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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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50/60

50 違う世界でどんなことがあったとしても、今の僕は、君だけを愛している。過去の悲しい記憶に、僕たちの未来を邪魔させないでほしい

ざまぁなし

 夕焼け空が、まるで溶けたルビーのように赤く染まる黄昏時。

 花屋の娘として暮らす転生者、キャフティは、店の奥でそっとため息をついた。悩みが尽きない。


「やっぱり、ヴィマリオ様は……」


 婚約者のヴィマリオ王子は、近頃どうも様子がおかしい。王子と花屋の娘が結婚なんておかしくないか?と思われるかもしれないが、こちらこそ聞きたい。

 いつもは優しいエメラルドの瞳が、どこか遠くを見つめていることが多いし、手紙のやり取りも減ったような。


 王国の重要な任務で忙しいのかもしれない。それとも、本当は結婚したくないとか。頭では理解していても苦い記憶が蘇ってくる。


(起業家の娘だったけれど、政略結婚で結ばれた夫は、いつも冷たかった。違うって信じていたのに……もしかして、令嬢に心惹かれてる?)


 異世界に転生して、初めて心から愛した人。心が離れてしまったら、また一人ぼっちになってしまう。

 こうなれば、勢いで行動しないと。いてもたってもいられなくなった。


「逃げよう……!」


 衝動的にそう思った。真実を知るのが怖い。だったら、城から、国から、遠くへ逃げてしまおう。

 花で飾り付けられた小さな窓から抜け出し、王都を走り出した。


 後ろを向く。薄暗い路地を抜け、マーケットの喧騒をすり抜け、ひたすら走った。

 聞きたくない。背後から聞こえるかもしれない、声におびえながら。どれくらい走っただろうか。


「無理無理、無理」


 荒い息をつきながら、キャフティは人気のない広場の隅にしゃがみ込んだ。背後から、聞き慣れた優しい声が響いた。


「キャフティ!一体どこへ行くんだ!」


 振り返ると息を切らせたヴィマリオが、心配そうな顔で立っていた。


「えっ」


 漆黒の髪が、月明かりに照らされてきらめいている。


「ヴィマリオ、様……!」

「どうしたんだ?急に姿が見えなくなったから、皆で探していたんだぞ。何かあったのか?」


 ヴィマリオは近づこうとした。けれど、身を縮こまらせてしまう。


「来ないで!だって……だって、ヴィマリオ様、最近ずっと上の空で……手紙もたくさん減って……きっと、他の素敵な女性を好きなってとか?」


 ヴィマリオは驚いたように目を見開いた。困ったように、優しく微笑んだ。


「ああ、手紙のことか。心配させて悪かった。隣国の使者とやり取りしていたんだ」

「隣国……の使者?」


 震えた。


「ああ。実は、キャフティの故郷の珍しい花について、色々と教えてもらっていたんだ。誕生日に、故郷の花でいっぱいの花束を贈りたいと思って。その分送れなくなってしまったよ」


 自分の勘違いにハッとした。遠い故郷の花を探してくれていたのだ、と。


「誕生日のために……?」


 可能性を告げる。


「そうだ。キャフティがこの国に来てから、故郷の花が恋しいと言っていたのを覚えていたから」


 近づき、膝をついた。優しい目がいぬく。美しいエメラルドの瞳で、まっすぐに見つめる。


「心には、君しかいない。どうか、そんな風に一人で抱え込まないで、僕を頼ってほしい」


 胸にじんわりと広がっていく。異世界で初めて出会った、大切な人。その想いは、本物だった。


「ごめんなさい……私が、また勝手に」


 胸を抑える。


「いいんだ。でも、これからは、どんなことでも僕に話してくれ。僕は、ずっとそばにいたいんだ」


  手を取り、優しく握りしめた。きゅんとする。月明かりの下、二人の手は温かく重なり、静かな誓いを立てているようだった。


「そんな」


 勘違いから始まった夜の逃避行は、そうならず。手を引かれ、ゆっくりと立ち上がった。またやってしまうなんて。


 広場には、先程までの不安が嘘のように、優しい静けさが漂っている。月明かりが、二人の影を長く地面に映し出した。


「寒かっただろう。さあ、城に戻ろう」


 自分のマントをそっとの肩にかけた。ほっと息をつく。


「ありがとう」


 二人並んで、ゆっくりと歩き出した。王城へと続く石畳の道を、言葉少なに歩く。沈黙は決して気まずいものではなく、お互いの存在を確かめ合うような、穏やかな時間。


 城に戻ると、騎士たちが心配そうな顔で待っていた。見つけたと知ると、皆、安堵の表情を浮かべる。その顔、スパイとかやらせていた口?


「ご心配をおかけしました」


 騎士たちに軽く頭を下げた。まあ、誰かしら貼り付けておくものかな。手をしっかりと握り、部屋へと向かった。

 迷う心はもうない。部屋に入ると、暖炉の火が優しく燃えていた。優しいが、独占欲が強い。

 ソファに座らせ、温かい飲み物を用意してくれた。


「少し落ち着いたか?」


 湯気の立つカップを差し出しながら、優しく問いかけた。


「はい。おかげで」


 カップを両手で包み込み、ゆっくりと口に運んだ。美味しい。じんわりと広がる温かさが、冷え切った体に染み渡る。


「あの!」


 意を決して顔を上げた。


「私、記憶があるんです」


 驚いた様子もなく、静かにキャフティの言葉を待った。


「前の世界で、許嫁がいたのに、心が通じ合わなくて、寂しい思いをたくさんしました。だから……ヴィマリオ様も、もしかしたら……って、すごく怖くなってしまって」


  涙声になりながら、自分の不安な気持ちを正直に打ち明けた。カップを置き、キャフティの手をそっと握った。


「違う世界でどんなことがあったとしても、今の僕は、君だけを愛している。過去の悲しい記憶に、僕たちの未来を邪魔させないでほしい」


 真剣な眼差しに胸のつかえがスーッと消えていくようだった。


「はい……信じます、ヴィマリオ様のこと」


  手に自分の手を重ねた。この人となら。手のひらから伝わる温かさが、確かなものを。


「もうすぐ、君の誕生日だな」


 笑顔で言った。


「楽しみにしているといい」


 顔を赤らめて頷いた。今日、少しだけ怖い思いをしたけれどそのおかげで、深い愛情を改めて知ることができた。彼と巡り合うことができたのは、きっと奇跡だ。


(ちょっと見すぎてる気がするけど)


 二人は、暖炉の火を見つめながら、静かに語り合った。


「隠し事があっても構いません」


 過去のこと、未来のこと、そして、お互いの大切な想いを。


「嫌な隠し事はないから大丈夫」


 夜はゆっくりと更けていき、また一つ近付く。

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