74聖女食堂、開店!無能と言われた追放聖女〜婚約者や父たちに冷たくされてきたが実は神の舌というスキル持ちで泥水をすすれと言われた日に胃袋を一瞬で掴まれる〜
追放/グルメ
「マーイン、お前の聖女の証……紋章を今すぐ返上しろ。お前のような無能がこの公爵家にいるだけで姉であるモライヌアの輝きが曇るのだ」
冷たい石畳の床に膝をついていた。目の前には豪華な椅子に座り、見下ろす父と勝ち誇ったような笑みを浮かべる姉のモライヌア。そして、モライヌアの腰を抱き寄せる元婚約者第一王子がいた。
聖女の家系に生まれながら魔力測定の結果がゼロだった。一方、姉は光の爆裂魔法を操る天才聖女。
「お父様、マーインも可哀想です。家を追い出されたら食べるものもなくて泥水でもすするしかありませんもの。ほほほ!」
姉の嘲笑が響く。震える手で大切にしていた料理用の小さなナイフを握りしめた。魔力はないけれど、物心ついた時から食材の声が聞こえた。どうすれば素材が一番美味しくなり、食べた人を癒やせるかが魔法のように理解できたのだ。
「……わかりました出て行きます」
必要最低限の調理道具だけをカバンに詰め、雨の降る森へと追放された。空腹と寒さ。心は不思議と軽かった。もう、姉のために魔力を込めた料理を隠れて作らされる日々は終わったのだ。
森の奥で一本の奇妙なキノコを見つけた。普通なら毒キノコと捨てられるそれから、黄金のような輝きを感じる。
「本当はすごく美味しいスープになりたいの?」
慣れた手つきで焚き火をおこし、ボロボロの鍋でスープを作り始めた。やがて、森の湿った空気を一変させるような脳を揺さぶる芳醇な香りが立ち込める。その時だ。
「クンクン。奇跡の香りはなんだ!?」
ガサガサと茂みをかき分け、泥だらけの仕立ての良い服を着た一人の青年が飛び出してきた。
「君!鍋の中身、僕に一口……いや、全部食べさせてくれ!頼む死にそうなんだ!」
「た、食べていいですけど……ただのキノコスープですよ?」
差し出した木のお玉を青年ハグアは奪い取るようにして口に運んだ。雨に濡れ、空腹で限界だったはずの彼の瞳が、一口すすった瞬間にカッと見開かれる。
「……ッ!?うちやああ!!」
静かな森に、聞いたこともないような絶叫が響き渡ったあとにハグアはそのまま鍋ごと抱え込むようにして、熱々のスープを夢中で飲み干していく。
「なんだこれは……!ただのスープじゃない。滋味が全身の細胞に染み渡り、魔力の回路が洗浄されていくような……君、これに何を混ぜた!?まさか伝説のエリクサー!?」
「いえ、そこらへんに生えていたキノコと少しの岩塩、それから魔法を少し」
控えめに答えるとハグアは両手をがっしりと掴んだ。手は驚くほど大きく温かい。
「君名前は?」
「マーインと申します。家を追い出されたばかりの無能な元聖女です」
「無能?冗談はやめてくれ!この一杯で僕の枯れかけていた魔力が完全に回復した。無能どころか食材の魂を呼び覚ます神の舌を持つ、真の聖女」
ハグア様はキラキラと獲物を見つけた猛獣あるいは大型犬のような目で見つめた。
「マーイン僕の国に来ないか?僕は隣国の皇太子ハグア。我が国は美食の国だが、君のような魔法の味を作れる者は一人もいない。君を僕の専属料理聖女として迎えたい」
あまりに急な展開に呆然とするしかなかった。ついさっきまで冷たい雨の中で死を覚悟していたのに隣国の皇太子様にスカウトされるなんて。
「……でも、私が行ったら姉たちが……」
「関係ない!捨てた愚か者たちのことなど忘れるんだ。才能は世界を救う力になる」
