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第14章:ジャーナリストの条件と防衛策


「……というわけだ。あの車椅子の女、ピンピンした足でワンボックスカーに乗り込んでいったよ」


 ホテルの客室。

 息を切らして戻ってきた桐谷きりたやは、呆然とするみなと芽衣めいの前に、スマートフォンを突きつけた。

 画面には、先ほど「足が痛い」と泣き叫んでいた女性が、何食わぬ顔で歩いて車に乗り込む隠し撮り動画が再生されていた。運転席には、見覚えのある坊主頭の男が座っている。

「運転席の男は『光の導き教会』っていうカルト教団の幹部だ。お前ら、あいつらと一体何があった?」


 桐谷の鋭い視線に、芽衣は小さく息を吐き、湊の前に庇うように立った。

「……数ヶ月前、あそこの教団施設から、寝たきりだった女性信者を一人助け出したのよ。ご家族の依頼でね。彼女は教団の祈祷じゃ治らなかった病気を、湊くんの力で——正確には、彼が与えた二十四時間をきっかけに彼女自身の力で、完全に克服した。教団からすれば、自分たちの教義を否定し、信者を奪った私たちが目障りで仕方ないんでしょうね」

「なるほどな。腹いせにニセの患者を送り込んで、お前たちを『インチキ詐欺師』に仕立て上げようとしたってわけか。よくできた筋書きだ」

 桐谷はボイスレコーダーの録音スイッチを切り、無精髭を撫でた。

「あの女の演技には違和感があった。だが、これでハッキリしたよ。お前らが今日、奇跡とやらを起こせなかったのは、お前らがペテン師だったからじゃない。相手が最初から、すこぶる健康体だったからだ」

「……信じて、くれるんですか?」

 湊が尋ねると、桐谷は鼻で笑った。

「勘違いするな。教団が罠を仕掛けてくるほど、お前らを脅威に感じていることは分かった。だが、お前の能力が本物だという証明にはなっていない。カルト教団の逆恨みと、超常現象の真偽は別の話だ」

 桐谷は、探るような目で湊を見据えた。

「本当に他人の痛みを引き受け、二十四時間の奇跡を起こせるのか。俺のこの目で、本物の患者が立ち上がる瞬間を見るまでは、記事のペンは止めない。……だから、次は俺が患者を用意する」

「桐谷さんが?」

「ああ。俺が絶対に信頼できる、誤魔化しのきかない正真正銘の病人を連れてくる。そこで奇跡を見せろ。もしそれが本物だと確信できたら……お前らの詐欺疑惑は白紙にしてやる。カルト教団の嫌がらせからも、ジャーナリストの端くれとして少しは風除けになってやれるかもしれない」

「……分かりました。受けます」

 湊は、迷いなく頷いた。

 桐谷は「せいぜい準備しておくんだな」と言い残し、今度こそ客室を後にした。


 *


 数日後。

 湊のアパートで、芽衣はダイニングテーブルに書類を広げ、頭を抱えていた。

「厄介なことになったわね……。あのカルト教団、診断書やカルテまで精巧に偽造してきた。こんなの、書類審査だけで見抜くのは不可能よ」

「芽衣さんのせいじゃありません。向こうは組織ぐるみで騙しに来ているんですから」

 湊は、芽衣のために淹れたコーヒーをテーブルに置いた。

「桐谷さんが連れてくる患者は本物でしょうけど、今後も教団が同じような罠を仕掛けてこないとも限らない。もしまた偽患者に引っかかって、僕が能力のスイッチを入れてしまったら……」

「そうよ! 今回は不発で済んだから良かったものの、健康な人間の気を無理やり吸い上げようとしたら、あんたの身体にどんな副作用が出るか分かったもんじゃないわ」

 芽衣は苛立たしげに髪を掻きむしった。

「患者の身辺調査をもっと厳重にするしかないわね。SNSの裏アカウントから、家族関係の徹底的な洗い出しまで……でも、それには限界があるわ」

「……芽衣さん。書類や身辺調査じゃなくて、もっと確実に見分ける方法があるかもしれません」

 湊は、部屋の壁に貼られた経絡図を見上げながら言った。

「どういうこと?」

「奇跡を起こす日の前に、一度『面接日』を設けさせてほしいんです」

 湊は本棚から、最近読み込んでボロボロになった東洋医学の入門書を取り出した。

「東洋医学には『四診ししん』という診断法があります。目で見る『望診ぼうしん』、声や匂いを聞く『聞診ぶんしん』、問いかける『問診もんしん』……そして、直接触れて脈やお腹の張りを確認する『切診せっしん』です」

 湊は自分の手首の脈に指を当てた。

「病気の人と健康な人では、脈の打ち方も、舌の色も、皮膚の温度も全く違う。カルテは偽造できても、人間の身体が発するサインまでは絶対に偽造できません。だから、事前の面接で僕が患者さんの話を聞いて顔色や脈を診れば、本物か、偽物かは見分けられると思います」

「……なるほど。能力のスイッチを入れる『前』に、あんた自身が医者のように診察をして、患者をふるいにかけるのね」

 芽衣は顎に手を当て、深く頷いた。書類の嘘はプロには見抜けないが、身体の嘘は湊の感覚なら見抜ける。理にかなった防衛策だ。

「それに、面接日を設けることにはもう一つ、大きなメリットがあるんです」

「メリット?」

「はい。事前に相手の身体に触れることで、僕の中に流れ込んでくる『エネルギー』の性質を、あらかじめ把握することができます。熱を持った痛みなのか、冷えから来るものなのか、どの場所が一番弱っているのか……」

 湊の目には、研究者のような鋭い光が宿っていた。

「敵の正体が分かっていれば、奇跡を起こす本番の日に、僕は自分の経絡(気の通り道)に防波堤を作って備えることができます。そうすれば、能力を使った後の反動……あの一週間の地獄の苦しみを、少しでも小さく抑え込めるかもしれない」


 芽衣は、驚いたように湊を見た。

かつては他人の痛みをただのゴミ箱として無防備に引き受けていた青年が、今や自分の身を守るため、偽物を見破り、さらには痛みを制御する手段として、能動的に「診断のプロセス」を組み込もうとしている。

「……いいじゃない。事前面接の導入。あんたの命を守るためなら、依頼人に多少の手間をかけさせても文句は言わせないわ」

 芽衣は少しだけ口角を上げ、力強く言った。

「じゃあ、次の桐谷のテストまでの間、あんたはその『四診』とやらの精度を徹底的に上げなさい。街を歩く人の顔色を見るでもいい、私の脈を測るでもいい。……偽物の病気なんか一秒で見破って、病気の正体を把握できるようになりなさい」

「はい。やってみます」

 湊は力強く頷いた。

 カルト教団の悪意という新たな脅威は、皮肉にも湊に「事前の診断」という、本物の治療家に不可欠なプロセスを自覚させた。

 桐谷が連れてくるという「正真正銘の病人」に対し、湊はこれまでにない万全の準備を整えて立ち向かう決意を固めていた。

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