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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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46/60

46 婚約をなかったことにしたいと言われて粉々に砕けた私は不思議な森に迷い込んで涙が枯れるまで泣いたら恋心を消してくれた

裏切り

 恋人が話をしたいと言うので、待つ。


「……それで、話って何?」


「ごめん、リファローズ。単刀直入に言うね。婚約はなかったことにしたい」


「え……?今、なんて言った?」


「だから、婚約破棄。君とはもう結婚できない」


「冗談でしょ?だって、来月には式場見学だって予約してるのに……」


「キャンセルしてほしい」


「どうして急にそんなこと言うのよ!今まで何も言ってなかったじゃない!」


「今まで、言うタイミングが見つからなかったんだ」


「タイミングって何よ!こんな大事なこと、もっと早く話すべきでしょ!」


「わかってる。俺がずるかった。でも、もう決めたことなんだ」


「ずるい……?そんな一言で済ませられることじゃないわ!私の気持ち、どうしてくれるのよ!」


「君を傷つけるのは本意じゃない。でも、これ以上一緒にいても、君を幸せにできないと思う」


「幸せにできないって、決めつけないでよ!私だって色々考えてたのに……」


「ごめん。本当に、ごめん」


「ごめんだけで済むと思ってんの!?今まで私にかけた時間も、お金も全部どうしてくれるのよ!」


「それはできる限り償うつもりだ」


「償うって……お金で解決できる問題じゃないでしょ!私のこの傷ついた心は!?」


「……」


「何か言ってよ!黙ってないで!」


「どう言えば、君の気持ちが収まるかわからない」


「収まるわけないでしょ!こんな一方的な話、納得できるわけないじゃない!」


「それでも俺の気持ちは変わらない」


「……もういい。あなたの顔なんて二度と見たくない」


「リファローズ……」


「私たちの関係はこれで終わり。二度と連絡してこないで」


「わかった……今まで、ありがとう」


「さようなら」


 彼は何も言わずに立ち上がった。全てが終わったかのように、静かにゆっくりと。背中がドアの向こうに消えていくまで、リファローズはただ座っていることしかできなかった。


 ガチャリ、とドアが閉まる音。瞬間、張り詰めていた何かがプツンと切れた。呼吸の仕方を忘れたかのように、ただ息をひそめる。

 部屋は一瞬前まで彼がいたとは思えないほど、静寂に包まれていた。彼の残り香も彼の存在も、全てが幻だったかのように消え去った。


「うそ……無理、無理無理無理」


 声にならない声が喉から漏れる。信じたくない。信じられるはずがない。

 来月には私たちの未来を具体的に描き始めるはずだったのに。指輪だってまだ買ってないのに。

 猫足テーブルの上に置かれたマグカップが、やけに鮮明に見えた。彼がいつも使っていた、私がお揃いで買ったもの。その一つがもう彼のものじゃなくなるなんて。


 急に全身の力が抜けていくような感覚に襲われた。膝から崩れ落ち、座り込む。立ち上がれない。


「なんで……」


 涙が止まらない。

 視界が滲んで何も見えなくなる。胸が苦しくて、息ができない。こんなことってある?


 彼が言った「ごめん」という言葉が頭の中で何度も反響する。そのたびに心臓を抉り取られるような痛みが走った。

 数年間の時間は何だったんだろう。言葉を信じて、彼との未来を夢見ていたリファローズは一体何だったんだろう。

 裏切られた。捨てられた。事実が津波のように飲み込もうとしていた。魔導携帯が静かに光る。


 友人からの他愛ない魔導メッセージ。

 返信する気力なんて、どこにもなかった。

 もう何も考えたくない。何も感じたくない。ただ、この痛みがこの悲しみが早く終わってほしい。

 翌日、友人カーシャからの魔導電話が。


「もしもし?リファローズ?大丈夫……じゃないよね」


「カーシャ……」


「昨日、連絡しても全然繋がらないから心配で。ねぇ、聞いたよ。彼から婚約破棄されたって……」


「うん……」


「本当に、あの男……!リファローズをなんだと思ってるのよ!?」


「もう、何も考えたくない……無理」


「でも、このままじゃダメだよ。ご飯も食べてないんでしょ?声、震えてるよ」


「食欲とか、全然なくて……食べてない」


「ダメだよ!そんなことしてたら余計に辛くなるだけ!今から行くから!何か食べよう。一人でいたらろくなこと考えないでしょ?」


「でも……でも」


「でもじゃない!私、もう家の前にいるから!ドア開けて!」


 ガチャリ、とドアを開ける音がした。

「リファローズ……!ひどい顔してる……よしよし、大丈夫。とりあえず、家に入ろ」


「カーシャ……私、どうしたらいいか、わかんないよ……うっ」


「うん、うん。今は無理に考えなくていいから。ねぇ、とりあえず座って。温かいもの何か飲もっか」


「うん……ありがとう」


 数時間後のリビングにて。


「少しは落ち着いた?」


「うん……カーシャが来てくれて、少しだけ」


「そっか。で、これからどうするの?彼とは本当にこれで終わりなの?」


「もう……終わり。あの人の顔なんて、二度と見たくない」


「そうだよね。でもさ、このまま引きこもってても何も変わらないよ。リファローズ、どうしたい?」


「どうしたいって言われても……正直、何も手につかない。仕事も行く気になれないし……できないよ」


「無理もないよ。でも、このままじゃリファローズが壊れちゃう。ねぇ、私、リファローズが元気出すためなら何でもするから。何かしたいことない?気分転換になるようなことでもいいから」


