73妹にボロボロにされたら番が現れてボロボロにし返した。失われたものは決して戻らない。妹との関係も二度と修復することはできない
痛い。最後に思ったことなのかもしれない。焼け付くような痛みが全身を貫く。
意識が途切れ途切れになる中、聞こえるのは妹の冷酷な嘲笑。
何かが砕け散る音。元々、よい環境ではなかったのだ。これが最期なのだとぼんやりと思った。愛していたはずの妹に裏切られ、番を奪われたあげく命まで奪われるとは。
良いことなんてなにもない。しかし、意識が完全に闇に包まれる直前、かすかに光を見た。なぜか惹かれる。それは、どこまでも深くそれでいて温かい。
不思議な光。ふと、目を開く。気がつくと、見慣れない場所にいた。
「どこ?」
辺りを見回していく。草木の匂いが濃く。頭上には見たことのない、巨大な樹が枝を広げている。どう見ても来たことはない。ここは一体どこなのだろうか。
白昼夢?混乱する中、優しい声が降り注いだ。
「やっと、お目覚めになられましたか我が主」
声のする方を見るとそこにいたのは信じられない生き物。巨大な白い狼。もふもふとしている。
(狼!?)
その瞳には知性と深い愛情が宿っている。狼はゆっくりと近づき、頬に優しく鼻先を擦り付けた。
「ご心配には及びません。ここは、貴方が私と暮らした世界とは異なる場所。ですがこうして、再び貴方にお仕えすることができました」
脳裏に前世の記憶が鮮やかに蘇る。そうだ、かつてこの世界ではないどこかで生きていた。目の前にいるこの白い狼は、大切に飼っていた、かけがえのない存在。
「ダヴィ?」
名前はダヴィド。
「ダヴィド!本当にダヴィド?」
声は震えていた。ダヴィドは優しく頷き大きな体でそっと抱きしめてくれる。大きくなった、いや大きいなあ。ほんとう。彼の温もりは、前世の記憶と重なり、凍てついた心をゆっくりと溶かしていくよう。会えるなんて。
ダヴィドによれば、己は異世界に転生したらしい。世界にも番という絆が存在するらしい。前世で深い繋がりを持っていたダヴィドは、魂を追いかけて再び番として結ばれたのだという。
喜びも束の間、前世で陥れた妹と、彼女の番の存在が、心に暗い影を落とす。
同じく、転生しているかもしれないと。
なぜ、妹は裏切ったのか、なぜ、番を奪い、命まで奪おうとしたのか。
許せない。憎しみと疑問が胸の中で渦巻いた。許せるわけがない。
「主よ、どうか悲しまないでください。必ず貴方の無念を晴らしますから」
ダヴィドの言葉には、強い意志が込められていた。信じられる。瞳に宿る光は守ってくれた時と同じ、揺るぎないものだから。ダヴィドは前世とは比べ物にならないほど強大な力を持っていた。
彼の咆哮は山々を震わせ、一歩は大地を揺るがす。大きい。
凄く強くなっていた。色々と。異世界に転生したことで、ダヴィドと共に、復讐の道を歩む。暮らすのはその後。妹が何をしたのか理由を突き止め、奪われたものを取り戻す。なにが理由でも許しはしない。ダヴィドと共に世界で新たに生きていく。
妹とその番がどこにいるのかを探るのは容易ではなかった。ダヴィドの鋭い嗅覚と、この世界の情報網を駆使することで、徐々にその居場所を突き止めていく。
少しずつ進む。ついに、妹と番と再会した。妹は以前にも増して傲慢な態度で見下ろす。隣に立つ彼女の番は、屈強な体躯を持つ獣人で、鋭い牙と爪を剥き出しにして威嚇してきた。
「まさか生きていたとはね、姉さん。でも無駄よ。今度こそ完全に消してあげる」
妹の言葉に怒りが沸点に達した。しかし、ダヴィドは静かに前に立ち、低い唸り声を上げた。威圧感は妹の番を明らかに怯ませていた。
「貴様のような下劣な輩が我が主に手を出すなど、断じて許さん」
ダヴィドの声は地を這うような重低音で響き渡った。次の瞬間、彼の白い巨体が弾丸のように妹の番に突進した。獣人は抵抗しようとしたが、ダヴィドの圧倒的な力の前には、為す術もなかった。
ダヴィドの一撃は、獣人の体を軽々と吹き飛ばし、地面に叩きつけた。悲鳴を上げる間もなく、獣人は意識を失った光景に妹は信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「な、何なのよ!」
震える声で叫ぶ妹に、ダヴィドは冷たい視線を向ける。彼の瞳には優しい面影は微塵もなかった。
「貴様が奪ったものの大きさを今こそ知るがいい」
ダヴィドは再び動き出す。速さと力は、先程の比ではなかった。妹の番は、抵抗する間もなく、ダヴィドの繰り出す一撃一撃に打ちのめされていく。
地面は陥没し、周囲の木々はなぎ倒された。光景を見守ることしかできなかった。ダヴィドの強さは想像を遥かに超えていた。
前世で共に過ごした日々の中で、彼の秘めたる力を感じることはあったが、まさかここまでとは。妹の番は完全に戦闘能力を失い、地面に這いつくばっていた。
ダヴィドはなおも攻撃の手を緩めようとしない。彼の怒りは私以上に激しいのかもしれない。
「ダヴィド、もういい」
ダヴィドは動きを止めた。彼の白い毛皮は、返り血で赤く染まっている。
荒い息遣いをしながらも振り返り、瞳に安堵の色を浮かべた。
「主。申し訳ありません。少し感情的になってしまいました」
「ううん、ありがとう、ダヴィド。私のためでしょ?いいよ」
ダヴィドは優しく微笑んだ表情は、先程の鬼のような姿とは別人。一方、妹は恐怖に顔を歪め、後ずさりながら何かを喚いていた。
「お前がっ」
耳に入ってこない。彼の温もりを感じる。妹と番はダヴィドの圧倒的な力の前に、完全に打ちのめされた。彼女たちがなぜ裏切ったのか理由を問い詰めた。
妹の口から語られたのは嫉妬と劣等感。
常に優秀だった妬み、誰からも愛される番への憎しみ。歪んだ感情が狂わせてしまった。
聞きながら、深い悲しみに包まれた。
まさか、そんな理由でこんなにも深く傷つけ合ってしまったのかと。ダヴィドは妹と彼女の番に相応の償いをさせた。
地位や財産を失うだけでなく、二度と前に現れないという誓い。失われたものは決して戻らない。妹との関係も、もう二度と修復することはできないだろうけど、それでも前を向かなければならない。
ダヴィドが、近くにいてくれる。夕焼け空の下、並んで歩くと彼の白い毛並みが、夕日に照らされて金色に輝いている。ダヴィドの背に手を触れた。
「ありがとう、ダヴィド。あなたは、私にとってかけがえのない存在」
ダヴィドは振り返り、優しい瞳で見つめてから静かに言う。
「私も貴方がいてくださらなければ、生きていく意味などありません。これからもずっと、いつも貴方のそばにいます」
きっと幸せになれると信じて、明日へと歩き出す。ダヴィドと共に。




