61妹の策略で運命の番を決める香を焚かれ現れたのは巨大な黒豹だったが、それは前世で主人公が飼っていた猫の転生した姿
番もの
「きゃあああああ!」
「!──え、な、なに?」
突如として響き渡った悲鳴は、見慣れた自室を引き裂いた。なにごとかとベッドから勢いよく飛び起きる。
心臓がバクバクと音を立てているのを感じた。家具がある部屋だ。いつもの。一体何が起こったのか?
混乱した頭で辺りを見回すと、部屋の隅に人影が見えた。人がいたのかと驚く。薄暗くてよく見えないけれど、ちいさくて華奢なシルエットは間違いなく妹、マユルのものだった。
「マユル?どうしたのそんな大声出して……って、え?」
ようやく状況が飲み込めてきた時、私は自分の身に起こったありえない事態に言葉を失った。体は熱湯に浸かっているかのように熱く今まで感じたことのない強烈な気配に包まれていたのだ。甘く、蕩けるようで、それでいて野性的な本能を刺激するような抗いがたい魅力を持った気配。
「お姉ちゃん……ごめん」
マユルはちいさな声で震えながらそう言うと、足元に何かを転がしてきた。妖しく光る紫色の小さな香炉。
「これ……運命の番を強制的に決めるお香」
マユルの言葉に頭の中のパズルが一気に組み上がった。意地悪な妹が、こんなことを仕組んだなんて!
ずっと憧れていた隣国の王子様との縁談を邪魔したくて、こんな危険な香を使ったのだ。なんてことを。
「マユル!あなた一体何を考えて」
怒りで声が震える私をよそに部屋の扉がギシリと音を立てて開いた。立っていたのは……信じられない光景。
漆黒の毛並みに、鋭い金色に輝く瞳で、優雅で力強い四肢を持つ、巨大な黒豹がこちらを見つめていたのだ。体躯は身長をゆうに超えている番。
「くっ……お姉ちゃんの番は獣なんかじゃない!きっともっと身分の高い」
マユルは悔しそうに叫んだ。確かに、そう思う。異世界に転生してきてから、いつか運命の人が現れると夢見ていたのだがこんなにもワイルドな黒豹だなんて。
黒豹はマユルの言葉など気にも留めない様子で、ゆっくりと近づいてくる。
一歩一歩が地を揺るがすような迫力。恐怖で体が竦むと黒豹は大きな頭で優しくつついた。
瞬間、全身を駆け巡ったのは、先ほどの強烈な気配がさらに濃密になった感覚。
同時に黒豹の考えていることが、言葉のように流れ込んできた。
『見つけた……やっと、お前を見つけた』
深く、優しく切実な想いに満ちていた。
「え……?」
戸惑う。黒豹はもう一度頭を擦り寄せた仕草は甘える子猫。巨大な体とのギャップに思わず息を呑んだ。
次の瞬間、黒豹の姿が眩い光に包まれ光が収まると立っていたのは、信じられないほど美しい青年。漆黒の髪、吸い込まれそうな深い金色の瞳。鍛え上げられた肉体から漂う圧倒的な存在感。
「信じられない……」
呆然と呟くが青年は優しく微笑んだ。
「やっと会えたね、姫」
声は先ほど感じた声と全く同じ。
「き……君は……一体?ひめ?」
「僕は君の番。ずっと君を探していた」
青年の言葉に頭はますます混乱。番が、こんなにも美しい人だなんて。しかも、姫ってなに?
「前世で君は僕の飼い主だったんだ」
青年の言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。前世……そうだ、猫。黒くて金色の瞳をしたとても賢い猫だった。転生して番になったというの?
「信じられない……本当に?」
問いかけると青年は優しく頷き、手をそっと握ってくると手は温かく、力強かった。
「ああ、本当だ。君の匂いはずっと覚えている。どんな姿になっても君を見つけ出すと決めていた」
青年の真剣な眼差しに心は大きく揺さぶられた。飼っていた猫がこんな形で再会するなんて。しかも、運命の番として。
部屋の隅で震えていたマユルが、信じられないものを見たような顔で叫んだ。
「嘘でしょ……お姉ちゃんの番が夜の国の王子様のクロード様だったなんて!」
マユルの言葉に再び衝撃を受けた。夜の国。もっとも強大な力を持つと言われる国。王子様が番だと。
「クロード様……?冷酷で恐ろしいと噂の……?」
恐る恐る問いかけるとクロードは少し困ったように笑った。
「噂はあくまで噂。君の前では君の番でありたい」
クロードの言葉に胸はドキドキと高鳴り、冷酷な王子という噂とは裏腹に彼の瞳は優しさに満ちていた。一方、マユルは完全に青ざめ、自分の仕掛けた罠がとんでもない結果を引き起こしてしまったことに気づいたのだろう。
「あ……あの、クロード様……わたくしは姉の縁談を邪魔しようなどと……ただ、少しばかりお香を……ははは」
マユルが震える声で言い訳をしようとした瞬間、クロードの纏う空気が変わった。先ほどの優しい雰囲気は消え去り、代わりに冷たい威圧感が部屋を満たす。
「お前のようなちいさな蟲が愛しい姫に手を出そうとした罪は重い」
クロードの声は低く、部屋の温度が急に下がったように感じた。マユルは恐怖で息を呑み完全に動けなくなってしまう。
「クロード……落ち着いて」
腕にそっと触れるとすぐにいつもの優しい表情に戻った。
「ごめん姫。君が傷つけられるのは我慢ならないんだ」
クロードは手を握りしめ、優しくキスをした仕草は大切にする誓いのよう。
「でも、マユルは妹だし……一応」
言うとクロードは少し考えてから、マユルに向かって冷たい視線を送った。
「今回は姫の情けに免じて見逃してやろう。二度と姫に危害を加えるような真似は許さない。次があれば……その時は容赦しない」
マユルは必死に頷いた。顔は青白く、今にも泣き出しそう。こうして、とんでもない一日が終わった。
妹の悪意によって、飼い猫だったとんでもない身分の黒豹と番になるという予想外の展開。
最初は戸惑ったけれどクロードの優しさや、大切に想う気持ちに触れるうちにだんだんと彼に惹かれていく。前世からの縁というのもなんだか運命的で素敵じゃないか、と思うように。
マユルはというとクロードの圧倒的な力に完全に打ちのめされ、しばらくの間、顔を見るたびちいさく震えていた。
もちろん、マユルのしたことは許せないけれどクロードがあれほど強く言ってくれたおかげで、しばらくは大人しくなるだろう。
それにしても、番が夜の国の王子様。隣に立つ手にそっと触れたら、にこやかに微笑まれた。