ハグアはカバンをひょいと肩に担ぐと爽やかな笑顔で笑った。
「の城へ行こう。そ僕に最高のおかわりを作って」
生まれ育った国を捨てハグアと共に隣国へと向かうことになった。一方その頃、妹が去った公爵家では、姉のモライヌアが異変に気づき始める。
「……何よこれ!お抱えの料理人が作ったスープちっとも魔力が回復しない!味が薄くて泥水を飲んでいるみたい!」
彼女たちはまだ知らない。今まで食べていた聖女の料理が、すべて私の力によるものだったということを。
ハグア様に連れられてやってきた隣国グルメイン王国は名の通り街中においしそうな香りが漂う活気あふれる国。
「マーイン、ここが今日から君の城だ」
案内されたのは王都の一等地に立つ、可愛らしいレンガ造りの建物。ハグアが用意してくれた聖女食堂。
しかし、開店準備を進める前にドカドカと重い足音を立てて一人の大男が現れた。腰に巨大な剣を下げ、顔に傷跡のある強面な男性。国の軍を束ねる鬼将軍ガストル。
「ハグア殿下正気ですか?こんな細腕の、しかも他国から追放されたような小娘を宮廷専属の料理聖女にするなど……我が軍の士気に関わります」
ガストル将軍はゴミを見るような目で見下ろした。酷いなぁと余裕で構える。
彼はひどい偏食家で戦いのストレスからくる胃弱に悩まされ、最近は満足に食事もできていないという噂だと周りから聞いている。食事自体嫌になってるんだろう。
「ガストル、彼女の料理を食べればそんな言葉は出ないはずだ。マーイン、彼を黙らせる一皿を作ってやってくれ!」
ハグア様に背中を押され調理場に立ち、食材棚を見ると最高級の霜降り魔牛の肉がある。
(おじさま強がっているけれど……お腹がひどく疲れている。脂っこいステーキじゃなくて今の彼に必要なのは)
包丁を握った。肉を細かく叩き、玉ねぎの甘みを引き出し、隠し味に魔力を浄化する癒やしのハーブを練り込む。
じゅわぁぁぁ……!鉄板の上でふっくらと膨らむ肉の塊。立ち昇る香ばしくも優しい香りにガストル将軍の鼻がピクリと動いた。
「ふん、ただの挽肉料理か……子供の食い物だな。ふん」
吐き捨てるように言いながらも彼は一口、ハンバーグを口に運んだ瞬間叫ぶ。
「な、なんだこれはぁぁぁ!?」
ガストル将軍が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「肉汁が……肉汁が口の中で濁流のように溢れ出す!後味は驚くほど軽やかだ。こ、これは……荒れ果てた胃袋を優しく包み込む聖母の抱擁か!?うおおお!」
泣きながらハンバーグを頬張り始めた。
一口食べるごとに全身を覆っていたどす黒い殺気が消え、代わりに健康的な魔力のオーラが溢れ出す。
「美味い……美味すぎる!マーイン殿、先ほどの無礼を許してくれ!貴女こそ我が軍に……いや、国に必要な真の聖女だ」
ハグアが隣で当然だ!と得意げに笑っている。食堂は初日から国一番の権力者を虜にしてしまった。一方、その頃。マーインを追い出した公爵家ではさらに深刻な事態が起きていた。
「お、お姉様、顔……顔が!」
「なによ、モライヌア様……ひっ!?」
鏡を見たモライヌアは悲鳴を上げた。最高級の化粧水を使っているはずなのに肌はボロボロに荒れ、自慢の金髪はパサパサの箒のようになっていたのだ。マーインの浄化料理を食べなくなった代償がじわじわと体を蝕み始めていた。
マーインたちはそんなことを気にせず伸び伸びとやりくりしている。追放万歳だったとただただ喜んでいた。




