65準男爵あなたは法を犯しました。弱者を弄ぶような男に未来を委ねることはできませんので成敗させてもらいます
王都の一角。冒険者ギルドの喧騒が一段落し、カチェリはカウンターでジョッキを傾けていた。傍らには、相変わらず涼しげな顔立ちのファウロが、心配そうに彼女を見守っている。
「また、難しい依頼だったのか?」
ファウロの低い声が、店内のざわめきを掻き消すように響く。声音はいつも落ち着いていて、どこか人を安心させる力がある。
ただ、カチェリは彼の内面を知っている。クールな外見とは裏腹に、彼はとんでもない天然で、時折とんちんかんな言動で周囲を驚かせるのだ。
誰よりも仲間思いで、世話焼きな一面も持ち合わせている。
「ああ、ちょっと厄介な魔物退治でね。でも、報酬はなかなか良かった」
カチェリはそう言って、少し疲れたように息をついた。現代知識を持つ彼女にとって、この世界の魔物も攻略法さえ見つければどうということはない。
問題は、時々起こる人間関係のいざこざ。そこへ、青ざめた顔をしたラーラが駆け込んできた。彼女は二人と同じ冒険者パーティの仲間で、明るく天真爛漫な性格の持ち主。
「カチェリ!ファウロ!大変なの!」
「どうした、ラーラ?そんなに慌てて」
カチェリが心配そうに問いかけると、ラーラは涙目で事情を話し始めた。
「それが……急に、貴族のダルソン準男爵って人に婚約者にされてしまったの!父の借金のカタだって……それに、今まで稼いだ報酬も全部奪われそうで……!」
ラーラの言葉にカチェリの眉が険しくなる。異世界の価値観を持つ彼女にとって、親の借金で娘を売るような行為は到底許容できるものではない。ファウロもまた、静かに怒りを滲ませている。
「そんな理不尽な話があるか」
普段は穏やかなファウロの声が低く唸った。彼の瞳の奥には普段は見せない強い光がある。
「もちろん引き下がるつもりはないわ。でも、相手は準男爵家……どうすればいいか……」
不安げなラーラの言葉にカチェリはニヤリと笑った。
「いい考えがある。ファウロ、ちょっと力を貸して」
二人は顔を見合わせ、密かに計画を練り始めた。ファウロの冷静な分析力と、カチェリの知識、ラーラの持ち前の明るさを活かせば、不可能ではないはず。
数日後、ダルソン準男爵邸では盛大な婚約披露宴が開かれていた。豪華な装飾が施された会場には、多くの貴族や富豪が集まっている。
緊張した面持ちのラーラの隣には、笑みを浮かべたダルソン準男爵が座っていた。その時、会場の入り口にひときわ目を引く二人の姿が現れた。
一人は、漆黒の外套をまとい、冷たい視線を周囲に向けるファウロ。もう一人は、鮮やかな真紅のドレスに身を包み、自信に満ちた笑みを浮かべるカチェリ。
「お待ちください!」
カチェリの声が、会場の喧騒を切り裂いた堂々とした態度に周囲の視線が一斉に集まる。
「この婚約には、重大な問題があります!」
カチェリは、ダルソン準男爵を鋭く見据えながら、ゆっくりと語り始めた。準男爵が過去に犯した不正の証拠を、巧妙に、分かりやすく暴露していく。
現代の法廷ドラマで培われたような論理的な話術は貴族たちの心を掴み、会場は静まり返った。
一方、ファウロはファウロで、そのクールな外見を最大限に活かし、会場の警備兵たちの動きを牽制。ただならぬ雰囲気に、誰も迂闊に手出しできない。
カチェリの告発にダルソン準男爵は顔色を変え、必死に反論しようとするが、事前に用意していた証拠を次々と突きつけた。
ラーラが密かに集めていたものと、カチェリが現代知識を応用して探し出したもの。追い詰められたダルソン準男爵は、なりふり構わず喚き始めたが、醜態は周囲の貴族たちの反感を買う。
決定的な一言はファウロの口から放たれた。
「準男爵、あなたは法を犯しました。弱者を弄んだ。そのような男にラーラの未来を委ねることはできません」
普段は多くを語らないファウロの、重みのある言葉は、会場にいる全ての人の心に深く突き刺さった静かな迫力は、どんな言葉よりも雄弁だった。
結局、ダルソン準男爵の悪行は白日の下に晒され、婚約は破棄されることになってラーラは自由の身となり、安堵の涙を流す。
事件後、冒険者ギルドのいつものテーブルで、三人は酒を酌み交わしていた。
「ありがとうカチェリ、ファウロ。二人のおかげで本当に助かったわ」
ラーラは満面の笑みで二人に感謝を述べた。
「当然。私たちは仲間でしょ」
カチェリはグラスを掲げ、ファウロもまた、小さく頷いた。
「まさか準男爵があんなことをしているとはな……」
ファウロは、どこか他人事のよう。
頭の中では今回の事件とは全く関係のない、明日の依頼のことでいっぱいだったのかもしれないとカチェリは天然ぶりに苦笑しつつも、頼りになる背中を改めて心強く思った。




