43 婚約者が隠し子を隠していたので婚約破棄になったことを後日談として幼馴染に語りながらも彼への想いを伝えることにした両片思いの遠回り
「ええと、つまり、そういうことなの。そんな感じ」
カフェのいつもの席で向かいに座る幼馴染のデリクに、事の顛末を話していた。目の前には湯気を立てる抹茶ラテ。昨日の夜から頭の中がぐちゃぐちゃで、まともに眠れていない。
「隠し子、ねえ?」
デリクは言葉をゆっくりと反芻するように呟いた。彼の表情はいつもの穏やかなものから一転、信じられないものを見るような驚きと心配が入り混じったものに変わっている。
「うん。信じられないでしょ?私も昨日、お母様から聞かされた時、頭が真っ白になった。だって、婚約者のハテスさんからはそんな話、微塵もなかったからさぁ」
テーブルに置いたマグカップを両手でぎゅっと握りしめた。まだ、昨日の衝撃がじんわりと心臓を締め付けている。
「それで、お前は。あー、婚約を破棄するんだな?」
デリクの問いかけに力強く頷いた。
「当たり前でしょ!そんなの絶対に許せない。第一、騙してたってことでしょ?結婚なんて考えられない。例え、謝られても」
少し語気が強くなってしまったかもしれない。それくらい傷ついているし、怒っている。
「そうか。まあ、当然の判断だと思う」
デリクは気持ちを理解してくれたように優しく頷いた。その眼差しがひどく温かい。
「それで、えーっと。あのさ、デリク」
意を決して顔を上げた。少し緊張して手のひらに汗が滲んでいるのがわかる。
「あの……私と、結婚してくれないかな?」
カフェの中のかすかな喧騒が急に遠くなったように感じた。デリクは目を丸くして、固まっている。彼の琥珀色の瞳が大きく見開かれていた。
「え……今、なんて言った?」
「だからぁ、結婚してほしいの。デリクと」
もう一度はっきりと告げた。今度は少しだけ声が震えてしまったかもしれない。デリクはしばらくの間、言葉を失っていた。
ただ、顔をじっと見つめている。表情は驚愕から始まり、困惑、ほんの少しの戸惑いへと複雑に変化していった。
「お、おいおい、ちょっと待てよ。それって本気で言ってるのか?」
ようやくデリクが口を開いた声は少し上ずっている。
「うん、本気だよ。もちろんいきなりこんなことを言って、困惑させているのはわかってる。でも……私には、今デリクしか頼れる人がいないの」
自分の気持ちを正直に伝えた。ハテスさんのことで心はズタズタだけど、デリクの顔を見ていると安らげる気がする。
「だって、私たちはずっと一緒に育ってきたじゃない?私のわがままも、デリクならきっと受け止めてくれるって思ったの。そ、それに……えっと」
言いかけて言葉を詰まらせた。本当の気持ちを言葉にするのは勇気がいる。
「それに?」
デリクがじっと言葉を待っている。
「それに。デリクのそばにいると安心するんだ。ハテスさんのこととか、色々あったけど……デリクとだったらきっと、普通の幸せな家庭を築けるんじゃないかなって思ったの」
顔が熱くなるのを感じた。こんな魔法テレビドラマみたいな展開、自分でも信じられない。デリクは言葉を一つ一つ、丁寧に受け止めているようだった。
彼の瞳はさっきまでの驚きから、少しずつ真剣な色を帯びてきている。
長い沈黙が流れた。カフェのBGMだけが小さく聞こえる。
デリクの返事を固唾を飲んで待っていた。ようやくデリクはゆっくりと口を開く。
「……わかった」
声はいつもより少し低くて耳に届いた。
「俺でよければ、喜んで」
デリクの口元にかすかな笑みが浮かんだ笑顔は、いつもの優しくて少し照れたような。私がずっと見てきたものだった。
「本当に……?」
思わず聞き返してしまった。信じられないような気持ちと、じわじわと湧き上がってくる喜びで胸がいっぱいになる。
「ああ、本当だよ。小さい頃から、ずっとお前のこと、見てきたからな。お前が辛い時、一番そばにいたいと思ってた」
デリクの言葉に私の目頭が熱くなった。彼も同じように思ってくれていたなんて。
「あ、ありがとう、デリク……!」
思わず身を乗り出してデリクの手に自分の手を重ねた。彼の大きな手が手を優しく包み込んでくれる。温かさが凍っていた心を、ゆっくりと溶かしていく。
「これから、色々大変なこともあるかもしれないけど……二人でならきっと乗り越えられる?」
問いかけにデリクは力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。俺が絶対に幸せにするから」
その言葉は力強く優しかった。