「……うん」


「旅行とかどう?遠くにいって、全部忘れちゃうとか。それか、思いっきり泣いて、美味しいもの食べるとか。何でも言って?」


「旅行……うん」


「そう!どこでもいいよ。アツイパッションとか、サムイパッションとか。ソラの国でもいいし。気分転換になると思うんだ」


「……でも、そんな気分じゃない」


「そうだよね。ごめん。じゃあ、何か他にできることは?例えば、彼から預かってるものとか渡しちゃいたいとか……」


「あ……そういえば、まだ渡してないものがある」


「うん。それはどうする?」


「あ……会って、返したい」


「会って!?大丈夫なの?また辛くなっちゃうんじゃ……できるの?」


「大丈夫。これは私の中でちゃんと区切りをつけるために、私がやりたいことだから」


「そっか……わかった。じゃあ、どうやって連絡する?私から連絡してあげようか?」


「いや、自分で……もう一度だけ、ちゃんと話したい」



 数日後、カフェ。


「……来ると思ってなかった」


「そう。でも、渡したいものがあったから」


 リファローズは彼の前に小さな紙袋を置いた。中には彼が彼女に贈ったペアマグカップと、少し前に彼が買ってくれた、一度も袖を通していない新しいセーター。


「これ……って」


「もう、いらないでしょ。あなたのものだから。いらないからね」


 彼の表情は硬いままだった。


「……ありがとう」


「どういたしまして。それから……もう一つ、話したいことがある」


 リファローズは深く息を吸い込んだ。


「どうして、あの時もっとちゃんと話してくれなかったの?急にそんなこと言って私の気持ち、考えなかったの?」


「い……言いづらかったんだ。君を傷つけたくなかった」


「結果的に一番傷ついたんだけど。私、ずっと信じてたんだよ。あなたとの未来を信じてた。それなのに……バカだね」


 リファローズの声が震える。


「本当に、ごめん」


「ごめん、だけじゃ足りないよ。私の数年間をどうしてくれるの?あなたの一方的な理由で全部、無駄になった」


「無駄じゃない」


 彼は珍しく強い口調で言った。


「君と過ごした時間は俺にとっても大切な時間だった。無駄なんかじゃない。だからこそこれ以上、君を騙し続けることはできなかった」


「騙すって……どういうこと?」


「前から……他に、好きな人ができたんだ」


 リファローズの心臓がドクンと大きく鳴った。まさか、そんな理由だったなんて。頭が真っ白になる。


「は?……いつから?」


「ごめん。具体的なことは言えない」


「言えないって……私に隠してそんなことしてたってこと!?ふざけないでよ!」


 リファローズは猫足テーブルを叩きそうになるのを、必死でこらえた。


「だから、君を傷つけたくなかった。でも、嘘をつき続けることはできなかったんだ」


 彼の視線はずっとマグカップに固定されていた。


「……わかった。もう、言うことはない」


 絞り出すような声。椅子からゆっくりと立ち上がる。


「これで本当に終わり。あなたと関わったこと全部消し去るから」


「リファローズ……」


「二度と私の前に現れないで」


 リファローズはそう言い残し、カフェを出て行った。彼の呼び止める声は彼女の耳には届かない。彼との「終わり」を告げた瞬間、世界は完全に色彩を失った。

 彼の言葉が心臓を射抜く毒矢となって突き刺さった。まさか、他に好きな女ができたなどと。この数年が彼にとっては騙し続けることだったという事実に吐き気がした。


 カフェを出て、リファローズは人通りの少ない路地をさまよう。どこへ行けばいいのかもわからない。ただ、この身をどこかに隠したい。誰にも会いたくない。

 この胸の痛みから逃れたい。気がつけばリファローズは街の郊外にある、忘却の檻の入り口に立っていた。古くから、この付近の地域には「悲しみを忘れさせる」という言い伝えがある。


 だが、その土地は迷い込んだ者を二度と帰さないという恐ろしい噂も、同時に囁かれていた。もう何も怖くない。

 彼を失った絶望に比べれば、森の危険など取るに足らないと。

 悲しみから解放されるのなら、どんな代償も厭わないとさえ思った。


 身勝手なものだけれど。一歩、森に足を踏み入れる。途端に、ひんやりとした空気が肌を包み込んだ。鬱蒼と茂る木々が陽光を遮り、森の中は薄暗い。

 一歩進むごとに外の世界の喧騒が遠ざかり、代わりに鳥のさえずりや風の音が耳に届く。リファローズは無心で森の奥へと進んでいった。


 どれくらい歩いただろうか。


「はぁ、はぁ」


 足が棒のようになり、体力の限界を感じ始めた頃、視界が開けた。小さな泉がある。水面は鏡のように澄んでおり、周囲には幻想的な光を放つ花々が咲き乱れていた。

 泉のほとりに腰を下ろす。ひんやりとした水に手を浸すと、少しだけ落ち着くのを感じた。


「こんな場所が、あったんだ……綺麗」


 ポツリと言葉が漏れた。その時、泉の水面がゆらりと揺らぎ、中からまばゆい光が放たれた。光が収まると水面には一冊の古びた本が浮かぶ。表紙には、見慣れない文字で始まりと終わりの物語と記されている。


「これが、忘却?」


 恐る恐るその本を手に取った。ひんやりとした感触。ページを開くと、そこには美しい挿絵と共に物語が紡がれていた。彼の出会いから別れまでの物語だ。記憶がそのまま文章になったかのように。正確に、鮮明に描かれている。


「これは……私の……記憶?」


 ページを読み進めるごとに、記憶が薄れていくような感覚に襲われた。彼の顔が声が。贈ってくれた言葉たちが曖昧になっていく。

 やがて、物語が終焉の章に差し掛かった時。脳裏から彼の存在が完全に消え去った。最初から存在しなかったかのように。痛みも、悲しみも。絶望も、全てが消え失せていた。


「これ、すごい」


 笑みが溢れた。

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