68幼馴染と冒険する。現代知識などこの世界ではほとんど役に立たないし精々前世で流行した歌を鼻歌まじりに歌うくらいだろう
ざまぁなしほのぼの
「はあ……今日も依頼、達成できなかったね」
木漏れ日が差し込む茶屋の隅の席で湯呑みを両手で包み込み、小さくため息をついた。向かいに座る幼馴染の凛は、湯気をぼんやりと見つめている。
涼やかな顔立ちは相変わらず何を考えているのか読み取れない。
「まあ仕方ないだろう。あれは少しばかり、いやかなり特殊な妖だったからな」
凛の声は低く、落ち着いている言葉にはいつも、どこか達観した響きがある。
幼い頃からずっとそう。ドジを踏んでばかりいる隣で、いつも冷静に把握し、助けてくれた。
故郷は、少しばかり変わった場所で、夜になると提灯の灯りが揺らめき、どこからともなく胡弓の音が聞こえてくる。時折、人ならざるものが通り過ぎることも珍しくなかった。
そんな場所で育ったらいつしか家計を助けるために冒険者を生業とするようになったのだ。もっとも現代知識などこの世界ではほとんど役に立たないのだが。
せいぜい、前世で流行した歌を鼻歌まじりに歌うくらいだろう。
「でもさ、このままじゃまたお母さんに叱られちゃうよ。またお菓子一つ買ってこれなかったのか!って」
肩を落とすと凛は静かに自分の腰に下げた袋から何かを取り出した。それは可愛らしい、桃の形をした飴細工。淡いピンク色が、夕焼けの光を受けてキラキラと輝いている。
「これは……?」
目を丸くすると、凛は無表情のまま、それを前に置いた。
「帰り道で見つけた。お前、こういうの好きだっただろう?」
短いけれど奥にある優しさは、幼い頃から変わらない不器用な彼なりのプレゼント。
「ありがとう凛!」
思わず笑みをこぼした。飴細工一つでお母さんの小言も少しは和らぐかもしれない。何より、凛の気持ちが嬉しかった。
「今日の妖は本当に手強かったけど……まあ、たまにはこういう日もあるよね」
愚痴ると凛は珍しくほんの少しだけ口元を緩めた気がした。
「ああ。だが、次は慰めはない」
一言はいつもの冷静さに少しだけ熱がこもっていたような気がした。夕焼け空の下、並んで家路につく。小さな幸せを胸に抱きながら。
「うーん、やっぱりこの山菜、ちょっと苦い気がするんだよねぇ」
朝日が木々の間から差し込む中、採取した山菜を籠の中で見つめている隣では、幼馴染の凛が、手際よく採取した薬草を種類ごとに分けている。動きはいつも無駄がなく、風がそよぐように静かで美しい。
「そんなものだろう。毒があるわけではない」
凛の返事はいつも端的。でも、声にはどこか安心感がある。世界に転生してきてから、ずっと彼のそばにいたからかもしれない。現代の知識なんてほとんど役に立たない世界で家族、凛の存在だけが支えだった。
「分かってるんだけどさ。前に村の人が言ってたじゃない?苦い山菜は、調理の仕方によってはもっと美味しくなるって」
「ふむ……お前は料理が得意ではないだろう」
彼の指摘は図星。現代にいた頃から料理スキルは壊滅的だ。なんとか簡単なものを作れるようにはなったけれど、手の込んだ料理はまだまだ遠い。
「うっ……それは認めるよ。だから、凛に教えてもらいたいんだけど」
少しばかり上目遣いでお願いすると凛は一瞬、目を丸くした。彼のそんな表情は珍しい。普段は氷のように冷静なのにたまに見せる隙が、天然なところ。
「山菜の調理法は詳しくない。村の料理人にでも聞けばいい」
言いながらも視線は籠の中の山菜に向けられている。もしかしたら、少しは興味があるのかもしれない。
「えー、だって、凛の方が物知りじゃん?色んな武術も知ってるし、薬草にも詳しいし」
「それは、鍛錬と経験によるものだ。山菜の知識とは別物だ」
冷静な反論に少しむくれた。でも、すぐに気を取り直して別の話題を振る。
「そういえばさ、もうすぐ星祭だね!何か欲しいものある?」
年に一度の星祭は村人たちが夜空の下で歌い踊り、願い事をするお祭り。冒険者として少しばかりお金にも余裕が出てきたから、何か贈り物をしたいと思っている。
いつも守ってくれる凛には、何か特別なものを贈りたい。凛は少し考え込むように目を伏せたときの長い睫毛が、さらりと風に揺れる。
「特に欲しいものはない。お前が無事でいればそれでいい」
いつもストレートで飾り気がない。でも、その一言が胸にじんわりと温かいものを広げる。
「もうっ、そういうこと平気で言うんだから……でも、ありがとう」
照れ隠しで、少し強めに彼の腕を叩いた。凛は特に痛がる様子もなくじっと見つめている瞳は星空のように深く、吸い込まれそう。
「それで、お前はどうなんだ?星祭で何か欲しいものがあるのか?」
問いかけに少し悩んだ。前は欲しいものはたくさんあったけれど今は特に思いつかない。スマホを初期は渇望していた。
ないものねだりだが。
「うーん……そうだなぁ。もしよかったら新しい髪飾りとか欲しいかも。この前、街で見かけた赤い飾りが綺麗だったし」
凛は小さく頷いた。
「わかった。探してみよう」
一言で少しだけ浮き立った。普段は多くを語らない彼がささやかな願いを覚えていてくれるだけで、なんだかとても嬉しい。時には厳しい日もあるかもしれないけれど、凛がいればきっと大丈夫だ。
「そろそろ、今日の分の採取は終わりにするか」
凛の声が夕焼けに染まり始めた森に響くと籠を背負い直し、後に続いた。
「はーい」




