広がった。あーうん、なるほどこいつは食えねぇな……。
このー木何の木不思議な木ー。と歌いながら持ってきたスマホで身の写真を撮り、画像検索をかけると……あった。カラタチ。トゲを利用して生け垣にしたりする。成長の遅い柑橘類の台木にも……へぇ~こんな寒い雪の降る場所でも育つのか!と心底感心した。皆様ご存じの通り柑橘類はある程度暖かい気候でなければあっという間に枯死してしまう。しかし目の前にあるカラタチの木は、ゆうに10年はここで育ち続けているはずだ。幹の太さが生きてきた年月を語る。
「カラタチ!私歌でしか聞いたことないや」
ここに私を案内してきたおばあちゃまがそう言う。暇庭も同じ感想だった。柑橘なんて寒くて育たないと思っていたのだが、目の前の現実は堂々と暇庭の思い込みを吹き飛ばしてしまった。
それからしばらく経ってからであろうか?もしかしたら東北の内陸で柚子を育てることは叶うのではないか。そんな気持ちがふつふつと湧いてきたのは。
冬至にゆず湯に入るのだって当然、豊かな楽しみ方なのだけれど、料理に惜しみなく使えるかも知れないという希望が見えて、是が非でも確かめたくなった。鍋のつけダレに入れたり、熱々の焼き魚に絞ったっておいしい。
やりたいと思うとブレーキが効かない気質の暇庭。結局思い立ってから1カ月と経たず、一番よく流通するものを調べ、その品種をホームセンターで買って土地があまり気味の暇庭の家の梅畑に植えてみたのだ。2024年11月の話である。
そして、2025年2月の大雪で、なぜ雪国で柚子を育てないのか、その真相を知ることになった。
「うわーっ……枝が折れてる」
一夜にして50センチも積もった雪。その重みは容赦なく柚子の幼木の枝をへし折っていた。こんなに荷重に弱い樹木はあまり知らない。桜の木だってこんなに脆くはない。なるほど……雪国で柚子を育てようと思えば、知恵が必要になるということなのか……。バカでかいスノーシュー(洋式のかんじき)を履いて私はボロボロの柚子の苗木の前で立ち尽くしたのだった。
その冬が終わったとき、私はもう柚子は枯れるのかと思っていた。枝が折れ葉も落ちて末期の姿をさらしているようにも見えた。
いやしかし、植物とはときにとんでもない生命力を我々に見せる。柚子もまたそうだった。幹だけになった苗木は、2025年春再び芽吹いたのである。幹にポツリと爪楊枝の頭程度の芽が出てきて、どんどんそれが伸びて大きくなると、枝の形になっていく。葉っぱの形、トゲの形が見えてくる。恐る恐る触れるとトゲはまだ柔らかく、指に刺さることなくビヨーンと曲がる。有り体にいえば、感動した。一度は枝葉をやられた柚子の木は、それでも生きていたのだ。
芽が出れば育つのは早かった。老木が倒れまばらになったスカスカな梅畑で、太陽の光を存分に浴びた柚子の木は、ひと夏で20センチも枝を伸ばしてくれたのだ。田んぼに近いのも図らず柚子にとっては良かったようだ。柚子は果樹のなかでは水を欲する木だそうで、あまり乾きすぎる土地には向かないのだという。
2025年秋、前に書いた白かぼちゃの騒動が終わるころ、様子を見に梅畑に行った暇庭は、その時まですっかり忘れていた。ミカン科の木には大敵がいるということを。
「おわーっ!?」
健気に伸ばした葉をあちこち齧られた無残な姿。枝には葉と同じ、鮮やかな緑色のイモムシが大きな瞳でこちらを見つめている。瞳、とあるが実際は目玉模様。
アゲハチョウの幼虫だった。キアゲハの縞模様のそれは毎年よく見るが、アゲハチョウとは珍しい……。
いや、いやいや。珍しい。じゃねーだろ暇庭。アゲハチョウは何食うんだ。ミカンの仲間の葉っぱだろ。山すその山椒の木にもいる場合があった。柚子の葉っぱを食うのは当たり前だろうが。
「ああっ……バッカヤロウ……」
自分自身への罵倒が口をついて出る。後悔先に立たず。食われてしまった葉っぱはもはやどうしようもない。仕方なくそのまるまる太ったアゲハチョウの幼虫を捕殺した。ごめんな、こっちの都合で勝手に。恨むなら俺にしてくれな。
食われたのは出てきた葉っぱの1/4くらいか。大怪我ではあるが致命傷になる前に見つけられて本当に良かった……。と。手に触れて様子を見ていたその時、齧られた葉っぱから、何かが香るような気がした。
「ん……?」
風に乗ってわずかに、わずかに柚子の実の香りがする。錯覚だろうか。トゲに気をつけながら茂る葉っぱに鼻を近づけてすーっと息を吸ってみる。
「えっ、柚子のにおいだ!?」
たまげた。柚子の実だけでなく、柚子の木はその全身にあの芳香を含んでいるのだ。葉っぱを優しく指で挟んでスリスリとこすり合わせ、その指先を嗅ぐと、冬至売り場づくりで何度となく嗅いだあの香りが確かに指先についている。すっげぇ。実がなる前からこの香りが楽しめる。
「すー……んん〜」
すっかり柚子吸い妖怪と化した暇庭は、9月半ばの曇天の下で柚子の香りをたっぷり30分も堪能していた。村の人に見られたらあそこの倅も気が触れたかと噂されるところだったろう。
芳香に元気づけられたと言っていいのかわからないが、とにかく、この柚子の木は大切に育てようと再び決心をした。雪の気配が増してきた11月中旬、私はこの冬、柚子の幼木を守る為、雪囲いを実施することとした。
真上から雪の荷重がかからないように、支柱をたてて、傘のように竹の骨組み6本を円錐になるようぐるりと一周させる。上からすだれをセットして固定。これで枝は雪で折れる心配はない。あとはこれで冬を越えうるか否か。試練の冬が始まった。
果たして、先日様子を見に行った柚子の木は、繰り返す寒波の寒さでやや葉を落としていたものの、枝折れはなく冬を越えられそうである。こんなに嬉しいことはない。今年はもう少し大きくなるであろうか。
柚子の大馬鹿十八年の言葉通り、きっと育つのはごくゆっくりなのだろう。でも、その先に実るあの美しい黄色い果実を夢見て、みちのくの柚子道楽はまだ、始まったばかりだ。
柚子の木を植えて育てていることはいつか書こうとは思っていた。実をつけるところを是非見たいが、それはまだもう少し先のはずだ。実をつけたらこの続編を書きたい。




