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第15章:初めての事前面接


 桐谷きりやから連絡があったのは、作戦会議から五日後のことだった。

「患者を用意した。今すぐ指定の場所に来い」という一方的な要求に対し、芽衣めいは毅然とした態度で「まずは事前面接からよ。奇跡はその翌日」と突き返した。

 桐谷は「時間稼ぎか」と毒づいたが、芽衣が一歩も引かなかったため、渋々その条件を呑んだ。

 指定されたのは、都内の閑静な住宅街にあるホスピス(緩和ケア病棟)の個室だった。

 みなとと芽衣が病室に入ると、腕組みをした桐谷がベッドの脇に立っていた。

 ベッドの上に横たわっているのは、初老の男性だった。骨と皮ばかりに痩せ細り、肌や白目は異常なほど黄色く濁っている。点滴とモルヒネの管に繋がれ、浅く、苦しそうな呼吸を繰り返していた。

「……紹介しよう。俺が駆け出しの記者だった頃に、ジャーナリズムのイロハを叩き込んでくれた恩人であり、元上司の柴田しばたさんだ」

 桐谷は、ベッドの上の男性を見下ろしながら重々しく口を開いた。

「半年前まで、俺と一緒にカルトや詐欺師を追いかけ回していた現役のジャーナリストだった。だが……見ての通りだ。もう余命は数日、いや、今日明日かもしれない。モルヒネもほとんど効いていない状態だ。……絶対に誤魔化しのきかない、正真正銘の病人だぞ」

 桐谷は、鋭い視線を湊に向けた。

「柴田さんは、どうしても書き上げたいルポルタージュの最終原稿を抱えている。そのために、一日だけでいい、意識をはっきりさせてペンを握る時間が欲しいと願っている。俺は五十万円でも百万でも払う。……どうだ、今すぐ奇跡とやらを見せてみろ」

「お待ちください」

 湊は、桐谷の挑発的な言葉を静かに遮った。

「ルールの通り、今日は面接だけです。僕の能力は明日使います。……柴田さん、少しだけ、お身体に触れさせてもらってもいいですか?」

 意識が混濁している柴田は、微かに目を開け、力なく頷いた。

 湊はベッドの脇に椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

 桐谷は「診断書のコピーならここにある」と鞄に手をかけたが、湊はそれを手で制した。

「カルテは結構です。僕自身で、診させていただきます」

 湊は深く深呼吸をし、東洋医学の『四診』のプロセスを開始した。

 まずは脈を診る。柴田の痩せ細った手首を取り、三本の指をそっと当てる。

 ……ドクン。

 深く沈み込み、速く細い鼓動。生命力が著しく低下し、病の邪気が身体の奥深くに陣取っているサインだ。偽装のしようがない、本物の脈だった。

 続いて、湊は柴田の顔に近づき、静かに問いかけ始めた。

「柴田さん。痛みは、どのような感じですか。重く鈍い痛みですか、それとも針で刺されるような鋭い痛みですか」

「……刺す、ような……鋭い……」

「その痛みは、移動しますか。それとも、いつも同じ場所が痛みますか」

「……同じ、場所が……背中の奥が、抉られるように……」

 湊は相槌を打ちながら、柴田の言葉を一つ一つ、頭の中の東洋医学のパズルに当てはめていく。

「夜と昼で、痛みに違いはありますか」

「……夜の方が、辛い……」

「患部を温めると楽になりますか、それとも冷やした方がいいですか」

 その光景を腕組みをして見ていた桐谷は、眉間にシワを寄せていた。

 桐谷はこれまでのライター人生で、数え切れないほどの霊能者やインチキ治療師を見てきた。彼らの手口は決まっている。曖昧な質問を投げかけて患者に答えを言わせる「コールドリーディング」や、「先祖の霊が怒っている」「このままでは命が危ない」と不安を煽り、自分に依存させる心理操作だ。


 しかし、目の前にいるこの青年の態度は、そのどれにも当てはまらなかった。

 湊は、自分を偉大な能力者に見せようとする素振りが一切ない。不安を煽る言葉も吐かない。ただひたすらに、真摯に、柴田の身体の感覚を尋ねている。

 その目は、患者を騙してコントロールしようとする詐欺師の目ではない。未知の病状という強大な敵の姿を、少しでも正確に把握し、理解し、学ぼうとする『探求者』の目だった。

(……なんだこいつは。本当に、ただ患者の状態を知ろうとしているだけなのか?)

 桐谷の心の中にあった「カルトの回し者」という疑惑が、音を立てて崩れ始めていた。

「……ありがとうございます、柴田さん。よく分かりました」

 数分間の丁寧な問診と脈診を終え、湊はゆっくりと立ち上がった。

 そして、部屋の隅で控えていた芽衣に向かって、はっきりと頷いた。

「本物です。偽装できない、極めて重く鋭いエネルギーを感じました。教団の罠ではありません」

「そう。分かったわ」

 芽衣も安堵したように息を吐いた。

「おい、それだけか?」

 桐谷が、拍子抜けしたような声を出した。

「病名も言わず、奇跡の呪文も唱えないのか? ただ脈を測って、痛みの種類を聞いただけじゃないか」

「はい。僕にとって必要な情報は、それだけですから」

 湊は、桐谷に向き直った。

「柴田さんの痛みの性質が分かりました。非常に深く、固定された強烈な痛みです。……事前面接をやらせてもらって本当に良かった。敵の正体が分かっていれば、明日の本番までに、僕は自分の経絡(気の通り道)に防波堤を作る準備ができます。そうすれば、能力を使った後の反動を、少しでも僕自身の力で抑え込めるはずです」

 湊は、自分の両手を見た。

 以前のように、ただ無防備に他人の苦痛を浴びて溺れていた頃とは違う。患者の身体から学び、自分の身体をコントロールして迎え撃つ。

「明日の午後三時です」

 湊は、桐谷に向かって宣言した。

「僕の身体の準備を整えてから、ここに戻ってきます。桐谷さん、あなたのその目で、僕の『等価交換』を、しっかりと見届けてください」

 そう言い残し、湊と芽衣は静かに病室を後にした。

 残された桐谷は、ベッドの上の恩師の顔と、病室のドアを交互に見つめていた。

 青年の背中には、詐欺師の狡猾さは微塵もなかった。ただ、自らの命を削るための「覚悟の準備」に向かう、静かな闘志だけが漂っていた。

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